元ピスタチオ・小澤が児童福祉職を4年で辞めたワケと“現在の活動”を明かす「子どもが好きな気持ちは変わらない」

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2025年04月19日 09:20  女子SPA!

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「なんのっ」「ですからなあ〜にっ」という独特のイントネーションの白目漫才で人気を博したお笑いコンビ「ピスタチオ」。2022年にコンビ解散し、ツッコミの小澤慎一朗さんは児童福祉の道へ進みました。

「放課後等デイサービス」の児童指導員として勤務しながら(2024年11月に退職)、子育てをテーマにしたテレビ番組に出演したり、パラリンピック正式種目でもあるスポーツ「ボッチャ」を子どもたちに広める活動を続けてきたといいます。

 今回は小澤さんに、放課後等デイサービスでの経験から得た子育てに役立つ学びについて聞きました。

◆「叱れない」自分に悩みも

――放課後等デイサービスでは、どんな仕事をしていたのですか?

小澤慎一朗さん(以下、小澤):子どもたちが来る前に、その日の活動内容を決めます。例えば、まず宿題をやって、自由時間を過ごしてから子ども一人ひとりに合わせた療育支援をします。療育の内容はさまざまなのですが、手先を使う工作や、レクリエーションをしながらルールを守ることを学んだり、ボール遊びをしながら距離感を掴んだり、発達を促すような遊びをします。

それからおやつを食べたら自由時間を過ごして帰宅する、というのが一日の主な流れです。時には、お買い物に行ったり、公園で遊んだりするような外出活動をすることもありました。

――働いている中で、大変なことはありましたか?

小澤:僕は厳しく叱ることが苦手なので、子どもに舐められてしまうことがありました。やってはいけないことをしたり、気持ちの切り替えができない子がいた時の対応が難しかったです。

働き始めた頃、子どもたちは僕の反応をよく見ているなと感じました。例えば、小学校1年生の子が僕の目の前でランドセルをわざと乱暴に投げ出したので、「片付けないとダメだよ」と注意すると、「うぇ〜い」と笑うだけでまったく言うことを聞いてくれない。「初めて見る奴がいるけど、私のこと怒れるの?」という態度なんです。「連絡帳を出そうね」と他のことに誘導してもふざけているので、どう対応すればいいのか戸惑ってしまいました。

その子に対して他の職員さんが「それやっちゃダメでしょ」とビシッと言うと、ちゃんとやるんです。でも、僕が真似して同じように言ってみても聞いてくれない。何度もしつこく注意すればするほど、子どもの気持ちも崩れてしまうので、最初の頃はかなり悩みました。

◆お笑い芸人の経験が生きた瞬間

――他の職員の方から、アドバイスはあったのでしょうか。

小澤:園長先生に「何か困っていることはないですか?」と聞かれたときに相談したら、「叱ることが全てじゃないですよ」と言ってくれました。「厳しく叱る職員もいるけど、できない人もいるから他の職員にお願いしてもいいし、あなたのやり方でやればいい。逆に、あなたのやり方は他の職員にはできないから、小澤さんの個性を生かせばいいんです」とアドバイスをいただきました。

「確かにそうだ」と思って、できないときに叱るのではなく、できたときに大袈裟に褒めるように切り替えるようになりました。子どもが何かできたら、「すごいねっ!!」「昨日はできなかったのに、今日はできたのっ!!」と本当にオーバーに褒めるんです。芸人の経験を生かして、声もリアクションも大きめにしたことがよかったのかもしれません(笑)。

すると、子どもたちも「次にこれができたら、なんて言ってくれるんだろう」と期待してくれるようになりました。その頃から自分のやり方を見つけたような気がします。

――働く中で、嬉しかったことはありましたか?

小澤:人見知りの子が心を開いてくれたり、徐々に子どもたちと仲良くなることができたのが嬉しかったです。ただ、子どもが慕ってくれることで困ったこともありました。好きな先生にハグをしてくる女の子がいたのですが、職員は、介助などの理由以外で子どもと必要以上にスキンシップをとってはいけません。こちらがその行動を許容してしまったら、その子が成長したときに性的なトラブルに巻き込まれてしまうかもしれないからです。だから、淡々と「ハグはダメだよ」と伝え、すぐに引き離すようにしていました。

「かわいそうなことをしてしまったかな」という気持ちはありましたが、心を鬼にして適切な距離感を取ることが必要でした。本来は、彼女がそういった行動をとる前に対処しなくてはいけなかったと反省もしましたし、難しさを感じました。

◆4年間働いた放課後等デイサービスを退職した理由

――仕事で学んだことが、子育てに役立ったことはありますか?

小澤:4歳と1歳の子どもがいるので、勉強になったことはすごく多かったです。特に、大袈裟に褒めることや、子どもの気持ちが崩れたときに一旦1人にして「気持ちが切り替えられたらこっちに来てね」とクールダウンさせながら様子を見ることが大事だと実感しました。

4歳の息子に、クールダウンさせる方法を応用したことがあります。悪いことをしたのに注意しても聞かないときに、別の部屋に連れて行って「1人で考えてごらん」と伝えて様子を伺いました。もちろん、閉じ込めたりせずドアは開けたままです。すると、「僕、叩いちゃったからいけなかったな」と小声でつぶやいていて、しばらくすると僕のところにきて「さっきはごめんなさい」と自分から謝ってきてくれました。「やっぱり効果があるんだ」と驚きましたね。

――最近、放課後デイサービスを退職したそうですが、なぜだったのでしょうか。

小澤:2024年の11月に4年間働いていた放課後等デイサービスを退職しました。こういった取材や、テレビ出演などが忙しくなってきて、両立が難しくなったのが理由です。シフトを守れないと、職場に迷惑をかけてしまうので。

今は子育てについて発信しながら、月に1回お子さんたちを集めて「ボッチャで遊ぼう」というイベントを開催しています。「ボッチャ」はパラリンピックの正式種目になっていて、障害を持っている人と、健常者の壁を無くしたいときに一番いいスポーツなんです。

◆「障害者」「健常者」の壁を取り払うためには

――今後はどんな活動をしていきたいですか?

小澤:子育てに関する講演会などをしたいと思っています。あと、一度断念してしまった保育士資格を取るために、お金を貯めて学校に通うのが目標です。僕は自分1人では勉強できないと痛感したので、やらざるを得ない環境に身を置いて、人から教えていただきたいです。

あと、大きなことをいうと「障害者」という言葉の枠にとらわれない世の中にしていきたいです。今はその言葉しかないから使うしかないのですが、「障害者」と「健常者」で分けることに疑問を感じるんです。その壁を取り払うためには、子どもの頃から障害のある人とたくさん関わりを持つことが一番大事なんじゃないでしょうか。だから「ボッチャ」の活動をもっと広めていきたいです。

「コンビ解散して子どもと関わる仕事をすると言ったのに、結局辞めてるじゃん」と感じる方もいらっしゃると思います。でも、僕自身は子どもが好きという気持ちは変わらないので、障害のある子ども達やその親御さんたちのケア、また子育てに関わる活動を続けていきたいですね。

<取材・文/都田ミツコ 撮影/林紘輝>

【都田ミツコ】
ライター、編集者。1982年生まれ。編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。主に子育て、教育、女性のキャリア、などをテーマに企業や専門家、著名人インタビューを行う。「日経xwoman」「女子SPA!」「東洋経済オンライン」などで執筆。

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