
5月5日に提供終了となった通話・チャットサービス「スカイプ」は、オンラインのコミュニケーションに革命を起こしただけでなく、さまざまなネットカルチャーの始祖とも言える存在だった。今回は改めてその功績について振り返ってみたい。「エロイプ」のこととか。
■スカイプが日本で果たした独特の役割
5月5日、マイクロソフトは通話・チャットサービス「スカイプ」の提供を終了した。2004年の正式版リリースから21年。最盛期は同時接続のユーザー数が7000万人を超えるほど、ネット上のコミュニケーションに革命を起こしたサービスだった。
ITジャーナリストの三上洋氏がこう振り返る。
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「まさに『ひとつの時代が終わった』という感覚ですね。スカイプがサービスを開始した頃は、日本でもネットの常時接続が当たり前になった時期でした。
とはいえ、あの頃はネットワークの帯域も狭く、通信の安定性もばらつきがあった。そうした中でスカイプは回線状況にあまり左右されることなく、安定した通話環境を提供できていました。
しかも、その音声・ビデオ通話は基本無料。固定電話も携帯電話も従量制の通話料金だった時代にあって、『ネットに接続すれば無料で世界中の人とコミュニケーションができる』というスカイプのインパクトは大きく、新しい時代の到来を感じさせました」
スカイプは03年、スウェーデンとデンマークの起業家により、コンピューター同士が通信する「P2P」という技術で開発された。サーバーに情報を集約しないため利用者の個人情報が守られやすく、回線の混雑にも強い点が特徴だった。
05年にアメリカのECサービス大手のイーベイに買収されると、ビデオ通話など機能を拡大。個人間のチャットや通話だけでなく、企業のビデオ会議にも使われるようになり、飛躍的にユーザー数を伸ばしていった。
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当時はPCに常駐するアプリの定番であり、名刺の連絡先として、電話番号やメールアドレスのほか、スカイプのIDを記している人も少なくなかった。
「しかも日本におけるスカイプは、ネットの匿名文化を支える存在でもありました」
そう話すのは、ネットメディア研究家の城戸譲氏だ。
「ネット掲示板の『2ちゃんねる』に代表されるように、日本のネットは匿名文化として発展しました。特にスカイプが世界を席巻した00年代は、ネットに実名をさらすのは怖いという感覚が根強かった。
それは電話番号やメールアドレスも同様で、ネットに書き込むには抵抗がありました。そのため、ネットで知り合った人には連絡先としてスカイプのIDを教えるという文化があったのです」
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SNSの普及以前、ネットユーザーが匿名で交流できるサービスとしても重宝されたわけだ。城戸氏が続ける。
「例えば『凸待ち』です。ネット掲示板などに自身のスカイプのIDを書き込み、不特定多数の人と通話する。08年に『ニコニコ生放送』が正式にサービス開始すると、ライブ配信中に視聴者と交流するためにも使われるようになりました。
匿名の人たちが匿名のまま集まり、その様子を多くの人が視聴する。今ではユーチューブなどで当たり前になった文化の始まりが、この頃にあったのです」
■ネットのアングラ文化「エロイプ」の台頭
さらに、スカイプは「ネット恋愛」にも欠かせなかった。
「世界中どこでも通話無料のため、海外在住者との恋愛には必須と言える存在でしたし、匿名のままネットで出会い、スカイプで交流して愛を育むという人も登場しました。マッチングアプリ以前の、『ネット経由で恋人ができる』という文化もつくったのです」
とはいえ、ネット恋愛も清い交際ばかりではない。匿名のコミュニケーションが広まるにつれ、スカイプで性的な行為を見せ合ったり、性的な画像を送り合ったりすることを指す「エロイプ」という造語も生まれた。
「出会い系の掲示板にスカイプの『捨て垢』(使い捨てを目的にしたアカウント)を書き込み、見知らぬ人と疑似セックスを楽しんだり、浮気や不倫の相手を探したりするといった使われ方がひそかに広まりました。今ではSNSの裏アカウントなどに移行していますが、このようなネットのアングラな側面の発展も、スカイプは担ってきました」
