完全自動運転は日本にもやってくるのか? 超えなければならない「高いハードル」

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2025年05月16日 17:01  ITmedia NEWS

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 「iPhoneにタイヤをつけたようなクルマ」と表現されるTesla。IT・ビジネス分野のライターである山崎潤一郎が、デジタルガジェットとして、そしてときには、ファミリーカーとしての視点で、この未来からやってきたクルマを連載形式でリポートします。


【写真を見る】交通量がカオスな中国でも自動運転が進んでいる(全9枚)


 Teslaの高度運転支援機能(レベル2)である「Full Self-Driving(Supervised)」(監視付完全自動運転、以下FSD)が米国、カナダ、メキシコなどに続き、中国でも始まりました。Xにおいて、「FSD、China」などのキーワードで検索すると、中国のTeslaユーザーによる車内からのFSD動画がいくつも投稿されています。


 これまで、米国のユーザーが投稿しているFSD動画を羨望の感情を抱きつつ眺めてはいたのですが、その一方で、日本の都市部のような、狭い道路で歩行者、自転車、二輪車、自動車が混然一体となって通行するカオスな交通状況において、果たしてFSDの運用は技術的に可能なのか、という疑問も抱いていました。


 しかし、上のXの投稿からも分かるように中国のFSDでの運行を見ていると、日本の都市部でも技術的には実現が可能なのでは、と思わせるに十分な場面が記録されています。つまり、中国においても、交通状況はかなりカオスな状態のところもあり、問題なく走っているように見えます。


 2018年、筆者は中国の深センを訪れました。アテンドしてくれた知人のクルマやタクシーで市内や郊外を移動したのですが、そこで見た混沌とした交通状況や渋滞時の合流などは、日本の都市部よりもカオスな部分が見受けられました。そのような記憶もあり、今回、中国でFSDが解禁になったことは、「もしかしたら日本にも」と希望を持たせてくれるに十分でした。


 上の深センの市街地の写真では一見整然と流れているように見えますが、場所によっては、マナー無視でノールックで割り込んでくるバイクの軍団に囲まれたり、自動車専用道路の合流では、我先にと鼻先を突っ込んで来る他車にヒヤヒヤしたものです。


●現地の動画を使いAIをトレーニング


 TeslaのFSDは、AIによる大規模学習のたまものといわれています。実際に現実世界を走る主に北米のユーザーのクルマから学習データを得ているそうです。


 少し前、SNS上のTeslaコミュニティーにおいて、日本ではFSDを実現するための走行データが集まっていないという言説が流れました。事の真偽は別にして、走行データが集まっていない点は、国外へのデータ持ち出しが禁じられている中国のFSDにおいても同様のはずです。


 しかし、Teslaはそれを克服しました。イーロン・マスク氏自身がXにおいてその種明かしをしています。「インターネットで公開されている中国の道路や標識のビデオを使ってシミュレーションのトレーニングを行った」とポストしているのです。


 驚きです。現実世界の走行データが不十分であっても。動画などから学習させればFSDを展開することができると明言しているわけです。であるなら、日本においても同様の開発手法でFSDを実現できるのではないでしょうか。


●日本ではカメラベースの自動運転は難しいのか?


 ただ、技術的には可能でも、法律、制度、感情、価値観といった部分で日本や日本人がTeslaのFSDを受け入れるのかという疑問は残ります。技術が一定水準に達してもその仕組みを社会実装するとなると、国の政策、業界の思惑、コスト、人々の心情などさまざまな要素が絡み、簡単な話ではなくなります。


 例えば、現状、日本で開発が進んでいる自動運転技術には、大きく2つの方式が存在します。1つにカメラベース、2つ目にLiDAR、HDマップ(高精度3次元地図)と準天頂衛星システム「みちびき」を組み合わせたものです。TeslaのFSDはカメラベース(Tesla Vision)ですが、内閣府、経産省、国交省、デジタル庁などが設置した自動運転に関する研究会などの資料に目を通すと、日本政府としては、後者(LiDARとHDマップなど)推しの印象を強く感じます。


