
突然町に現れ、いわくつきの物件でバーを開店した白髪の女性と町の人々との不思議な交流を描いたファンタジー映画『アンジーのBARで逢いましょう』が4月4日から全国公開される。本作で主人公のアンジーを演じた草笛光子に話を聞いた。
−まず、出演に至った経緯と、草笛さんへの当て書きだったという脚本を最初に読んだ時の印象から伺います。
最初はよく分からなかったんです。ただ、流れ者が町にやってきてひと騒動みたいな話だったので西部劇のようだなと。今の時代にこれをやるのは面白いなと思いました。どこからともなくやってきて、いろんな人を巻き込んで自由気ままに生きているアンジーは好きですね。実は詐欺師というのもこれまで演じたことがなかったですし、こういう“訳あり”の役はやってみたかったので、死ぬ前にできてよかったです。それに『デンデラ』(11)の天願大介さんのオリジナル脚本でしたから、ぜひやってみたいなと思いました。
−元気でかっこいいアンジーを実際に演じてみてどう思いましたか。演じる上で何かアイデアは出しましたか。
かっこよかったですか? それならよかった。プロデューサーが、映画の企画書を持っていらして、「草笛さんで映画を撮りたい、天願さんのオリジナル作品で行きましょう」と意気揚々とおっしゃるので、「私でいいのかしら」と思いました。でも、「アンジーは草笛さんそのものなんです」とおっしゃったので、「私そのものがお尋ね者とは失礼だわ」と思いながらも、「自由にそのままを演じてください」と言われました。女優にとって「そのまま」というのがどれだけ怖いことか。私は、頂いた役を「さて、どうしようか」とあれこれ考えて、悩んで悩んで悩み抜いて、自分の体を通して役を作る方でしたから、「そのまま」の方が難しい。でも、今回のアンジーは、衣装も1着で、素性も全く分からず、人間なのかどうかすら分からないから、自分でもよく分からないまま、その場その場で思った感情を出しただけ。言われた通り「そのまま」で演じました。
−ここのところ『老後の資金がありません!』(21)『九十歳。何がめでたい』(24)『アイミタガイ』(24)、そして本作など出演作が続いていることについてどう感じていますか。
ありがたいことです。この年になって主演映画に出合えるとは思っていませんでしたし、いい意味で主役だからと気負うこともなくこれまで通り自然体で演じることができました。若い頃、原節子さん主演の映画に出演していて撮影現場でとても親切にしてもらった思い出があります。主演なんだから原さんのように振る舞わなきゃなんて考える余裕もなく、周りを気遣うどころか、全員自分よりだいぶ年下の共演者やスタッフにこれでもかと気遣われる始末。主演らしくりんとしていたかったのですが、年のせいとかではなくそういう性格じゃないんですね、きっと。実は、2022年の10月ぐらいから23年の暮れまで、『次元大介』『アイミタガイ』『九十歳。何がめでたい』、それにこの映画と4作品を撮影したんです。どの作品も毛色が違った役で楽しかったです。ただ、老体にむち打ってとはこのこと。スケジュールは十分考慮していただいているのですが、間もなく90歳の体にはこたえました。
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−松本動監督の演出について、また寺尾聰さんら共演者の印象をお願いします。
松本監督とは初めてでしたが、私の問い掛けにも親切に細かく答えてくれました。とにかく自由にやらせてもらいました。寺尾聰さんは、昭和49年のドラマ「天下のおやじ」で寺尾さんと水谷豊さんが私の息子役だったんです。それからこの2人は何かあると駆け付けてくれる芸能界の親戚。まだ、あの大ヒット曲「ルビーの指環」が生まれる前の頃、毎日ギターを抱えて私の家に来ては一晩中弾いていて、私が仕事に行くときは「いってらっしゃい」と見送ってくれて、帰ってきたら「おかえりなさい」って言うのよ。わが家の家政婦さんがご飯も出してくれていたし、居心地がよかったのかしら。ある時、お父さまの宇野重吉さんが電話をくださって、「草笛さん、うちの息子が毎日朝昼晩とごちそうになってすみません」って。そのうち、「これ聞いて」と言って、出来上がった曲を何曲かテープに入れて聞かせてくれました。共演するのはいつ以来なのか分からないけれど、知っている顔がいてくれるだけでうれしかったです。
−外国映画では、例えば『ドライビング Miss デイジー』(89)のような、高齢者が主人公の映画もありますが日本では珍しいです。このことについてどう思いますか。
若い頃に見たブロードウェーのミュージカルで、80代ぐらいの俳優が音程やリズムそっちのけで舞台の上で歌って踊っていて、観客もその俳優に大歓声を浴びせていたのを目の当たりにして、「すてきだな、自分もああなりたいな」と思ったんです。日本にはそういう光景がないでしょ。ヨロヨロと踊って、せりふも「あっ、間違えたからもう1回」なんて言ってもいい、そんなふうに年相応で演じる女優がいたっていいじゃない? そういうのがやってみたいと思っています。今回『九十歳。何がめでたい』で、日刊スポーツ映画大賞で主演女優賞、日本アカデミー賞で優秀主演賞を頂けたから、これからが面白いですよね。私は、新宿コマ劇場、芸術座、建て替え後の帝国劇場のこけら落とし公演に出演して“こけら落とし女優”と言われていたの。テレビ番組でもお試し番組を任されたり、最初の一歩をやらされることが本当に多かったから、『九十歳。何がめでたい』とこの映画が、高齢者主演作がメジャーになる最初の一歩になれたらいいなと思います。
−草笛さんの長いキャリアの中でのこの映画はどういうものになったでしょうか。
不思議な映画でした。等身大とまでは言いませんが、肩に力が入らないで、自然に柔らかく演じることができたのも珍しいです。
−完成作を見た感想をお願いします。
「これ、日本の映画?」って感じの不思議な映画でした。多才な俳優さんがたくさん出演してくださっていて、それぞれ個性が強くて実にユニーク。アンジーのように自由に強く生きてみたい、ご覧になった方がそう思ってくださったらうれしいです。
−最後に、映画の見どころも含めて観客や読者に向けてメッセージをお願いします。
老女がはちゃめちゃな、摩訶不思議な映画ですから覚悟してご覧ください(笑)。自由なアンジーを私も自由に演じましたので、よろしければ劇場でご覧ください。
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(取材・文/田中雄二)
