最高齢主演女優記録を更新した草笛光子「悔し涙もたくさん流した」昔の芸能界の“理不尽”を語る

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2025年04月04日 07:00  週刊女性PRIME

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草笛光子 撮影/中西裕人

「とてもありがたいことなんですが、どこに行っても最高齢でしょ?もう飽きました(笑)」

 とは、草笛光子。4月4日に主演映画『アンジーのBARで逢いましょう』が公開される。国内最高齢の映画主演女優の記録を『九十歳。何がめでたい』(2024年)以来、自ら更新した。

「“訳アリ”の役をやってみたかったんですよ」

 フラリと訪れた町。アンジー(草笛)はボロボロのいわくつきの物件の前で立ち止まる。ここをBARにしよう─。思いついたら即行動、不条理なことには毅然と対応、人間力で仲間を増やしていく。そんなアンジーを遠巻きに見ていた町の人々の心には次第に変化が……。

「珍しく肩に力が入らないで、自然に柔らかく演じることができました。“そのまんま”でやったからか、自分でもとても軽かったんです。生き生きとしていた? そう感じてもらえたなら、大成功!」

 と、笑顔を見せる。“生きるって簡単じゃないの”“過去にこだわると食い殺されちまうからね”“最初の一歩を踏み出したら動く動く動く。止まったらおしまい”……。劇中にはアンジーの哲学が詰まった、説得力のあるセリフが多数出てくる。

昔の芸能界の理不尽、母との合言葉

「脚本の天願大介さんが書いてくださったんです。“草笛さんらしい”とか“草笛さんそのままですね”とか言っていただくことが多かったんですが、“みなさんから私はこんなふうに見えているのかしら?”と不思議でしたね。だって全然違うもの。

 ただね、私も90歳を超えたら、“人にどう思われてもいい”“勝手にしやがれ”って思うことが多くなりましたから、そこが似ているのかしら? 自分のやりたいことをやりたいようにやっているでしょ。これから先の人生はアンジーみたいにわがままに自由に生きようって思っています

 1950年に松竹歌劇団に入団。映画デビューは1953年。舞台、映画、ドラマ……エンタメの第一線を走り続けて75年となる。作品の中での存在感は言わずもがな、お会いしてみると快活でユーモラス。そして、お肌はツヤツヤ。その輝きの秘訣をぜひ、知りたい!

「私は輝き続けようなんて思ったことはないんです。舞台をケガなくやるために、70歳を過ぎてからパーソナルトレーニングをしたり、自己流であみ出したマッサージなんかをしてきましたが、いちばん大事なのは中身ね。心をきれいにしていれば、着飾らなくてもいい。白いシャツ一枚でもカッコよく着られると思っていますから」

 大切にしている言葉は“きれいに生きましょうね”。

これは、私のマネージャーをしていた母との合言葉なんです。普通の主婦だった母は、私のために芸能界の仕事をするようになりました。当時の芸能界は理不尽なこともたくさんありましたから。嫌な思いをすることも多かったですし、悔し涙もたくさん流しました。そのたびに“光子ちゃん、私たちはきれいに生きましょうね”と母がかけてくれた言葉が、いつしか心に染みついて。何事においても、自分がきれいな心でいられるようにしています

自由に、そのまんま生きるだけ

 91歳の大女優が今、持っている目標や夢とは何だろう?

「ここまで来たらどのくらい先があるのかって感じですから“ああなりたい”“こうなりたい”なんて考えていません。自由に“そのまんま光子”でわがままに生きるだけです。“わがままだったけど、いい女優だったね”と言ってもらえたら最高ね」

 そしてこう続けた。

この作品は、老女がハチャメチャをする摩訶不思議な映画ですから、覚悟してご覧ください(笑)。でも、アンジーの過去に何があったのかは描かれていないから、その部分を今度はやってみたいですね」

 ちゃめっ気も、意欲もいっぱいだ─。

あの人に次ぐ酒豪だった!

 アンジーは開店させたBARで、ゆったりとワイングラスを傾けながら、集う人々の心の機微を見守る。
「お酒は好きですね。中でもシャンパンが好き。若いころ、芸能界では“美空ひばりさんの次に酒豪”ともいわれたほどです(笑)。今は何かのお祝いのときに飲むくらいですけど」

取材・文/池谷百合子

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