
Text by 今川彩香
名作『フォレスト・ガンプ/一期一会』のスタッフ、キャストが再集結した新作映画『HERE 時を越えて』が、4月4日(金)から全国公開される。原作者であるリチャード・マグワイアへのオフィシャルインタビューが到着。CINRAで独占掲載する。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などで知られる巨匠ロバート・ゼメキスの最新作。名優トム・ハンクスとロビン・ライトがVFX技術を利用し10代から70代までを演じた意欲作だ。「すべては、ここ(HERE)で起こる」というテーマのもと、紀元前から現代までを往き来する壮大な時間旅行をひとつの舞台で描き出している。
原作はリチャード・マグワイアが2014年に手掛けた、300ページにもおよぶグラフィックノベル。紀元前30億50万年から遠い未来の22175年までの時間が、ある部屋の一角という限られた空間の中に断片的に描かれていく。本書は世界20か国以上で翻訳され、日本では国書刊行会から出版。『アングレーム国際漫画フェスティバル』最優秀作品賞を受賞するなど、「ここ数十年で最も賞賛されたコミックブックのひとつ」と高く評価されている。
リチャード・マグワイアはアメリカ出身のアーティスト。ニューヨーク近代美術館(MoMA)とモルガン・ライブラリーが作品を所蔵し、定期的に「ザ・ニューヨーカー」にイラストを寄稿している。また、ポストパンクバンドLIQUID LIQUIDのベーシストでもあり、その活動は多岐にわたる。
今回は『HERE 時を越えて』の公開に際して、リチャード・マグワイアにインタビューを行った。
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国書刊行会 定価:本体4000円+税 B5判・上製・オールカラー・300頁
—『HERE』映画化の話が来た時、どう思いましたか?
リチャード・マグワイア(以下、マグワイア):すごくびっくりしましたね。この本は以前にもノルウェーの小劇場で舞台化されたり小さな学生映画になったりしたことがあるんです。でも、ロバート・ゼメキス監督が僕に会いたがっていると連絡が来た時は信じられませんでした。
リチャード・マグワイア
1957年、アメリカ・ニュージャージー州出身。アーティスト。定期的に「ザ・ニューヨーカー」に寄稿している。「ニューヨーク・タイムズ」、「マクスウィーニーズ」、「ル・モンド」、「リベラシオン」などにコミックを掲載。『Loulou and Other Wolves(英題)』(2003年)と『Fear[s] of the Dark(英題)』(2007年)の2本のオムニバス映画の脚本・監督を務めた。また、自ら玩具をデザイン、製造。パンクバンドLiquid Liquid のベーシストでもあり、活動は多岐にわたる。グラフィックノベル『HERE』は、1989年にコミック誌『RAW』に掲載された6ページのコミックが元になっており、コミックというメディアの可能性を広げた革新的な作品として瞬く間に認知された。2014年に刊行されたフルカラー拡大版『HERE』は、高い評価を受け20か国以上で翻訳、2016年アングレーム国際漫画フェスティバル最優秀作品賞を受賞した。また、写真集『瀧狂−横尾忠則Collection中毒』がインスピレーションの一つになったと語っている。
—ゼメキス監督から連絡が来たのはパンデミックの前でしたか?
マグワイア:パンデミックの最中だったと思います。ハリウッドではパンデミックの影響でたくさんの作品の製作が中止されていましたから、彼が実際にやってのけたのは素晴らしいことです。第一にこんな映画を作ろうと考えたこと自体が勇敢だったと思います。
数年前、かなり初期の段階でZoomで彼と話したんです。彼はやる気まんまんで僕の本とまったく同じ映画を作りたいと言いましたが、僕には不可能に思えました。資金を調達しなければならないと言っていたので、こんな実験的な本のハリウッド映画化に関心を寄せる人なんて誰もいないだろうと思ったんです。でも、奇跡的にそれが起こったんです。すごいことですよ。
ご存知のように、本と映画はまったく別のメディアです。映画は矢のように進みます。その一方でコミック、とりわけこういうコミックを読む時は、時間をかけてページを見つめ、つながりを理解することができますが、映画でああいう複数のコマを扱うのは簡単ではありません。大混乱になってしまうんじゃないかと思ったけれど、彼は最終的にちょうどいいバランスを見つけて素晴らしい仕事をしたと思います。
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—映画化にあたって原作者として何か条件を定めたり要望を出したりしましたか?
