
欧州や中東、そして最近では南アジアで軍事的緊張が高まった。これらの地域紛争の背景には、米国のパワーの相対的低下と世界の多極化がある。多極化した国際秩序の下では、各国が自国の利益を追求し、軍事手段を選択する傾向が強まり、地域レベルの紛争が肥大化するリスクが増大している。
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この現象は、日本企業にとって無視できない問題だ。最近、筆者は日本企業をめぐる世界情勢について講演を複数回行ったのが、以下のような観点で企業側の懸念が広がっているように感じられる。
多極化と地域紛争の連鎖
冷戦終結後、米国は唯一の超大国として国際秩序を主導してきた。しかし、中国やロシアの台頭、新興国の経済成長に伴い、米国の影響力は相対的に低下している。ウクライナ紛争は、ロシアがNATOの東方拡大を牽制するために軍事力を行使した例であり、中東ではイスラエルと親イラン武装勢力などとの間で軍事的応酬が続き、地域の不安定化を加速させている。最近は南アジアでも、インドとパキスタンの間で軍事的緊張が高まっている。
世界の多極化は、各国が自国の安全保障や経済的利益を優先するインセンティブを強める。従来、米国の圧倒的な軍事力や経済力は、こうした行動を抑制する上で機能してきた。
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しかし、米国のリーダーシップが揺らぐ中、各国の指導者は軍事オプションをより容易に選択する傾向にある。例えば、中国は南シナ海での領有権主張を強め、台湾海峡での軍事演習を頻繁に行っている。北朝鮮もミサイル発射を繰り返し、近年ではロシアとの軍事的結束を強めている。これらの動きは、地域紛争がエスカレートし、グローバルなサプライチェーンや経済に影響が拡大するリスクを潜んでいる。
日本周辺での危機もフィクションではない
このような状況で、今日、日本企業関係者が最も懸念しているのは、台湾や朝鮮においても同様の事態が生じるかである。無論、台湾有事と朝鮮有事は日本企業に大きな影響を与えることになる。
例えば、台湾海峡は、日本へのエネルギーや物資の輸送ルートとして不可欠であり、紛争が発生すれば、最悪の場合、海上輸送が寸断される。中国が台湾への軍事行動を起こした場合、米国や日本が関与する可能性が高く、紛争は短期間で終結せず、地域全体に波及するだろう。こうしたシナリオが現実化した際、世界経済は未曾有の危機に陥ることになる。
北朝鮮の核ミサイル開発は、日本を含む近隣諸国への直接的な脅威である。仮に北朝鮮が軍事挑発をエスカレートさせ、韓国や米国との軍事的な衝突に至れば、日本はミサイル攻撃や難民流入のリスクに直面する。これらのシナリオは、日本企業の事業継続計画(BCP)に重大な影響を及ぼす。
日本企業への影響
日本企業にとって、こうした地政学的なリスクは直接的かつ間接的な影響を及ぼす。
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まず、サプライチェーンの脆弱性が顕在化する。グローバル化が進んだ今日では、多くの日本企業が中国、東南アジア、欧州などに生産拠点や調達先を持つ。しかし、仮に台湾有事や朝鮮有事などが発生すれば、半導体やレアアースなどの重要物資の供給が途絶える可能性がある。台湾は世界の先端半導体の行方を握っており、台湾海峡での紛争は製造業に壊滅的な打撃を与えるだろう。
また、市場の不安定化が企業活動を圧迫する。紛争の激化は、資源価格の高騰や為替の変動を引き起こす。2022年のウクライナ危機では、原油や天然ガスの価格が急騰し、日本企業のコスト構造に大きな影響を与えた。南アジアや東アジアでの紛争が同様の状況を引き起こせば、製造業やエネルギー依存度の高い企業は収益性の悪化に直面する。
日本企業に求められる対策
日本企業は、これらのリスクに対処するため、戦略的かつ包括的な対策を講じる必要がある。まず、サプライチェーンの単一依存を避け、調達先や生産拠点を多元化することが求められる。
例えば、半導体に関しては、国内生産の強化や東南アジアへの分散投資を進めることで、リスクを軽減できる。また、デジタル技術を活用したサプライチェーンの可視化を推進し、リスクの早期発見と迅速な対応力を高めることが重要である。
次に、台湾有事や朝鮮有事を想定したシナリオプランニングを実施し、事業継続計画(BCP)を高度化する必要がある。紛争時の物流寸断や資源価格の高騰を想定した代替計画を策定し、従業員の安全確保やデータバックアップ体制を整備する。これにより、危機発生時の事業中断リスクを最小限に抑えることができる。
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さらに、地政学リスクを専門とするチームを設置し、国際情勢の変化をリアルタイムで監視する体制を構築すべきである。外部のシンクタンクやコンサルティング企業との連携を通じて、リスク評価の精度を高め、戦略的な意思決定を支援する。
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。