それだけにスカイプにはトラブルも少なからずあった。
「『Yahoo!知恵袋』の過去ログを調べると、『旦那がエロイプをしているのだが、肉体関係がなくても慰謝料を請求できるのか』とか『未成年とエロイプしたら犯罪か』といった相談が投稿されています。
また、スカイプが一般化したことにより、ネットのリテラシーに乏しい人が気軽にIDをウェブ上にさらしてしまい、迷惑電話が殺到したり、アカウントを乗っ取られたりするといったことも起こっていました」
ただ、スカイプのトラブルがネット炎上に発展することはめったになかったという。
「当時はネットニュースの影響力が今よりずっと弱く、SNSも定着していなかったですからね。
こうしたトラブルは個人的な失敗談として、おのおのの胸の中にそっとしまわれた記憶になっています。その意味でスカイプは、ネットがまだ牧歌的だった時代の象徴とも言えるでしょう」
■終わりの始まりは10年以上前から
やがて通話料金を収益源としてきた携帯電話会社も、スカイプの存在を無視できなくなっていく。10年にKDDIがスマホ向けにスカイプのサービス開始を発表。携帯電話会社が通話無料の「禁断のアプリ」(当時のKDDI専務の発言)の導入を決めるほど、スカイプはネット上のコミュニケーションツールのスタンダードになりつつあった。
しかし、その勢いは長くは続かなかった。前出の三上氏が次のように解説する。
「ユーザーが増えたとはいえ、基本的にスカイプはPCでの利用が大半で、ネットのヘビーユーザーが使うものという印象が強く、老若男女に利用されていたわけではありません。
しかし、東日本大震災で電話やメールが通じなかった経験から、それら以外の連絡手段がないと、いざという際に不安だという感覚がネットのライトユーザーにも広がりました。そんなときに登場したのが『LINE』です」
スマホでの利用に最適化して開発されたLINEは、スカイプに比べて動作が軽く、スタンプを使ったコミュニケーションも気軽な利用を促進した。そのため、これまでスカイプを利用したことがなかった層が、電話やメール以外の連絡手段としてLINEを選択するようになったのだ。
「ネットへのアクセス手段としてスマホが主流になっていく中で、PCの利用を前提に開発されたスカイプは、時代遅れなツールと見られるようになりました。そして、そのタイミングでマイクロソフトに買収されたのです」
11年にマイクロソフトは85億ドル(当時約6500億円)もの巨費でスカイプを買収。PCで大きなシェアを誇る同社の製品と連携することで、さらなるシェア拡大をもくろんでいたのだが......。
「今とは違い、当時のマイクロソフトによる買収は失敗の連続。買収相手の良いところを伸ばすのではなく、自社サービスに取り込むことを優先していたので、大企業の論理にからめ捕られてしまい、本来の魅力が失われてしまうと指摘されていました。
"マイクロソフトの買収イコール、サービスの死"と評されていたほどです。実際、スカイプの使い勝手は向上するどころか悪化してしまい、世界的なユーザー離れを招きました」
しかも、14年には日本の携帯電話会社がこぞって通話定額制のプランを発表。「通話無料」という最大のメリットすらも失われてしまった。実際、同年にKDDIはスカイプとの提携を終了している。
そして、コロナ禍にビデオ通話の『Zoom』が登場したことが"トドメの一撃"に。
「URLを共有すれば、アカウントがなくても利用できる手軽さで、Zoomは瞬く間にシェアを広げました。マイクロソフト自身も17年から『Teams』というビジネス向けのコミュニケーションツールを立ち上げ、スカイプからの移行を進めてきたように、もはやスマホ時代にスカイプは対応できないと理解していたのでしょう」
では、とっくに役割を終えていたのに、なぜサービス終了がこれほど話題になるのか。前出の城戸氏がこう語る。
「やはり、今の殺伐としたネットとは違い、00年代の牧歌的で楽しかったネット文化を想起させてくれる存在だからでしょう。
掲示板やブログで仲良くなった人とスカイプで交流した記憶は、当時ネットにハマっていた人なら誰しもあるはず。スカイプは単なるコミュニケーションツールではなく、ネットユーザーのノスタルジーを刺激するサービスだったのです」
ビジネスとしては失敗したけど、数え切れないほどの思い出を残してくれた。ありがとう、スカイプ!
取材・文/小山田裕哉 写真/時事通信社 アフロ PIXTA