合法的な「コンテンツ利用」と「生成AI活用」の実現に向けての第一歩 アドビがクリエイター支援ツールに取り組む理由

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2025年05月13日 17:41  ITmedia PC USER

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アドビは生成AI「Adobe Firefly」への注力を強めている

 生成AI、とりわけ画像生成AIの急速な進化は、クリエイティブ制作に携わる人たちに大きな影響を与えていることはいうまでもない。毎日ネットを見る中で、AIが生成した画像に出会わないことはない――そう言い切ってもいいだろう。


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 こうした状況において、デジタル作品の「権利の帰属」「真正性」の確保という新たな課題が生まれている。クリエイターの中には、自分の作品や写真が勝手に引用されている経験をしたことがある人もいるだろう。その文脈で「知らないうちに、自らの作品がAIモデルに組み込まれる」という懸念も広がっている。


 かつて、歴史的なアーティストが自らの作品に署名を加えたように、デジタルクリエイターもまた、自身の作品が「誰によって作られたものか」を示す、安全で現代的な方法を求めている。


 クリエイター向けのアプリ/サービスを展開するアドビは、生成AI「Adobe Firefly」に見られるようにAIに関する取り組みも積極的に進めている。「クリエイターの権利保護」と「AIの機能強化」をどう両立させるのか――その取り組みについて紹介したい。


●生成AIを強化するからこそ「クリエイターの権利」を重視


 アドビは主力製品にAI機能を組み込み進化させることと並行して、クリエイターの権利保護を行う仕組みもアップデートしている。


 先日開催されたハイブリッドイベント「Adobe MAX London 2025」では、Adobe Fireflyの新しいAIモデル(Firefly Image Model 4シリーズ/Firefly Video Model)や「テキストからベクター生成」機能、他社のAIモデルとの連携機能など、生成AIに関する発表が多数行われた。


 「Photoshop」「Premiere Pro」「Illustrator」「Illustrator」「InDesign」「Lightroom」「Adobe Express」など、アドビの主力製品/サービスでは生成AIの“進化”が着実に統合されてきており、クリエイターのワークフローを効率化し、プロフェッショナル以外の人でも新たな表現を作り出すことを可能にしている。


 このように生成AIの進化と利用拡大が進む中で、アドビはデジタルコンテンツ、特に画像作品の「帰属表示」と「真正性」を保護する取り組みとして「Adobe Content Authenticity」アプリをパブリックβとしてリリースしている。


 このアプリの中核をなすのは「コンテンツクレデンシャル(Content Credential)」と呼ばれる技術だ。これはクリエイター自身やその作品に関する情報を記録したセキュアなメタデータのことで、アドビが主導して4500以上のステークホルダーが関与する「C2PA(Coalition for Content Provenance and Authenticity)」という共同プロジェクトが策定した規格に基づく。


 C2PAの取り組みは、これもアドビが立ち上げた任意団体「CAI(Content Authenticity Initiative)」を通して推進されている。


 コンテンツクレデンシャルは、物理的なアーティストが絵画や彫刻に署名するような感覚で、作品にデジタル署名を埋め込んだものと考えれば分かりやすい。この仕組みは“耐久性”に優れていることも特徴で、作品をスクリーンショットで「盗用」した場合でも、クレデンシャルが維持される。


 クリエイターやコンテンツ利用者は、Adobe Content Authenticity内の「Inspectツール」、あるいはGoogle Chrome向けの「拡張機能」を使用することで、署名情報を簡単に表示/復元を行える。「誰がその作品を作ったのか」「作者がどのような情報を付与しているのか」をすぐ確認できる他、コンテンツを別の人間が編集/改変している場合でも、その編集履歴などの情報を追いかけることが可能だ。


●「デジタル透かし」との共通点と違い


 コンテンツに著作権情報を埋め込む仕組みとしては、従来から「デジタル透かし」があった。「不正コピーの防止」「出所を示す」といった役割はコンテンツクレデンシャルと共通するが、その仕組みや情報の扱い方に違いがある。


 一般的な「デジタル透かし」には、視覚的に確認できる「可視透かし」と、目には見えない「不可視透かし」がある。どちらもコンテンツ自体に情報を埋め込むため、コンテンツの改変や劣化によって情報が失われたり、抽出が困難になったりすることがある。


