『ヤマケイ文庫 すごい動物学 生き物たちから学ぶ明日を生きるヒント』新宅 広二 山と渓谷社 私たち人間と動物は、切っても切り離せない関係だ。ペットとして家族同然に扱う人もいれば、農作物を荒らされて嫌な感情を抱く人もいるだろう。ところがこんなにも身近な動物なのに、学校では動物について詳しく教えてもらえない。自然界で生き抜く彼らの知恵や行動には驚かされるものも多く、私たちが大いに学ぶべき存在なのだ。
新宅広二氏の著書『すごい動物学 生き物たちから学ぶ明日を生きるヒント』(ヤマケイ文庫)は、教科書には載っていない生き物たちの真の姿を解き明かし、私たちの常識や思い込みを覆してくれる。
例えば、動物界の孤高のアイドルであるジャイアントパンダ。あの愛くるしい見た目に、誰もが「カワイイ」と感じるだろう。それは大人も子どもも関係なく、外国人であっても、さらには時代が違っても同じで、動物に対する印象はそう大きく変わらない。
「これは単なるブームなどの問題ではなく、我々人間の遺伝子に深く刻まれていることだからだ。危険がいっぱいの世界で生き残るために重要なこと......それは、はじめて出会った生き物が、自分にとって敵なのか味方なのかを即座に判断することだ」(同書より)
その判断基準はなんと、相手が「子ども=赤ちゃん」のたった一つだけ。なぜなら自然界において、運動能力が未発達で闘いの経験値の低い子どもは脅威にならないから。つまり丸みを帯びた顔に中央よりもやや下についた目と鼻、さらにおでこが強調されているなどの赤ちゃんの要素、いわゆる「赤ちゃんサイン」を瞬時に識別できるようになっているのだ。
さらに人間は種の保存のために、自分の赤ちゃんを積極的に養育する本能が備わっている。そこで「赤ちゃんサイン=カワイイ」というスイッチが入るようにしておけば、生存面だけでなく繁栄面でも有利になる。ジャイアントパンダが大人になってもこの「赤ちゃんサイン」を持ち続けていることこそ、私たちに「カワイイ」と思わせる秘訣なのだ。
また動物には、古来よりさまざまな言い伝えもある。なかでも、「ナマズが暴れると地震が起こる」という説は有名だろう。しかし本当にナマズが地震を予知しているのかを考えるには、動物が特殊能力を獲得するための進化的メカニズムを知る必要がある。
そもそも動物が特殊能力を獲得するには、それが生存に有利に働く能力でなくてはならない。水の中で暮らす生物にとって、果たして地震は命を危険に晒すほど影響があるものなのか。むしろ物が落ちてきたり、何かに挟まれたりといった地震特有の危険は、地上に比べて圧倒的に少ない。仮に地震前に発生する磁場の変化のような微妙なものが感知できたとしても、魚にはあまりメリットがないだろう。
「魚にとっては地震予知よりも、エサや天敵、ライバルや結婚相手を早く察知できる能力の方が現実的に重要であり、彼らにとって損も得もしない地震予知の能力が備わっているとは考えにくい」(同書より)
もしも実際に大地震が起きて命が危険に晒されるとしたら、それは魚よりも人間のほうだ。揺れると崩れやすい建物の中にいるうえに、火事や津波などの二次災害の危険もある。
「だから、もしかすると地震にもっとも敏感なのは、動物たちより人間かもしれない」(同書より)
さらにナマズとはまた違った方向で、あらぬ誤解を生んでいる動物がゴリラだ。1993年にキングコングの映画が空前の大ヒットとなって以来、今なお粗暴で思慮が浅いケダモノと表現され、たびたび映像化されている。ところが実際のゴリラは、まったくの別物だ。
「手話を教えれば少なくとも2000語程度を使いこなして、人間と会話できるようになる。性格的にもとても繊細だが、それは高度な心を持っているからで、動物園でも未だに第一級に飼育の難しい動物である。私は動物というより、言葉の通じない外国人のように思えることもあった」(同書より)
確かに険しい顔つきや隆々とした筋肉は、恐怖を感じさせる。しかし見た目だけで判断して、ゴリラ本来の魅力を見逃してしまってはもったいない。そしてこれは我々の人間社会にも、同じことが言えるだろう。偏見や固定観念に縛られず理解を深めることは、多様性を尊重すべきこれからの社会に必要な教訓だ。
動物の世界には、まだまだ驚きと発見が満ち溢れている。そういった新たな一面を知ることで、人間関係や生きがいなど、我々が日ごろから頭を悩ませている問題の解決策やアイデアが見つかるかもしれない。同書を通して単に動物を知るのではなく、ぜひ動物たちから学んでみてほしい。
『ヤマケイ文庫 すごい動物学 生き物たちから学ぶ明日を生きるヒント』
著者:新宅 広二
出版社:山と渓谷社
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