飼い主が亡くなり、引き取った息子が脳梗塞で倒れて… 保護して猫に伝えたときに見た「忘れられない反応」

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2025年04月18日 14:30  まいどなニュース

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猫店長のちーちゃん。猫スタッフの中では最年長

兵庫県明石市の山陽電鉄・西新町駅前にある「保護猫かふぇ あすなろ」。3階建ての店は1階が飲食、2階はジオラマを楽しめるスペース、3階が人気の屋根裏部屋になっており、2、3階で常時20匹ほどの保護猫たちと触れ合うことができる。四柱推命のカウンセラーでもある代表の新田彩貴さんは、猫店長の「ちーちゃん」(メス、推定16歳)をはじめ、これまで数多くの猫たちを保護。里親さんとの縁を結んできた。ちーちゃんとの出会いや、経営が厳しいながら続ける猫カフェのことなどについて、新田さんに胸のうちを聞いた。

【写真】猫へ話しかけた、保護猫カフェの店主

もともと「にゃーにゃー」とよく喋る子だったのに

新田さん ちーちゃんとの出会いは、私がここで保護猫シェルターを始めてまもなくのころでした。もともとは60代男性の母親の飼い猫で、その母親が亡くなり、息子であるその男性が引き取ったのですが、男性が脳梗塞で倒れてしまって。その妹さんが「兄の猫をどうしたらいいか」と私のもとに相談にきたため、預かることにしたんです。

うちにやって来たとき、ちーちゃんは凶暴でね。ほかの猫とも仲良くできませんでした。おそらく大好きな男性と離れたのが嫌だったんでしょう。もともと「にゃーにゃー」とよく喋る子だったのに、ここに来てからはあまり喋らなくなっていました。そんなちーちゃんに私はよく話しかけました。「お父さん(男性)はいま病気で入院してるけど、きっと元気になってまた一緒に過ごせる日がくるから、それまでおばちゃんとここにおろな」って。 

声をかけ続けているうちに、凶暴やったちーちゃんはだんだん落ち着いてくれました。しかし、一時は施設で車椅子生活を送っていた男性は、やがて帰らぬ人となりました。私はちーちゃんにこう語りかけました。「お父さんな、もうちーちゃんの世話、できへんようになってしもてん。先に天国で待ってるって。これからはここでおばちゃんとずっと一緒に暮らそな」と。

言葉のトーンで状況がわかったのか、そのときのちーちゃんの横顔が今も忘れられません。なんて表現したらいいんですかね。「私、ここで一人で生きていくしかないんや」っていう諦めと寂しさと覚悟が入り混じったような横顔やったんですよ。

ちーちゃんは野良だったわけではなく、もともと家庭の温かさを知っている子。そんな子が家族を亡くし、ここで生きていくと覚悟めいた表情を浮かべている。それを見たとき、ああ、私もちーちゃんや他の保護猫たちのために、腹をくくり覚悟してやらなあかんと思いました。縁あってうちにきた子たちを全力で守っていこうって。そう強く感じた瞬間でした。もしあのとき、ちーちゃんがそういう気持ちにさせてくれなかったら、こうして今日まで保護猫活動を続けてこられなかったかもしれません。

小学生の頃の疑問…処分されるのに、なぜ保健所に?

私が保護猫活動を始めたのは今から11年前。きっかけはマンションの野良猫問題でした。野良の子が子猫を数匹生み、その子たちを保護して里親さんを見つけたのが始まりでした。

小学生ころから私は、連れていったら処分されるとわかっている保健所に連れていける大人がいるのはなぜなんやろうとの疑問を抱いてきました。見てみぬふりする大人だけにはなりたくない。そんな思いがずっと根底にありました。

あるとき、当時所属していた団体がお年寄りの多頭飼育崩壊案件に関わり、30数匹のうち最後に残った5匹の行き場がどうしても見つからなかったんです。先輩らもたくさん猫を抱えていて、受け入れられないという状況だったため、私が引き取ることに。それがきっかけで保護猫シェルターを設けました。

その後もいろんな事情の子がやってきては卒業していきました。けがや病気で治療が必要な子、交通事故、虐待が疑われる子などもいました。飼育費や治療費などがかさみ、お金は出ていくばかり。収益をあげることを目指して5年前、猫カフェに移行しましたが、コロナの真っ只中でのオープンだったこともあり、運営はとても厳しくて…。

昨年(24年)秋ころ、経済的にも精神的にも限界を迎え、20匹以上いる猫たちの預かり先を探して店はもう閉めようか、というところまで追い込まれました。猫たちに「明日はもっと幸せになろな。明日はきっともっといい1日になるよ」と声をかけ続け、踏ん張ってきました。だけど、もし猫たちを手放したら、新しい環境に慣れるまでストレスを与えてしまう。悩み続け、どうしたらいいかわからなくなったとき、ふと電話したのが昔の職場の男性上司で、現在は保護猫活動をしている先輩でした。

「大丈夫やって。猫たちのために頑張ってやってるんやから、ええことも必ずあるはずや。俺も仲間も何かあったら助けたるから、心配すんな」 

その一言を聞いて涙が溢れました。ずっと誰かにその一言を言って欲しかったんだと思います。その言葉は、悲惨な状況から猫を救うとき、私が猫たちにかける言葉と一緒やったんですよ。その時の自分は、それこそ行くあてのない野良の子みたいやったから…。それで、まだもうちょっとは頑張れるかなと思い直しました。

もともと占いが好きだったこともあり、ずっと通っていた四柱推命の先生のもとでコロナ禍の2年間、修行し、いまはここでカウンセラーもしています。最近は仕事や恋愛、健康などの悩み相談に来られる方も少なくなく、鑑定が終わったあとは猫たちと触れ合うこともできるので「元気がでた」「また頑張れそう」とすごく癒されて帰っていかれます。また、2階にはジオラマ模型もあり、こちらは子どもたちに人気です。

今も資金繰りに悩む日々が続いていますが、いろんな工夫をしながら、なんとか経営を安定させ、1匹でも多くの猫たちが幸せな日々をおくれるよう、これからも頑張っていきたいです。

(まいどなニュース特約・西松 宏)

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