 それに対してコンテンツクレデンシャルは、コンテンツに「メタデータ」として付与される情報となっており、そのデータも改変が難しいセキュアな形式となっている。


 メタデータには単なる「著作権/権利者」「改変/編集者」の情報だけでなく、「携わった人の検証された身元」「生成AIのトレーニング利用可否」といったリッチかつ構造化された情報を含めることも可能だ。誰もが使える/入手できるアプリや拡張機能を通して情報を簡単に表示/検証できることも大きな特徴といえる。


 コンテンツクレデンシャルは、単にコンテンツを保護するだけでなく、デジタル作品が生まれる経緯や履歴、その真性を証明することに重点を置いている。こうしたコンテンツの来歴管理では、「編集による改変」の履歴もサムネイルで一覧できる。このような情報/履歴はクラウド上に登録されるが、情報の保守にかかる費用は先述のCAIが予算を拠出している。


●AI時代のクリエイター保護


 AIに関する機能がアップデートをする度に、アドビは「AIは人間の創造性を置き換えるのではなく、支援するツールだ」と繰り返し訴求している。しかし、画像生成を始めとする生成AIの出力は、そう“簡単”なものではない。仕組み上、単一の情報を元に生成されているわけではなく、その出自を明確にすることが難しいからだ。


 生成AI技術が常識となる中で、クリエイター向けアプリ/ツールの開発者でもあるアドビは、その活用や強化を進めるのと並行してクリエイターの権利の尊重と保護、そして責任ある活用や強化の推進を行う使命と責務を負っている。クリエイター産業無くして、アドビは存在し得ない。


 先述したAdobe Content Authenticityは、その使命と責務を果たすためのツールであり、クリエイターの権利を守るために以下の工夫が行われている。


著作権の帰属関係を明確に示せる


 クリエイターは、Adobe Content Authenticityを利用することで自身の作品にC2PAに準拠するコンテンツクレデンシャルを適用できる。


 このクレデンシャルには、LinkedInの「Verified on LinkedIn」の他、「Adobe Behance」「Instagram」「X(旧Twitter)」など自身のSNSアカウントへのリンクを埋め込むことで、著作権の帰属者に関する情報を埋め込める。


 これにより、作品に関心を持つ人々から正当な対価を得やすくなる。


生成AIの学習利用への意思表示も行える


 Webサイトでは、いわゆる「クローラー」が取得できる情報を制御できるタグ(Robotsメタタグ)が用意されている。それと同じように、Adobe Content Authenticityでは生成AIの学習利用の可否の意思表示を行うフラグも付与できる。「自分の作品をトレーニングに使ってほしくない」という場合は、利用不可のフラグを付けておけば学習に利用できなくなる。


 画像の学習はAIモデルの製作者の良識に委ねられるべきものではある。それでも、利用を断るための“正当な手段”を用意することは重要だ。


 現時点では、このフラグを全ての生成AIモデルが認識する(導入している)わけではないが、この仕組みは「生成AIに対するオプトアウトのメカニズム」に向けた第一歩といえる。


 アドビでは、Adobe Fireflyが生成する画像にコンテンツクレデンシャルを自動的に付与している。Fireflyは先般のアップデートで他の生成AIモデルを利用できるようになったが、クレデンシャルには「どの生成AIモデルを使って、どのように作られたのか」という情報も含まれる。クレデンシャルを通して「クリエイターが描いた(編集した)画像」なのか「生成AIが作った画像なのか」という判断も可能となる。


 なお、手描きクリエイティブツールの「Adobe Fresco」では、これとは逆にコンテンツクレデンシャルに「生成AIなしで作成」フラグを付与できる。これにより、アートワークが人の手で作成されたことを示すことができる。


●業界全体で「著作権の透明性」を確保


 Adobe Content Authenticityは、アドビ独自の取り組みというわけではない。提供元こそアドビだが、その取り組みはCAIやC2PAを通した業界全体の取り組みだ。