 例えば、内閣府の資料には、「LiDARの低コスト化等につながる要素技術の開発を2027年度にかけて関係省庁とも連携しながら検討する」と国を挙げてLiDARの普及を支援することが明記されています。逆の見方をすれば、現状のLiDARは、高コストで一般普及が難しいということを認めているわけです。実際、先頃、トヨタと提携したGoogle傘下の自動運転車開発企業Waymoの車両は高級車並みの価格だといいます。


 LiDARに加え、車両相互、あるいは、信号や道路に設置された装置と相互通信を実施しながらの路車間協調運転などと呼ばれる方式もトヨタ主導で進んでいます。V2N(Vehicle to Network)、V2I(Vehicle to Infrastructure)方式などとも呼ばれ、「ITS Connect」として、車側の通信の仕組み自体はプリウス、アルファード、クラウンなどトヨタの十数車に実装済みです。


 例えば、路車間通信システムに対応している交差点も全国に整備されており、紹介ページで設置場所を確認することができます。「ITS Connect」はクルマが完全に「自律」するのではなく、他車やインフラと連携した形の自動運転を目指しているわけです。


 日本政府としては、「ITS Connect」の通信のために、760MHz帯という地上デジタル放送の移行によって空いた周波数帯を割り当てたわけですから、力が入るのもうなずけます。760MHz帯は、電波が比較的遠くまで届きやすく、障害物にも回り込みやすいという特性を持っており、「プラチナバンド」などとも呼ばれています。携帯電話事業者が欲しがる帯域です。


 また、HDマップについても、官民ファンドや自動車メーカーが株主として名を連ねるダイナミックマッププラットフォームがHDマップのプロバイダーとして設立され、去る3月、東証グロース市場へ上場しました。上場した以上は、株主利益のために成長させなければなりません。


 HDマップ方式の場合、地図が生成された道路しか自動運転ができないことになります。工事中で迂回が発生したり、道路が陥没するなどの不測の事態が生じた場合の対応スピードにも疑問が残ります。ちなみに、日産の「ProPILOT 2.0」、本田技研工業の「Honda SENSING Elite」はHDマップを採用しています。両者ともに、HDマップが配信された自動車専用道路上でしか機能しないようです。


 HDマップにしてもインフラ連動にしても、日本政府が推す方式の方がクルマ業界だけでなく、IT業界や建設業界など多岐にわたる業界において、新しいビジネスが立ち上がるので、日本国としてはLiDAR、HDマップなどを推す動きになるのは当然でしょう。


●Tesla Visionは日本にとって不都合な存在?


 一方、Teslaが推進するTesla Visionは、エッジ端末としての車載コンピュータ「Hardware 3」あるいは「Hardware 4」において、カメラ画像からのニューラルネットワークによる画像認識やシナリオ判断を行う仕組みなので、LiDAR、HDマップは使用せず、交通インフラや他車との通信は行いません。本来の意味でのAutonomous driving、つまり「自律」運転です。


 このことから、Teslaが推進するカメラベースの自動運転は、日本政府や日本の産業界にとって、好ましくない存在であることがうかがえます。仮に、Tesla Visionが自動運転の主流になると、潤うのは米国企業のTeslaが中心という話になります。


 先述の各省庁の自動運転関連の資料には、「路車協調技術」「協調型システム」という文言がやたらと多く登場します。協調型システムという枠組みにすれば、規制当局としても、交通全体を最適化してコントロールする力を持つことが可能です。霞が関らしい発想ともいえます。


 ただし、日本ではカメラベースが絶対だめなのかというと、そうでもないようです。というのは、カメラベースの自動運転を開発している「チューリング」というスタートアップがあり経済産業省主導のスタートアップ支援プログラムからの支援を受けています。


 チューリングは、「テスラを超える」というスローガンを掲げ「完全自動運転」の実現を目指しています。日本政府や日本の産業界も、このような有望なスタートアップの芽をつみ取るようなことはしないでしょう。


 余談ですが、以前、日本を代表する自動運転スタートアップのトップ開発者から次のような興味深いコメントを得ました。「カメラベースかLiDARかは、技術的にどちらが正しいという話ではなく、神学論争のようなもの、何を信じるか」だそうです。なるほど、とうなってしまいました。であるなら、どちらを選択するかは、なおさらのこと政府や産業界の思惑に左右されることになるのかもしれません。


 以前も本連載で紹介したように、自動車経済評論家の池田直渡氏が、高度運転支援のセンシング技術について「テスラビジョンへの移行は正しいのか?」で解説をしているので参考にしてください。どちらの方式が正しいのか、という単純な話ではないということがわかります。


●国際基準というハードルがFSD導入を阻む?


