欧州自動車メーカー「大リストラの嵐」の深層。30年代に向けた起死回生の方法とは

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2025年04月10日 07:20  週プレNEWS

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フォルクスワーゲンのドイツ工場。同社史上初となるドイツ工場閉鎖は免れたものの、工場縮小と大リストラの嵐が吹き荒れる……


欧州の自動車メーカーの業績悪化がもうどうにも止まらない。世界の自動車産業をリードしてきた欧州勢にいったい何が起きているのか? つまずいた原因は? そして、今後、欧州自動車メーカーはどこにどう進んでいくのか?

【写真】欧州メーカーの名車たち

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■欧州勢の敗因!? グリーンディール政策

まさに地獄絵図!

長きにわたりトヨタ自動車と世界新車販売台数のトップ争いでしのぎを削ってきた、独自動車最大手のフォルクスワーゲンが経営難にあえいでいる。

昨年1年間の決算を見ると、業績不振は鮮明で、最終的な利益は前の年と比べて32.8%減となった。同社史上初となるドイツ国内の工場閉鎖は回避したものの、苦境は脱しておらず、主力車種であるゴルフの生産をメキシコ工場へ移管する。

これにより国内の生産は約73万台減り、従業員は30年までに3万5000人以上を減らす。問答無用の大リストラである。


フォルクスワーゲン傘下の高級ブランド・独アウディも29年までに国内の従業員7500人を削減する。同社は26年以降、EV(電気自動車)ブランドへのシフトを公式アナウンスしていたがこれも撤回している。

同じく傘下の高級スポーツブランドのポルシェもEV戦略を見直し、29年までに1900人の従業員を削減する。ちなみにリストラの対象は、ポルシェ初のEVタイカンの工場など。


欧州自動車メーカーの日本法人関係者は言う。

「欧州の大巨人であるフォルクスワーゲングループは関連企業数も桁違い。その業績の悪化は、深刻な景気低迷が続くドイツ経済にとって"痛恨の一撃"になりかねない」

同じくドイツが自慢のメルセデス・ベンツとBMWの昨年の決算も惨憺(さんたん)たるものだった。メルセデス・ベンツが28%減益で、すでに独工場の規模を縮小すると発表。一方のBMWは37%減益だ。


ドイツ勢だけではない。昨年の世界新車販売4位の欧州自動車大手のステランティスの決算は70%減益......。

欧州自動車メーカーはいったいどこでつまずいたのか。

「2010年代中盤以降、EUの政策執行機関である欧州委員会が推進してきた欧州グリーンディール政策の実効性に課題がありました」

そう話すのは自動車ジャーナリストの桃田健史氏。欧州グリーンディール政策とは、2050年の脱炭素を目指し、各企業に対応を促したもの。欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長らが主導する政策だ。欧州自動車メーカーに課されたのは、2035年までにすべての新車をEVやFCEV(水素燃料電池自動車)など、排出ガスを一切出さないクルマにすることだった。

「その政策の中で、一気に推し進めようとした"EVシフト"が頓挫したことで、現在、欧州の自動車産業は全体の推進力を失っています」

EVシフト失敗を受けて、欧州委員会は直近の環境規制の緩和を発表した。また、フォンデアライエン委員長は欧州の自動車産業支援の検討も口にしている。


自動車評論家の国沢光宏氏は、欧州自動車メーカーの業績悪化についてこう分析する。

「欧州勢はEVシフトにより生産を強化しました。しかし、EVの市場が踊り場を迎えたことで、販売は失速。それにより業績悪化を招きました」

一方、自動車誌の元幹部は別の見方をする。

「ドイツの自動車メーカーが苦しい理由はふたつ。ひとつはEV補助金の打ち切り。もうひとつはロシアによるウクライナ侵略が始まってから高騰したエネルギー価格や、人件費が経営を圧迫していると耳にしています」

■欧州勢がハマった"中国との依存関係"

欧州自動車メーカーの業績悪化の背景に、中国市場での販売低迷を挙げる専門家も多い。桃田氏が解説する。

「そもそもフォルクスワーゲンは1990年代から中国の"カントリーリスク"を承知で先行投資し、中国政府と強いパイプを築いてきました。その後、中国自動車産業界では欧州の自動車メーカーや部品メーカーに対する依存度が急速に高まっていったんです」 

実際、世界最大の自動車マーケットを持つ中国で販売トップに君臨してきたのは、国有企業と強力タッグを組んだフォルクスワーゲンであった。程なくして中国は同社のドル箱市場となる。

しかし、昨年異変が起きた。フォルクスワーゲンが首位から転落したのだ。代わりにトップに躍り出たのは、昨年の世界新車販売で6位に輝いた中国が誇るEVとPHEV(プラグインハイブリッド)の二刀流自動車メーカー、BYDである。


