現在、坂元裕二の脚本作『ファーストキス』と『片思い世界』が劇場公開されている。
『ファーストキス』は、ある夫婦が時を超えて絆を取り戻していくラブストーリー。主演は松たか子で、彼女がタイムリープをする中で出会う“15年前の夫”を松村北斗が演じている。
一方、『片思い世界』は広瀬すず、杉咲花、清原果耶という今をときめく若手俳優によるトリプル主演。『花束みたいな恋をした』の土井裕泰監督と坂元が再タッグを組み、古い一軒家で同居する3人の女性の日常を描く。本来は2024年に公開予定だったが、制作スタッフに起きた交通事故により延期となり、『ファーストキス』と同時期の公開となった。
脚本家として数々のヒット作を生み出してきた坂元は、時代にあわせてどのように変化し、何を描いてきたのか。『テレビドラマクロニクル 1990→2020』を著書に持つライターの成馬零一氏に話を聞いた。
「坂元さんが描こうとしているテーマは一貫しています。ただ、その時代ごとに“見せ方”が変わっているんです」と成馬氏は語る。
|
|
坂元は、1990年代に『東京ラブストーリー』でトレンディドラマの名手として名を馳せた。2000年代以降は社会派エンターテインメントにシフトし、『Mother』や『それでも、生きてゆく』などで高い評価を受ける。そして現在、『ファーストキス』と『片思い世界』では新たなジャンルに挑戦している。
「『ファーストキス』を観たとき、2000年代に流行した美少女ゲームや深夜アニメからの影響を強く感じました。坂元さん自身もインタビューでアニメからの影響を認めています。今の観客には、アニメ的な設定を使わないと届かないと考えているのかもしれません」
坂元の作品に共通するのは、「理解できない他者とどう生きるか」というテーマだという。それは、『東京ラブストーリー』では恋愛として描かれ、『Mother』では親子関係に、『それでも、生きてゆく』では犯罪者との関係に変換されている。
「これまでの作品にも度々登場してきた“夫婦の不和”や“他者との断絶”といった要素は、『ファーストキス』と『片思い世界』にも受け継がれています。坂元さんには、トレンディドラマ出身の作家という自負があり、その時々の流行に柔軟に乗っかっているんです。だからこそ、50代で書いた『花束みたいな恋をした』が若者の心に刺さったように、常に新しいファンを獲得することができているのでしょう」
『カルテット』や『大豆田とわ子と三人の元夫』に慣れ親しんだ視聴者の中には、最新作を「坂元裕二らしくない」と感じた人もいるかもしれない。だがそれは、作風の変化ではなく、フォーマットの違いによるものだと成馬氏は分析する。
|
|
「坂元さんはTVドラマの脚本を作る際、1話から順番に書いているそうです。結末を決めず、登場人物を動かしながら書く。それがドラマならではのライブ感につながっていました」
しかし映画では、異なるアプローチが求められる。
「映画は、“構成で見せる”ことが求められます。『ファーストキス』も『片思い世界』も、それぞれ観客を惹きつけるギミックがある点は一緒です。ただ、『ファーストキス』が“観客が今観たいもの”を詰め込んでいるのに対し、『片思い世界』はよりコアな、坂元さんがこれまでやってきたことを凝縮した作りになっていると感じました」
1クールかけてキャラクターをじっくり描くドラマと、より短い尺で感情を揺さぶる構成が重視される映画。この違いが『花束みたいな恋をした』や『怪物』以降の坂元作品に見られる、新たな特色を生んでいるのだ。
※以下、『ファーストキス』と『片思い世界』のネタバレを含みます。
|
|
SNSでは『ファーストキス』と『片思い世界』が対照的だという意見も見られるが、成馬氏は「実は同じことを描いている」と指摘する。
「どちらの作品も、最終的に“奇跡は起きない”んです。坂元さんは、“現実は変えられないが、認識は変えられる”ということを描きたいのだと思いました。『片思い世界』では主人公の3人が幽霊で、現実に干渉することができない。彼女たちの立場は観客と同じで、私たちもまたそんな彼女たちの姿をスクリーン越しに見守ることしかできません。『片思い』という言葉は、坂本さんの作品全般を象徴する言葉だと感じました。『ファーストキス』のラストに登場する手紙も同じで、手紙は一方的に思いを伝えるものであり、相手に届くかどうかわからない、『片思い』の象徴と言えます」
成馬氏は、2作が異なる受け取られ方をした理由について「宣伝方法の違いではないか」と語る。
「『ファーストキス』が物語上のギミックであるタイムリープを大々的に宣伝していたのに対し、『片思い世界』はネタバレ厳禁で公開されました。上映期間が終わらないと最終的な評価はできかねますが、ネタバレ部分を初めから明かしていたほうが興味を持つ人は多かったのかもしれません」
坂元が過去に手がけた『怪物』も、ネタバレに対して厳しい姿勢が取られていた。だが、今回を機に宣伝の仕方が変わっていくことも考えられる。
最新作ではアニメ的な手法を取り入れ、新しい観客層に向けた作劇を試みた坂元。彼の次なる一手はどこに向かうのか。
「『怪物』が世界的な評価を受けたことで、坂元さんは村上春樹のような、時代を超越した作家になっていくのではないかと思っていました。ですが、映画を手がけるようになってからの坂元さんは、“観客が何を観たいか/観たくないか”を強く意識しているように思います。中でも、『片思い世界』で犯人の視点が描かれなかったのは、個人的に気になりました。『それでも、生きてゆく』のように、坂元さんの描く犯罪者は魅力的ですし、だからこそ“理解できない他者とどう生きるか”というテーマが活きてくると思うので、今度は犯罪者の視点から描かれる物語も観てみたいですね」
成馬氏は、坂元裕二を「トレンドの半歩先を行く作家」と評した。彼の次回作がどのような形で観客の心を捉えるのか、目が離せない。
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 realsound.jp 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。