 日本でのFSD認可については、国際基準というハードルもあります。日本も参画する国連欧州経済委員会に属する自動車基準調和世界フォーラム(WP29)が定めた基準は、FSD視点からするとずいぶんと厳しいように感じます。例えば、ハンズオフや自動車線変更などの自動操舵に関する各種要件には「自動車専用道路に限る」といった注意書きが付されています。


 あるいは、駐車場などで車外からスマホを使いリモコンで駐車する際、操作可能範囲を6m以内と規定しています。これでは米国でTeslaが提供している85mまでOKなエンハンストスマートサモンは実現できません。


 このフォーラムは日本も積極的に参加し、共同議長・副議長等を務め主導的な役割を果たすなど、基準の策定に貢献しています。それだけに基準から逸脱した自動運転の技術や仕様については、認可に対し後ろ向きになる可能性は否定できません。


 余談ですが、欧州委員会の以下のページに規定された通りの運転支援動作を自動運転にそのまま適用したら、あまりにも慎重な運転で現実世界の道路では煽られまくるかもしれないなどと思ってしまいます。


・UN Regulation No 171 Uniform provisions concerning the approval of vehicles with regard to Driver Control Assistance Systems(DCAS)


 WP29における「自動車の装置ごとの安全・環境に関する基準の国際調和及び認証の相互承認(1958年協定)」には米国や中国は未加入です。つまり、自由貿易の観点で設けられた相互認証制度は、この両国では通用しないということになります。このあたりに、FSDが欧州ではNGで、米国や中国では可能となった理由の一端があるのではないでしょうか。


 特に米国では、自動運転について「道路交通に関する各種手続き、取り締まりを行うのは各州政府であり、全米でその取り扱いがバラバラでパッチワーク状態(米国運輸省長官談)となっている」と国交省の資料に記されています。


 本稿を執筆したのは2月末です。その後、続々と自動運転に関するニュースが報じられています。例えば4月には「欧州でFSDが規制当局の承認待ち」という情報が飛び込んできました。Tesla Europe & Middle Eastの公式Xにおいて、オランダと思われる市街地をFull Self-Driving(Supervised)で走行している動画が投稿されています。


 パーキングロットからバックで出て、路面電車のレールを横切り、歩行者、自転車、工事規制、窮屈な道でのすれ違いなどを経て、ドライバーの介入なしに運行しています。まさに、End to Endの自動運転に限りなく近い状況が見て取れます。


 しかし、WP29という基準がある欧州でFSDが認可されるのでしょうか。仮に欧州でFSDが認可されると、この自動運転の分野では、日本だけが置いてきぼりにされてしまうという危機感を抱くに十分な内容です。ちなみに、9月に公表が予定されているUN Regulation No 171改訂版において、システム主導による高速道路上での運転支援が規定されるという情報もあります。


 米国通商代表部は、高速道路のSA/PAに日本の充電規格であるCHAdeMOしか設置が許されていない状況を「非関税障壁」と断じました。それを受け、日本政府も精査する意向を示しています。同様に、日本における自動運転の本格運用も「ガイアツ頼み」になるかもしれません。米国通商代表部の件との関係性は分かりませんが、5月9日には、マツダが2027年から日本で販売するEVにおいてNACS(Tesla方式)規格の充電に対応すると発表しました。


●リスクゼロ信仰の日本で自動運転の実現性は


 自動運転については感情面のハードルもあります。日本人の自動運転に対する感情や価値観がTeslaのFSDに対しどのような反応を示すのかは未知数です。一般論として、日本人はリスク回避傾向が高いといわれています。新しい技術に対しコンサバティブになり、導入に対し懸念を抱きがちです。平たく言うとチャレンジしない傾向にある、ということでしょうか。


