「ADHDは手柄横取り」「ASDは異臭を放ってもおかまいなし」職場心理術の新刊が物議。「職場での“誤った診断ごっこ”に繋がるだけでは」当事者会代表も懸念

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2025年04月22日 09:21  日刊SPA!

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『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』(神田裕子著 三笠書房)
2025年4月24日に三笠書房から発売予定の『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』(神田裕子著)に、発売前にも関わらず、目次やイラストが差別的だと批判が殺到中だ。主にASD(自閉症スペクトラム障害)やADHD(注意欠如・多動症)など発達障害の当事者・支援者・医療関係者が中心となり、不買運動の様相を呈してきた。
◆著者は差別的意図を否定

批判に対し、著者の神田裕子氏は「私が診断することはできないが、ASD的な行動として、感覚過敏から何日もお風呂に入らない人がいる。すべてのASDにあてはまるわけではないが、周りを困らせている人もいるので、背景事情を説明している。そして(風呂に入らない当事者から)机を離すなど環境調整をする、といった対応についても触れています」、「私の中に差別意識は全くありません。家族に発達障害の傾向があり、私自身の中にもASD、ADHD的な部分、鬱病や愛着障害の芽がある。病気として出ていないだけ。私自身も生きづらさを感じてきました」と、まいどなニュースの取材 で、差別的意図を否定した。

同書は、 “職場の「困った人」”たちを6タイプに分類し、“戦わずして勝つためのテクニック”を紹介するといった内容だ。「簡易版 タイプ診断チャート」も収録されている。

神田氏は『カサンドラ・ラボ』を主宰する心理・産業カウンセラーだ。発達障害のパートナーや同僚を持つ人々へのカウンセリングを通じて、職場や家庭での摩擦軽減を目指している。自らを『スーパーカウンセラー』と称し、SNSで積極的に情報発信を行っている。

◆問題の目次『あなたの周りの「困った人」6タイプ』

目次は、以下のようなものだ。

●あなたの周りの「困った人」はどのタイプ? 
タイプ1 こだわり強めの過集中さん ≫≫ ASDタイプ
タイプ2 天真爛漫なひらめきダッシュさん ≫≫ ADHDタイプ
タイプ3 愛情不足のかまってさん ≫≫ 愛着障害タイプ
タイプ4 心に傷を抱えた敏感さん ≫≫ トラウマ障害タイプ
タイプ5 変化に対応できない価値観迷子さん ≫≫ 世代ギャップタイプ
タイプ6 頑張りすぎて心が疲れたおやすみさん ≫≫ 疾患タイプ

ASDタイプはナマケモノ、ADHDタイプはバナナを片手に持ったサル、トラウマ障害は羊と、動物で描かれている。差別、偏見、分断を助長するとし、発達障害当事者協会や日本自閉症協会が声明を出している。Xでは、「#神田裕子著作の出版差し止めを求めます」とのハッシュタグが拡散され、オンライン署名で出版差し止めを求める動きも出てきている。

自身も発達障害当事者で、中高年発達障害当事者の会「みどる」を主宰し、延べ2,000人の発達障害者の相談に乗ってきた、代表理事の山瀬健治さん(59歳)に話を聞いた。

◆まるでパワハラのようなASD当事者への対処法

「筆者のインタビュー記事を読んで、ASD当事者への対処法に懸念を持ちました。たとえ迷惑であっても隔離したら、ショックで退職や、それ以上の結果になりかねません。そのようなリスキーな手法を『環境調整』と呼ぶのには抵抗があります」

第2章には、ASDの特性として「異臭を放ってもおかまいなし」と挙げられているが、この対処法はまるでパワハラのようだ。「お風呂キャンセル界隈」という、インターネットスラングがあるように、疲労や忙しさ、または気分的な理由から、入浴を避けることは誰にでもあり得る。

