
遠藤航はリバプールのリーグ優勝に貢献し、いまやカルト的な人気を誇るヒーローだ。ブライトンの三笘薫がチェルシー戦で決めた芸術弾はクラブの年間ベストゴールに選ばれ、鎌田大地はクリスタル・パレスのFAカップ初優勝に不可欠だった。
焦燥、不安、落胆、絶望......。仲間たちの活躍を横目に、冨安健洋の脳裏にはさまざまな思いがよぎったのではないだろうか。
冨安は誰もが認める超一流のDFだ。スピード、高さ、1対1、状況判断、キックの精度も申し分ない。所属するアーセナルでは、試合や練習に取り組む真摯な姿勢や謙虚な性格が高く評価され、仲のいいCBウィリアン・サリバは「チーム全体がトミ(冨安)を見習うべき」と絶賛する。
しかし、ケガにつきまとわれている。足首、ハムストリング、ひざ......。節制に努めているにもかかわらず、なぜかケガの履歴が増えていく。
仮に冨安のコンディションが万全であれば、優勝したリバプールに12ポイントの大差(37節終了時点)はつけられなかっただろう。チャンピオンズリーグ(CL)でも決勝に進出していた公算が大きい。
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「トミの欠場は痛かった。彼は世界でもトップクラスのDFだからね」
ミケル・アルテタ監督も臍(ほぞ)を噛んだ。
今、冨安は左ひざの回復に全力を尽くしている。順調に仕上がっていけば、来年1月には復帰できるという。CBガブリエウ・マガリャンイスが右ハムストリング負傷で手術したため、アーセナルはサリバの相棒を今夏の移籍市場で探さなければならない。だが、新戦力は未知数だ。
周囲との連係が整っている冨安は、依然として首脳陣の評価が高い。「来年1月の市場でトミのような即戦力獲得を決定」とポジティブにも捉えられる。G・マガリャンイスの回復が遅れ(復帰は早くても9月初旬と報道)、補強を余儀なくされる新センターバック(CB)が馴染めなかった場合は、サリバの相棒は冨安が有力候補だ。
【インテルの3バックはどうか】
世界一のプレー強度を誇るプレミアリーグにあって、サイドバック(SB)は肉体的に負荷がかかる。オーバーラップ、アンダーラップ、ビルドアップと仕事は多岐に渡る。もちろん、CBも巨漢FWとの1対1を余儀なくされ、身体のあちらこちらが削られる。ラクなポジションではない。
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だが、肉体的な負担はSBを下回る。ケガのリスクがつきまとう冨安にすれば、CBのほうが好ましくはないだろうか。試合に出てナンボがプロの世界とはいえ、ケガを回避するためのポジション選択も考慮すべきだ。右SBはベン・ホワイト、ユリエン・ティンバーに任せ、冨安はCBで定位置確保を目指してもいいだろう。
志(こころざし)の高い冨安はあくまでも、アーセナルでの定位置奪還を目標に設定しているに違いない。たとえばリバプールに移籍したとしても、フィルジル・ファン・ダイクのパートナーとして問題なく務まるし、高い汎用性を好むジョゼップ・グアルディオラ監督(マンチェスター・シティ)のお眼鏡にだってかなうだろう。ファビアン・シェアとダン・バーンが三十路に入り、彼らを脅かす若手が現れていないニューカッスルでも、冨安は喉から手が出るほどの人材だ。
ただ、フルシーズン・フル稼働に目標を変更して、少しでもケガのリスクを抑えるという選択が冨安の周辺から浮上してきても不思議ではない。プレミアリーグほどの強度ではないが、チャンピオンズリーグに常時出場できるクラブなら、冨安のプライドも刺激されるのではないか。
たとえばインテル。今シーズンのCLでは決勝に駒を進め、2試合合計7−6という永世に語り継がれるバルセロナとの準決勝を迎えるまで、12試合5失点(クリーンシートは8試合!)という堅牢を誇るイタリア屈指の名門だ。
シモーネ・インザーギ監督はローテーションを巧みに活用し、選手の健康管理にも気を配る。「いい流れを遮断しかねない」と、メンバーをほぼ固定するアルテタ監督とは対極のプランニングだ。冨安の現状にも適しているし、もともとセリエA全体が冨安の能力を認めている。
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また、アレッサンドロ・バストーニ、フランチェスコ・アチェルビ、バンジャマン・パヴァールを軸に構成されるインテルの3バックは堅固だ。なかでもCL準決勝第2戦で貴重なゴールを決めたアチェルビはすでに37歳。度重なるケガから立ち直り、いまやインザーギ監督の懐刀と称されるまでになった。冨安にとって「素敵な先輩」がプレーしている。
【バルセロナの新戦力候補?】
セリエAでも、ブンデスリーガ、ラ・リーガでも、もちろんプレミアリーグも含め、負傷を繰り返す冨安にオファーが届く確率は高くない。今シーズンは6分しか出場できなかったため、彼の名前が夏の市場を賑わせるはずはないだろう。
しかし、積み重ねは十分だ。グアルディオラ監督が「トミヤスのサイドは崩しがたい」と絶賛し、バイエルンのヴァンサン・コンパニ監督も「1対1の間合いがパーフェクト。世界でもトップクラスだ」と高く評価。それらの事実が冨安の実力を証明している。
「負傷を繰り返すことによって移籍金を抑えられる。ポテンシャルは申し分ないのだから、オファーを検討すべきだ」
スペインの移籍情報専門サイト『Fichajes.net』は、バルセロナの新戦力候補として冨安の名を挙げていた。
繰り返すが、冨安の第一目標はアーセナルでの定位置奪還だ。クラブも手放すつもりは毛頭ないだろう。「ケガをしていても、トミは貴重な戦力のひとり」と、アルテタ監督も残留を示唆している。ノースロンドンの名門で優勝カップを掲げる冨安の勇姿を筆者も見たい。
だが、まだまだ続くサッカーキャリアと、来年に迫った北中米ワールドカップでの日本代表活動を踏まえると、環境を変えるという決断に至るケースも考えられる。試合数とプレー強度が冨安の肉体を蝕(むしば)んでいるのなら、アーセナルからの移籍は賢明な選択であり、一部メディが指摘するような「都落ち」では決してない。
冨安がDFとして超一流であることは、サリバの証言、グアルディオラ監督やコンパニ監督のコメントでも明らかだ。コンディションさえ整えば、賢く、強く、そしてフェアな守りで、クラブや日本代表の勝利に貢献するに違いない。
常に真正面からフットボールに向き合ってきた冨安に、大きなチャンスは再び、必ず訪れる。