宇垣美里さん 元TBSアナウンサーの宇垣美里さん。大のアニメ好きで知られていますが、映画愛が深い一面も。
そんな宇垣さんが映画『ミッキー17』についての思いを綴ります。
●作品あらすじ:人生失敗だらけの男性・ミッキーは、一発逆転のため、何度でも生まれ変われる「夢の仕事」に申し込みましたが、実はブラック企業の使い捨てワーカーでした。
過酷すぎる業務命令で次々と死んでは生き返らせられ続け、ついに17号となったミッキーの前に、ある日手違いで自分のコピーである18号が現れ、事態は一変、2人のミッキーは強欲なボスたちへの逆襲を開始します。
究極のブラック企業にこき使われる社畜が立ち上がるエンターテインメントを宇垣さんはどのように見たのでしょうか?(以下、宇垣美里さんの寄稿です)
◆ダークユーモアに思わず吹き出してしまう
『スノーピアサー』でディストピアの階級社会を、『Okja/オクジャ』で当然のように蔑(ないがし)ろにされる人間以外の命を、そして『パラサイト 半地下の家族』ではどうしたってあらがえない経済格差に焦点を当てたポン・ジュノ監督。
今回の主人公は資本主義社会の底辺にあるブラック労働者、監督らしさが存分に光る作品となっている。
人生失敗だらけの男・ミッキーは新天地を求めて宇宙開拓事業に志願し、契約書もろくに読まずにサインしたところ、なんと死んでも死んでもまた新たなミッキーが印刷されて再び危険な労働を強いられる、過酷な使い捨ての消耗品として働くことに。
17人目のミッキーは惑星での仕事で死亡したと判断され、新たなミッキー18が製造されるが、実はギリギリのところで生還していたミッキー17。意図しないところで違法状態である2人のミッキーが存在することになってしまう。
資本主義社会のなかでそのしわ寄せをくらう層の悲哀、格差への痛烈な皮肉をこれでもかというほどに強く込められた作品ながら、コメディとシリアスの緩急やドライな死生観、オフビートなダークユーモアに思わず吹き出してしまうのも一度や二度ではない。
◆17人それぞれを演じ分けた主役ロバート・パティンソン
この作品の根幹を担うのが17人それぞれを演じ分けるミッキー役のパディンソンだ。
冒頭のナレーションから「この人ってこんな声のバカっぽい話し方だったっけ!?」と困惑したのも納得。同じミッキーながら優しく大人しく流されがちな17と、自身の置かれている状況への怒りを隠さない18で、佇(たたず)まいそのものからまるで違う存在のように演じ分けている。自分だけど自分じゃない18との邂逅(かいこう)によって、17が少しずつ己の生き方を見直し始めるところが肝と言えるだろう。
開拓団のリーダーであるマーシャルを演じるのはマーク・ラファロ。彼もまた今まで聞いたことのないような発声で邪悪とも言える倫理観の小悪党を演じ、その姿は某米国大統領を彷彿(ほうふつ)とさせる。妙な思想の持ち主であることがうかがえる妻・イルファからの、ささやきおかみばりの入れ知恵がないと話せない無能さがもはや哀れですらあり、滑稽(こっけい)。
◆アクションあり、王蟲!?あり、逆襲あり
物語が明らかにするのは、技術が進んでも持たざる人を救わない、極端な資本主義や格差社会の歪(ゆが)みのみならず、開拓先で先住民を軽視して蹂躙し、軽薄ながらパフォーマンスの上手いリーダーによって煽動され、その後ろには宗教の存在が見え隠れするアメリカの歴史そのものの欺瞞(ぎまん)だ。
アクションあり、王蟲!?あり、逆襲あり。見れば見るほどポン・ジュノらしい、まさに集大成の一作だ。
それはそうとして、コピーされるたびにどんどん雑に扱われていくミッキーの姿に、契約書は絶対にきちんと読んでからサインしよう、と魂に刻んだ。
『ミッキー17』
監督・脚本:ポン・ジュノ 出演:ロバート・パティンソン、ナオミ・アッキー、スティーブン・ユァン、トニ・コレット、マーク・ラファロ 配給:ワーナー・ブラザース映画 © 2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. 3月28日(金)公開 4D/Dolby Cinema/ScreenX/IMAX 同時公開
<文/宇垣美里>
【宇垣美里】
’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、テレビやCM出演のほか、執筆業も行うなど幅広く活躍している。