依頼者の“熱量”が、弁護士を動かす。現役弁護士・福島健史氏が語る法曹界事情と法律監修

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2025年05月23日 08:08  TBS NEWS DIG

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冤罪事件に衝撃を受け弁護士を志した少年は、いま社会と向き合っている。TBS系ドラマ『イグナイト -法の無法者-』の法律監修を務めた弁護士・福島健史氏は、エンターテイメント法務、企業法務や民事訴訟などに広く携わりながら、法律が「誰かの声を届ける力」になることを信じて活動を続けている。自身の原点、現場のリアル、そして法曹を志す若者へのメッセージまで。1つ1つの言葉から、福島氏の真摯な姿勢が見えてくる。

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弁護士という選択――「守る側に立ちたい」と思った原体験

「きっかけは、冤罪事件のシンポジウムです。もし自分や家族が同じ立場になったらどうなるのか、誰が信じてくれるのか――。消されそうな声とともに戦う弁護士たちの姿を見て、『弁護士』という職業に惹かれました」。福島氏が将来の夢を見据えたのは小学生の時だった。

ただ、本気で目指そうと決めたのはもう少し後のこと。「大学に入ってからです」と福島氏は振り返る。

「ちょうど法科大学院制度が始まった時期で、法学部に入ってもロースクール進学が必須でした。それならば、『まずは広く世界を知ろう』と思い、早稲田大学の国際教養学部へ進学。その後、同大学の法務研究科に進み、本格的に弁護士を目指して勉強を始めました」。

若手弁護士が直面した“仕事の現実”

こうして弁護士を目指した福島氏は、ロースクールを経て司法試験に合格。晴れて弁護士となった。最初に所属した事務所は、3年で巣立つことを前提にした制度を採用しており、さまざまな得意分野を持つ弁護士が集まる環境だった。

若手は在籍中にスキルを身につけることが求められ、給与制ではなく売上制。自分で獲得した案件の報酬がそのまま収入になる仕組みで、言い換えれば“稼がなければ食べていけない”。とはいえ、司法試験に受かったばかりで、スキルも経験も、ツテもない状態だったという。

本作に登場する“ピース法律事務所”のように、依頼者に“営業をかける”スタイルは誇張もあるが、実は現場感として近い部分もあると福島氏は語る。

「さすがに依頼者を“焚きつけ”たりはしません(笑)。でも、仕事をするには、手元に仕事が来なければ始まらない。とはいえ、人や企業の人生を預かる以上、生半可な知識や姿勢ではできません。そこが難しさであり、現実でもあります」。

迷っている今が相談のタイミング

ドラマでは、「こんなことで訴えられるのか?」とためらう依頼者の背中を押す場面が描かれるが、現実的にはどうなのだろうか。

「“傷ついた”、“これってどうなの”という感覚があるなら、それは相談のタイミングなんです。“まだ法的に動けるかどうかは分からないけど、気持ちを整理したい”。それでも十分、相談する意味はあります」と福島氏。

「声を上げるための武器」が法律であり、弁護士はそのために存在しています。「相談のタイミングは“今”。まずは動かないと何も始まらないし、弁護士としても材料(証拠や事実)を見てみないとわからない。だからまずは、ありのままの気持ちを持って来てくれたらいいんです」。

そして、証拠が少なくても、「点」として存在している事実を「線」でつなげて説得力のあるストーリーに仕立てる。それが、弁護士の腕の見せどころだという。

「コミュニケーションアプリの履歴や、SNSの書き込み、日々のメモ。そういう“点”の証拠でも、ストーリーとして“線”でつながれば力になる。裁判って、証拠と物語の整合性が問われる場なんです」。それと同時に、法廷で問われるのは、感情と事実の交錯。ドラマのような派手さはなくても、現実にはドラマ以上のドラマがある。

共感と熱量が弁護士を動かす

「法律を使って何ができるかを考えるとき、必要なのは知識と同時に熱量だと思います。依頼者の覚悟に応えないといけないんです。いまは企業法務とエンターテイメント法務を中心に扱っていますが、どの案件でも弁護士としてのスタンスは同じで、やはり依頼者の熱量と同じだけの熱量で仕事をやるのが大事と思っています」。

依頼者の想いや悔しさに触れたとき、“何とかしたい”という気持ちが自分の中にも湧いてくる。「その感情の高まりこそが、弁護士としてのエネルギーになる」と語る。

一方で、依頼者の気持ちや考えを完全に理解することはできない。そうした「共感の限界」についても福島氏は率直に語る。

「依頼者の人生そのものを経験することはできない。だからこそ、想像を働かせることが大事であり、さまざまな境遇や経験を経てきた人が弁護士になることが大事と思っています」。

また、依頼者側にも“覚悟”が求められると福島氏。「訴えることで人間関係が悪化したり、職場に居づらくなったりするケースもあります。損害賠償請求の書面を出すということは、相手にとっても大きな影響を与える。その重みは、避けて通れないものなんです」。

裁判は冷たく見えて、実は人間の“感情”を土台に動くものだ。依頼者の熱量に触れたとき、弁護士もまた奮い立つ。「依頼者が本気だからこそ、こっちも本気になれる。そうやって一緒に声をあげて戦っていくのが弁護士の仕事なんです」。

弁護士になるには――“1万時間”の覚悟と責任

「ロースクールでは“1万時間の法則”という話をします。1日10時間×3年で1万時間。それを続けられるかが、最初の分岐点です。ただ、これが本当に大変で…(苦笑)」。

福島氏は現在もロースクールでの学生支援に携わっており、「努力が結果に結びつく試験」と語る。

一方で、その先にある弁護士としての責任の重さも日々実感しているという。

「弁護士は、人の人生を背負う仕事です。1つ1つの判断が依頼者の人生に影響する。そのときに、依頼者が主人公ということを忘れず、依頼者と向き合うことを大事にしています」。

エンタメが癒やす日常

福島氏が法律監修という立場でエンタメ作品に関わるのは、単に法的正確さを担保するためではない。その背景には、「裁判が終わったあと」に寄り添いたいという、もう1つの理由がある。

「弁護士の仕事は事件が終わったら一区切りになるのですが、依頼者にはその後の人生が続きます。だからこそ、人生に寄り添える存在が必要だと思っていて、それがエンタメだと思うんです」。

本作への参加は貴重な経験であり、現場スタッフの熱量に多くの刺激を受けたとも語る。

「現場スタッフの方々と多くの時間を共にし、同じプロフェッショナルとして、改めて熱量の大切さを学び、“焚きつけ”られました。これからもエンタメに携わり、少しでも“楽しい時間”が世の中にできるといいなと思っています」。

最後に、「依頼人の熱量を一番近くで受けて、その人のために行動できるのが弁護士のやりがいです」と語る福島氏。現実の法廷とドラマの現場とを往復するストーリーはこれからも続く。

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