 自動運転の議論において、リスクゼロ信仰というキーワードも目にします。リスクを極度に恐れ、わずかな可能性でも排除しようとする傾向のことです。人間による運転と自動運転の事故率を一定期間客観的に比較して、自動運転の方が事故率が低ければ、自動運転を導入するに足る理由にはなるかと思うのですが、リスクゼロ信仰はそれすらも許しません。


 思い出すのが、2021年の東京五輪・パラリンピックの選手村においてトヨタが遠隔操作のレベル2で運行していた「e-Palette」と、視覚障がいを持つ選手との事故に関するメディアの取り上げ方です。その後の調査で車両の機能や構造に問題はなく、環境や運用に課題があったと判断されたのですが、この事象から、自動運転が関連した事故に対する人々の感情を垣間見ることができました。霞が関が自動運転に対し、責任問題を恐れ及び腰になるもうなずけます。


 1人のTeslaユーザーとしては、日本においてもFSDの提供が始まることを願ってはいますが、もし、FSDにより運行されているTesla車が何らかの事故に関係するような事態が起きたときのメディアや人々の反応を想像すると、今からドキドキすることは確かです。


 どれだけ、無事故の実績を積み上げても、自動運転がたった一件の事故に関係しただけで、人々の見方は180度変わる可能性もあります。米国においてもFSDに関連した事故が複数件報告されているわけですから。


 下の投稿は、FSDで走行中のサイバートラックが前方に障害物等がない状態で突如右により縁石にぶつかってホイールカバーが吹き飛んだ映像です。このとき、もし歩行者がいたらと思うと、日本で過去に起きたトラックのタイヤ脱落事故で死亡者が出たことを思い出し背筋が凍ります。この他にも、サイバートラックが路肩の建造物に突っ込んだ事例も話題になりました。


 ちなみに、TeslaのFSDが実現すると、自動車保険はどうなるのでしょうか。「Supervised」というくらいなので、レベル2の範囲であり運転に関する責任は全てドライバーにあります。レベル2の場合、「運行供用者の責任の下、自動車損害賠償責任は現行の枠組みで運用」とあるので、自動車保険の仕組みも大きく変える必要はないのではないかと想像します。


 最後にFSDについてのちょっとした疑問を提起し、本稿を締めくくりたいと思います。米国版のModel 3の取扱説明書には、次の様に明記されています。「Full Self-Driving(Supervised)が作動している間は、ステアリング・ホイールから手を離さないようにしてください」と。


 しかし、YouTube上のユーザー投稿によるFSD動画などを見ると多くはハンズオフしています。そもそも、FSD実行中は、ステアリング・ホイールが自動でグリグリと回るわけで、とてもではないですが「手を離さない」での運用は無理があります。


 ただ、先述のTesla Europe & Middle Eastの公式X動画では、8時20分の位置に手を添えていますが、これをもってして「手を離さない」と解釈していいということなのでしょうか。そういえば、日本の自動運転の実証実験でも、ドライバーは常に8時20分の位置に手を添えています。


 FSD運行中は常にこの姿勢が求められるとしたら、これはこれで手が疲れてしまい本末転倒なような気もします。本音と建前なのかどうか分かりませんが、FSDの開始を心待ちにしている極東の1ユーザーとしては、戸惑うばかりです。


著者プロフィール


●山崎潤一郎


音楽制作業の傍らライターとしても活動。クラシックジャンルを中心に、多数のアルバム制作に携わる。Pure Sound Dogレコード主宰。ライターとしては、講談社、KADOKAWA、ソフトバンククリエイティブなどから多数の著書を上梓している。また、鍵盤楽器アプリ「Super Manetron」「Pocket Organ C3B3」「Alina String Ensemble」などの開発者。音楽趣味はプログレ。Twitter ID: @yamasakiTesla



このニュースに関するつぶやき

  • 取り敢えず営業車と年寄りの車には衝突防止機能を義務付けるのか先。事故の大半はこれで無くなる。コストが上り車の値段が上がるので車屋から政治家に反発がいってなかなか難しいけど。
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