 先述の通り、Adobe Content AuthenticityはC2PAの規格に基づいて開発されている。その大本となるCAIには4500以上の団体が参加しており、その中にはデジタルカメラのメーカーも含まれる。つまり、デジタルコンテンツが“生まれる”瞬間からデータの中に出自証明情報が埋め込まれるのが当たり前となる未来が、目の前にある。


 Adobe Content Authenticityを使えば、Verified on LinkedInによる身元情報も付与できるので、作品をきっかけに興味を持ったクリエイターの出自や履歴を“正しく”伝えることも可能だ。


●今後の取り組み


 Adobe Content Authenticityを使ったコンテンツクレデンシャルの付与は、現時点ではJPEGファイルとPNGファイルにのみ対応している。今後のアップデートでは、動画/音声ファイルを含むより広範な形式への対応が行われる予定だ。


 アドビ製のアプリでは、PhotoshopとLightroomにコンテンツクレデンシャルを組み込む機能をβ実装している。これを有効にすると、作品を保存した瞬間にクレデンシャルが埋め込まれる(※1)。近い将来、このサポートは「Adobe Creative Cloud」のシステム全体に統合され、クリエイターはコンテンツクレデンシャルの設定を1つ登録すれば全ての制作物にクレデンシャルを自動付与できるようになる。


(※1)Photoshopでは、保存する画像にAdobe Fireflyによる生成コンテンツが含まれる場合、設定に関わらず自動的にコンテンツクレデンシャルが付与される


 デジタルカメラのメーカーもコンテンツクレデンシャルに関する取り組みを始めており、プロが利用する最新ハイエンドモデルにおいて、撮影者のコンテンツクレデンシャルを撮影時に埋め込む機能の実装が進んでいる。


 LinkedInでは、Adobe Content Authenticityなどで埋め込まれたコンテンツクレデンシャルを直接確認する機能が実装されている。写真をシェアできるサービスなどでも、コンテンツの帰属や著作権の信頼度を確かめやすくなるだろう。


 さらに「AI学習のオプトアウト」が標準化されれば、コンテンツに対して対価を支払う企業が、クリエイターの意思を尊重しているかどうかについて、納品する業者に透明性を求めるようになることが期待される。


 コンテンツクレデンシャルの付与が一般化すれば、デジタル作品がどのように作成/改変されてきたかの履歴が追跡できるようになり、改変前の「原著作権者」をたどるのも容易になると思われる。AI学習のオプトアウトも進めば、「同意なきスクレイピング(データ収集)」に対する能動的な対策として定着するだろう。


●合法的な「コンテンツ利用」「生成AI」の実現に向けて


 今日の生成AI環境、特に画像生成AIでは権利者が不明確な“イリーガルな”モデルが容易に流通しうるという課題を抱えている。


 しっかりと許諾を取った「倫理的なデータセット」を使ってトレーニングを行い、商用利用可能な生成AIモデルを作る。そしてコンテンツクレデンシャルを通して権利関係の透明性を確保し、透明性の低いモデルを淘汰(とうた)する――このようなシナリオを描けるかどうかが、デジタルコンテンツのエコシステムをより透明かつ責任ある、リーガルな方向へと向かう上での“境目”となるだろう。


 かつて音楽の世界では、圧縮率が高い割に音質のよい「MP3形式」の登場により、イリーガルな音楽流通が広がった。その後、合法的なダウンロードサービスが普及し、そこからストリーミングによる新しいエコシステムが形成された歴史がある。このことは、ある種の示唆を与えているのかもしれない。


 当時は、コンテンツの改変履歴の確認や元となる権利者の追跡が難しかった。しかし、コンテンツクレデンシャルによって改変履歴の確認や権利者の追跡が容易になれば、新しいデジタルコンテンツエコシステムの“着地点”を探す上で、重要な役割を果たすだろう。


 しかし、この取り組みは始まったばかりだ。技術の種はまかれたが、対応するデジタルカメラやプラットフォームが全て連携するまでにはそれなりに多くの時間が必要だ。そして世界各国におけるデジタルコンテンツの著作権法整備や業界全体の協力も欠かせない。


 解決すべき課題は多く、道のりは長い。だが、Adobe Content Authenticityの提供開始は、問題の解決(あるいは緩和)に向け、業界が一丸となって動き始めた確かな一歩といえるだろう。



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