マグワイア:いいえ。彼らにやりたいことをやる完全な自由を与えたかったし、彼らは最初から原作をとても尊重してくれていると感じました。僕はゼメキス監督の映画をたくさん観返しました。脚本がどうなるかも気になったので『フォレスト・ガンプ』(ゼメキスとエリック・ロスの共同脚本)を観返して、原作本も読みました。そして脚本家がどれだけ映画に貢献したかを目にして、よし、これは大丈夫だろうと思いました。『HERE』が舞台化された時も完全な裁量権を与えて、その結果にとても満足していましたから。
非常に興味深いのは、このコンセプトは何度でも繰り返し再発明できるということです。この空間では何でも起こり得るから、無限に拡張可能なアイデアなんです。
—実際、映画版はとてもゼメキス監督らしい作品になっていたと思います。たとえばレイジーボーイ(リクライニングチェア)の発明家が登場するところは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が連想されます。他の監督が映画化したらどうなるのかも見てみたいと思いました。
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マグワイア:僕も他のバージョンがぜひ見てみたいです(笑)。映画にゼメキス監督らしい印が現れているのを見るのは面白かったですね。彼は登場人物の成長に重点を置いていますが、本ではそうではありません。実際、あの本を作った時、主人公が不在なので読者は感情を動かされないのではないかと不安でしたが、余計な心配でした。この本にすごく感動したという手紙をたくさんの人からもらいました。
ゼメキス監督の映画では感情が重視されていると思います。だから彼はトム・ハンクスとロビン・ライトが演じる人物に焦点を合わせたのです。だから最終的にああいうふうに締めくくって、記憶についての映画にしたのだと思います。自分のコミックはそれと違って、ものごとがいかにはかないものであるかが焦点になっているんです。もっと広大な視野を扱っている。
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—原作には23世紀の未来が出てきますね。
マグワイア:そう、実は『HERE』のDVDには削除されたシーンが収録されていて、それは未来のシーンなんです。つまり、彼らは撮影したけど本編には入れなかったんですね。
—それはぜひ見てみたいです。DVDを楽しみにしています。
マグワイア:あれは見ものだよ。素晴らしいと言わざるを得ないし、映画の中に収まる場所がなかったのは残念です。だけど、ある家族の物語に集中している時に、その家が完全になくなっているのを見せられると変な感じがしてしまう。ちょうどよく収まるところがなかったんですね。僕が読んだ脚本には結局映画には入らなかった未来のシーンがいろいろありました。でも、これは彼の映画なんだから彼が重要だと思うところに焦点を絞らなければならないし、そのおかげで感動が生まれたんです。だから映画にとって正しい判断だったと思います。
—撮影現場を訪問したそうですね。どのシーンをご覧になりましたか?
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マグワイア:最初から不思議な体験でした。というのも脚本家のエリック・ロスに初めて会った時に脚本を読むかと聞かれたけれど、知りたくなかったので断っていたんです。何の先入観もなしに映画を観たかったから。そして彼は僕が脚本を読まないことにちょっとがっかりしていたと思います(笑)。読んだ人はみんな最後に泣いていたと彼が言うから、わかったわかったって感じだったんだけど、出来上がった映画を観た時、僕は最後に泣いてしまった(笑)。衝撃でしたね、そんなことができるなんて。それでエリック・ロスに会って、長いこと話をしました。それから彼はボブ(ロバート・ゼメキス)に会わせてくれた。それまでにもZoomや電話で何度か話したことはあったんだけど。
彼らが撮影していたのはレイジーボーイの場面でした。何度も見ることになりました。彼らは何テイクも繰り返して撮影していましたから。見学に行く予定の日はトム・ハンクスは休みだと聞かされていたんだけど、彼は僕に会うために休日に撮影現場まで来てくれたんです。とても親切でいい人だったし、セットに足を踏み入れて大勢の人たちが照明や大道具の人たちと働いているのを見るのはすごい経験でした。窓の外で起こっていることはポストプロダクションで合成されるんじゃなくて、その場で投影されているんです。だから、ほとんど演劇のセットみたいでしたね。たったひとつの部屋があるだけだから。実際にはふたつの部屋だったけど。ひとつの部屋を準備しているあいだもうひとつの部屋で撮影して、それからカメラを移動させて別のシーンを撮影するんです。
他に屋外のシーンのための大きなセットもあって、あの家が建てられていました。『ハリー・ポッター』とかティム・バートンの映画みたいな大作が撮られたのと同じロンドンのスタジオです。007、ジェームズ・ボンド映画も全部そこで撮られたそうで、記念品がそこらじゅうに飾られていました(笑)。そんなところを歩いて通り抜けるのは、まるで夢みたいな体験でしたね。
デザイナー、大島依提亜が原作イラストを使ってデザインしたオルタナティブポスター
—この本はご自身が育ったニュージャージー州の家と、自分自身の人生を参照して描かれているそうですね。映画版でそれらが再現されているのを見てどう感じましたか?
