
ミステリーやファンタジー、時代小説など幅広いジャンルの小説を上梓しているベストセラー作家の宮部みゆきさん。最新刊『猫の刻参り―三島屋変調百物語拾之続―』は、ライフワークともいえる江戸怪談「三島屋」シリーズの節目となる第十巻だ。
「猫も飼い主のために尽くすと思っている」
物語は三島屋の次男坊・富次郎が聞き手となってお客から聞く変わり百物語と、江戸は神田の袋物屋・三島屋にまつわる出来事で構成されている。変わり百物語は三話あり、第一話『猫の刻参り』のモチーフは化け猫だ。
「このシリーズを始めてから、いつか化け猫の話を書こうと思っていたんです。江戸時代には身分制度があり、このシリーズでは立場が弱い人のことは書いてきました。でも、女性であるがゆえの苦しみや悲しみというものは書いていなかったんですね。
江戸時代の女性は、身分制度のどこに生まれるか、身体が健康かどうか、器量がいいかどうか、といったことで生活が大きく変わります。私自身、『女性にとっては今よりも百倍以上厳しい時代だったんだ』と自分に言い聞かせながら書き進めました」
『猫の刻参り』の主人公・おぶんは嫁ぎ先で夫や義両親からぞんざいに扱われ、かつての愛猫・シマっこの力を借りて復讐をする。
|
|
「有名な猫の伝説のひとつに“鍋島化け猫騒動”があり、これは飼い主の無念を晴らすために猫が仇討ちをするお話です。忠犬ハチ公など人間に忠誠を尽くす犬の話はたくさんありますが、私は猫も飼い主のために尽くすと思っているんです」
そう話す宮部さんはアメリカンショートヘアのマルコくん(8歳)と暮らしており、猫の忠誠心を実感しているのだそう。
「年末にインフルエンザで寝込んだ時には、マルコが添い寝をして看病をしてくれました。年明けに新型コロナウイルスにかかった時にはうつらないようにと寝室には入れなかったのですが、『心配して部屋の前に何度も様子を見に行ってたよ』と家族が教えてくれました」
おぶんの愛猫シマっこは、復讐をする飼い主の業を背負い、苦しみを受ける。
「猫を飼う身としては書くのがつらい場面で、執筆しながら涙ぐんでいました。猫に限らずペットを愛している人は、ペットに幸せでいてもらいたいと願うものですよね。ペットは飼い主の気持ちを敏感に察知するところがありますから、日常の中で、自分の中のネガティブな感情を鎮めていくことは、ペットの幸せにもつながるのかもしれないと思います」
|
|
第二話『甲羅の伊達』には河童が登場する。
「今回の一冊は『週刊新潮』の連載をまとめたもので、挿絵はイラストレーターのこよりさんにお願いしました。前々から『荒野の七人』や『七人の侍』のように、村人みんなで野盗に立ち向かい、そのリーダーが河童という物語を書こうと考えていたんです。
こよりさんが描いたカッコいい河童の絵を見て、『ワンピース』のルフィみたいな“永遠の少年”にしようと思いました。作中には河童の三平太の腕が伸びる場面があるのですが、まさにルフィのイメージで書きました」
「闇バイトを念頭に置いて書いていました」
野盗の集団の様子は、現代の闇バイトに通じるものがある。
「今の闇バイトはSNSで人を集めますが、昔は詐欺師の“儲かるよ”“いい思いができるよ”という嘘話で人を集めていたんですよね。嘘の儲け話だけでつながった人たちが野盗となる場面は、闇バイトを念頭に置いて書いていました」
|
|
宮部さんは2006年から三島屋シリーズを書き始めており、ネタ帳のようなものを作っているという。
「パソコンの中に“三島屋シリーズ”というフォルダを作り、思いついたことを書いています。“地蔵が飛ぶ”とか後で見ても意味がわからないアイデアもある中で(笑)、このお話はずいぶん前から温めていました。それだけに今回、書き上げることができてうれしかったです」
第三話『百本庖丁』では、美しい悪女が原因で村が焼け、逃げた母と娘が山中で人語を話す山犬と出会い、不思議な屋敷で料理人をつとめた話が語られる。
「“迷い家(マヨイガ)”の話を読むと必ずごちそうが出てくるので、『この料理は誰が作っているんだろう?』とずっと気になっていたんです。映画の『南極料理人』を見て、“南極に料理人がいるなら、迷い家にも料理人がいるだろうな”と考えるようになり、ある日、『百本庖丁』というタイトルが出てきて、お話ができあがっていきました」
第一話と第二話は読後にせつない感情が残るが、この第三話は趣が変わる。
「迷い家で働いた母と娘はその後、村に戻って生き残った家族に会えましたし、何不自由ない暮らしを送ることができました。このお話では、大変な目に遭ったとしてもそれを乗り越えればきっと新しい幸せが待っている、ということを伝えたいと思いました」
ちなみに、“もふもふ好き”の心には、山桃という名の山犬の存在が刺さるはず。
「山桃はもふもふとしたカッコいい犬なんです。本の中には山桃をはじめ、私が大好きなイラストばかりを掲載してもらったので、ぜひご覧いただきたいです」
『鬼滅の刃』胡蝶しのぶのマグカップを愛用
宮部さんいわく、本書で「三島屋シリーズ」の第2シーズンが一段落となり、次からは新しいシーズンになるという。
「今後は三島屋の家族の話も進んでいきますし、新レギュラーも加わります。このシリーズは江戸の市井の人びとが登場する大河ファンタジーのような小説なので、気長に楽しんでお付き合いをいただけたらうれしいです」
最近の宮部さん
「『ワンピース』や『呪術廻戦』『鬼滅の刃』『ダンダダン』など、少年漫画が好き。いち読者として楽しむのはもちろん、小説を書く上で勉強になることがたくさんあります。ちなみに、今日は取材の前に『鬼滅の刃』の柱展に行ってきました。推しは胡蝶しのぶちゃん。家では彼女のマグカップを愛用していますよ!」
『猫の刻参り―三島屋変調百物語 拾之続―』宮部みゆき 新潮社 税込み2530円
取材・文/熊谷あづさ 撮影/佐藤靖彦
宮部みゆき(みやべ・みゆき)/1960年、東京都生まれ。1987年『我らが隣人の犯罪』でオール讀物推理小説新人賞を受賞。1989年『魔術はささやく』で日本推理サスペンス大賞、1993年『火車』で山本周五郎賞、1999年『理由』で直木賞、2022年菊池寛賞など受賞歴多数。他の作品に『ソロモンの偽証』『小暮写眞館』『荒神』『この世の春』などがある。