余談だが、中国の自動車産業は外資との合弁事業で得た知見や技術により発展を遂げた。BYDもメルセデス・ベンツと合弁事業を展開し、BYDの高級ブランドであるデンツァを手がけてきた。

すでに両社は合弁事業を解消したが、専門家筋に聞くと、「BYDはメルセデス・ベンツとの協業で知見を十分得たのだろう」と口をそろえる。

話を戻すと、これまで欧州自動車メーカーは声高にEVシフトを叫んできた。加えて中国市場を意識し、夜になると室内がナイトパレード的に光り輝くクルマを開発するなど、努力を重ねてきた。

なぜ中国市場で欧州車は売れなくなったのか。もちろん、中国では不動産バブルの崩壊により新車の販売台数が減っており、競争が過酷なのはわかるが......。国沢氏が言う。

「最新の中国EVはド派手さの次元が違います。室内は前席も後席も巨大なモニターがドーンと備えてあり、ありとあらゆるところが輝く。値段も安くて魅力的。

しかも、中国の人は自国のクルマに愛が深い。もはやあらゆる面で外資EVは歯が立たない。いずれ中国市場から外資は駆逐されるでしょうね」


ちなみに世界最大の中国市場を意識した欧州自動車メーカーのEVは、残念ながら嗜好(しこう)の異なる欧州市場の消費者には受け入れ難いという。そんな中、皮肉にも欧州車の知見や技術をたっぷりと吸収した中国の"デフレEV"が欧州市場で大攻勢を展開している。桃田氏が解説する。

「中国国内ではEVが過剰生産によりダブついてしまった一方で、中国政府は自動車産業を地産地消型から、その一部を輸出型とする時期を探っていた。結果的にこれらのタイミングがマッチして、BYDを筆頭とした中国EVメーカーの輸出攻勢と、中国国外での現地生産シフトが進んだのです」

■中国EV対策の関税にBMWが提訴

欧州市場に進攻を開始した中国のデフレEVに脅威を感じたのか、欧州委員会は昨年10月、すでに発動中の10%に加え、最大35.3%の関税上乗せ処置を取った。BYDなどの中国メーカーは今年1月に欧州委員会を提訴した。

しかし、驚いたのはBMWと米テスラが中国勢に続き欧州委員会を提訴したことだ。国沢氏が苦笑しながら言う。

「このEUの関税は中国で生産した輸入EVも対象に含まれています。そして、欧州に輸入されているBMWとテスラのEVは中国生産というわけです。この関税を回避するには欧州に工場を建設すればいいんですが......国によって対応は変わるでしょう。

正直、ドイツの自動車メーカーが苦境に立っても、自国に中国のEVメーカーが投資をし、雇用を生み出してくれれば万々歳という国が多いのでは」


実際、BYDは欧州市場の足場として、EU加盟国のハンガリーに工場を建設中。ハンガリーは中国やロシアとの蜜月国としても有名だ。さらにはこんな仰天話が......。

「BYDが中国と関係の深いドイツに工場建設を検討しているなんて報道も。今後、中国メーカーから投資を持ちかけられたら、EU加盟国の中でも対応が分かれるのでは」(前出・自動車誌の元幹部)

■トランプ2.0。自動車関税発動

EVシフト失敗で疲弊する欧州自動車メーカーにとって弱り目にたたり目となったのが、米国のトランプ大統領がブチ上げた輸入車に対する一律25%の自動車関税だ。

ACEA(欧州自動車工業会)は、「世界の自動車メーカーと米国の製造業に同時に打撃を与える」と緊急の公式声明を発表した。しかし、専門家筋からは「焼け石に水」との声が多数である......。


欧州自動車メーカーの起死回生には何が必要なのか。桃田氏はこう提言する。

「すでに一部の欧州自動車メーカーで始まっていますが、EVシフトに関する事業計画の大幅見直しは必須です。その上で、EVシフトが本格化すると思われる30年代に向けて、技術面のみならず、ブランド戦略としてもゼロベースで考え直すべき時期でしょうね。

欧州メーカーはこれまでブランド価値が高かったわけですから、次世代のブランド事業戦略を構築することで、EVのみならず、自動車産業全体でゲームチェンジを起こせるはずです」

脱炭素は大事だ。その上で事実を言いたい。欧州グリーンディール政策を実行し、フォルクスワーゲングループは大打撃を受けた。ドイツ経済も厳しい状況を迎えている。実はニッポンの石破政権も物価高に苦しむ庶民を尻目に、化石燃料に頼る社会から再生可能エネルギー中心の社会へと移行する取り組み、GX(グリーントランスフォーメーション)に前のめり。ドイツの二の舞いはごめんだ。

取材・文・撮影/週プレ自動車班 撮影/宮下豊史 望月浩彦 山本佳吾 写真/時事通信社

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