「三笠書房は、2025年4月18日に出した同書への見解の中で、書籍を読めば意図を理解できると書いていますが、目次と表紙の段階で、すでに実害が出ています。出版されることで、既に指摘されている差別ばかりでなく、更に別の具体的な被害が発生して、それが広がることを懸念しています」

Xでは、精神的に不安定になった障害当事者が、主治医を受診したとの投稿も多数みられる。

◆そもそも書籍の目次は医学的・科学的に正しいのか

目次には、ADHD当事者が「同僚の手柄を平気で横取り」する、ASDタイプは「こだわり強めの過集中さん」との表記もあるが、これらは特性を正確に表しているのか。

「米国精神医学会(APA)が発行する精神障害の診断基準マニュアルDSM-5や世界保健機関(WHO)が作成した国際疾病分類の最新版であるICD-11の内容に基づいていないと、医師を含む複数の識者が指摘しています」

過集中などは、どちらかというとADHDの特性として語られるものだ。また、ASDとADHDの併発率は、米国国立精神衛生研究所(NIMH) の研究や『Journal of Autism and Developmental Disorders』(2020年)によると、50〜70%とされる。単純に、ASD・ADHDならこうだと、分類できるものではない。

「特性理解が筆者独自のもので、科学的知見からかけ離れています。誤った知見から作られた簡易版タイプ診断チャートは、職場での誤った診断ごっこやレッテリングに繋がるだけでしょう。誤った診断や偏見を助長し、支援を妨げる恐れがある」と山瀬さんは懸念する。

著者が使用する「カサンドラ」という用語も、DSM-5やICD-11にある正式な診断名ではない。「実際に迷惑している人がいる」「表現(言論)の自由」を盾に出版を擁護する声もあるが、医学的・科学的知見に基づいた本はいくらでも存在する。

◆労働環境のストレスが障害者ヘイトに繋がる可能性

三笠書房のホームページによると、同社には、56名の従業員がいる。創業は1933年(昭和8年)11月で、歴史のある中堅出版社だ。この規模の出版社で、出版時のチェック機能が働かなかったのは意外だ。

こういった本が出版される背景に「日本の労働環境のストレスが、障害者ヘイトに繋がっているのではないか」と山瀬氏は指摘する。

厚生労働省によると、障がい者雇用のルールとして、民間企業の法定雇用率は2.5%に定められている。従業員を40人以上雇用している事業主は、障害者を1人以上雇用しなければならない。事業主は、障害者と障害者でない者との均等な機会の確保の支障となっている事情を改善するため、募集・採用に当たり障害者からの申出により障害の特性に配慮した必要な措置(合理的配慮)を講じなければならない。

「職場での合理的配慮へのノウハウや支援が不足しているのが現状です。現場での個人負担が『困った人』という表現を生んだ背景にあると思います。ノウハウ教育や支援が不足すると、現場の上司や担当者に負担がかかります。それが、合理的配慮を必要とする部下や同僚への忌避感につながっているのではないでしょうか。『みどる』にも、そういった摩擦から、離職に繋がった当事者が多く相談に訪れます」

合理的配慮は、障害者差別解消法の中で求められているが、現場での実践は不足している。2015年12月1日より、労働安全衛生法の一部改正にともない、職場でのストレスチェック制度が義務化された。調査では、日本の職場における高いストレスレベルが明らかになった。そういった環境は、障害者への配慮に関する緊張を悪化させる。

「法定雇用率を上げる際には、現場への手当てを先行すべきだと思います。現場への教育や直接的な支援がないと、職場での敵意が高まり、障害者への偏見を深める有害な出版物が増える可能性があります」と山瀬氏は危惧する。

負担が増すばかりでは、障害のある同僚への忌避感が増す。今後の同出版社の追加対応や当事者団体の行動が注目される。

<取材・文/田口ゆう>

【田口ゆう】
立教大学卒経済学部経営学科卒。「あいである広場」の編集長兼ライターとして、主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。現在、介護・福祉メディアで連載や集英社オンラインに寄稿している。X(旧ツイッター):@Thepowerofdive1

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