マグワイア:本で描いたものがたくさんスクリーンに映っていて驚きました。でも、映画は映画で完全に独立した作品です。家族と一緒に観た時、彼女たちがまったく意図的ではなかった部分にたくさん反応したのは不思議でしたね。とはいえあれを観る人は誰でも自分自身の感覚を投影するのだと思います。だから姉が「あのトム・ハンクスのセリフ!」と興奮していたところも、自分としては彼女が感じていたような意味を持たせるつもりはなしに書いていたりして。ちょっと遊園地のびっくりハウスの鏡みたいで、歪んだ自分自身が映っているような……でも新しいかたちを取るのを目にするのは楽しいし、事実そのままの部分もあります。両親のいつものやりとりとか。母はいつも父が家を出る時「時計、財布、鍵は持った?」と言っていたんです。
この本のためのリサーチをしていた時、父が撮影した写真を見つけました。毎年クリスマスに同じ場所で僕らの写真を撮っていたのだけど、自分では忘れていた。あの写真がこの本のプロジェクト全体の種だったかもしれません。僕らが毎年どうなっているかを目にしたし、時間と空間の交差点ですからね。
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—『HERE』の1作目は1989年に発表されていますが、ひとつの画面にさまざまな時間軸のコマが散りばめられる表現は、当時の新しいテクノロジーだったパソコンのマルチウィンドウから発想したそうですね。現代ではたくさんの人々がSNSを利用し、日常を撮影した動画を公開しています。そうしたテクノロジーの進化は人々をどう変えたと思いますか?
マグワイア:僕はいつも新しいテクノロジーを使って実験することに興味があります。Windowsは『HERE』から生まれたと考える人もいるけれど、それはなさそうだな(笑)。
COVIDの直前に『HERE』のVRバージョンを作りたいと言ってきた人がいました。イギリスの会社で、お金はINTELから出ていて、新しいカメラと新しいシステムを用意していました。大きなドーム型で何百台ものカメラがその周りに設置されていて、アクターはその中に入り、すべての情報がデジタル化されるんです。だけどCOVIDやら他の何やらのおかげで実現しなかったんですよね。
彼らは手を引いたけど、ゴーグルを装着して空間に入り込み、それがどんなものか体験することができるというアイデアは気に入りました。そしてできあがっていたわずかな部分を試すことができたんだけど、かなりすごかったですよ。突然家が自分の周りに現れたり、消えて次は森になったり。すごく感銘を受けたし、今でも実現したらいいいなと思っています。それは可能だってわかっているからね。あのメディアに適したプロジェクトに思える(笑)。
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—執筆時に考えていた未来の予測はどの程度当たっていたと思いますか?
マグワイア:そうだなあ、お察しの通り未来を予測するのは不安でした。実際、気候学者と会ったんです。彼はあの家のある地域の図を見せてくれたから、そこが将来水没するのはわかっていた。本で洪水を起こした理由のひとつですね。だからその部分は完全に正確だと思います。僕はいくつかの災害をほのめかしたけれど、実際に何が起こるのかはわからない。百万通りの可能性があるし、はっきりとはさせたくなかった。たぶん核にまつわる何か、何かの災害が起こったんじゃないかと示されています。この本を描いていた時、福島での原発事故が起こったのが心の奥にあったんじゃないかと思います。チェルノブイリの事故について調べて、放射線量は2万年経っても半減しないと読んだのを覚えています。だから2万年後の未来を描いたけれど、生命が続いているのを示したかった。植物があるし、背景には何かの動物が見えます。新種の動物、突然変異体か何かの。だけど、それをネガティヴな未来像にはしたくなかったんです。どこかポジティヴな調子を持たせたかった。たとえ人類抜きでも生命はただ生き続ける……なんてね。
—原作に登場する未来の女性はちょっと変わった服装をしていますね。
マグワイア:誰かが空にイメージを投影しながらツアーガイドをしているってアイデアが気に入ってたんです。だけど、あの女性はロボットかもしれないしホログラムか何かかもしれない。説明されていないけれど、そのテクノロジーは僕たちのすぐそこにある。
デザイナー、大島依提亜が原作イラストを使ってデザインしたオルタナティブポスター
—最近はどんなお仕事に取り組んでいますか?
マグワイア:去年はスイスで回顧展があったから忙しくしていました。展示と図録を作って、旅をして。今は新作のグラフィックノベルに取り掛かっているところです。もうグラフィックノベルはやらないつもりだったんだけど、やる価値があると思えるアイデアが浮かんだので。だからこれに取り組むけど、どれくらいかかるかはわからないですね。他にも小さなプロジェクトがいっぱいあります。夏には昔やっていたバンド(LIQUID LIQUID)のすべての音源が再発されて、リミックスもたくさん出る予定です。
—日本の読者にひとことお願いします。
マグワイア:そうだなあ、映画を観に行って、本を買って、較べて楽しんでねとしか……(笑)。映画化されてとても嬉しいし、すごい経験でした。別のレベルの観客に届いたことをすごく感謝しています。それにゼメキス監督がこれをやったのはすごく勇敢だったと思います。こんな奇妙でコンセプチュアルな本を、普段はそういったものに触れない観客に向けて映画化したんですから。すごいことだし、彼が信念を持ってやり遂げたことを嬉しく思います。楽しんでね!