2025年F1第8戦モナコGP 角田裕毅(レッドブル) モンテカルロ市街地コースを舞台に開催された2025年F1第8戦モナコGPは、ランド・ノリス(マクラーレン)がポール・トゥ・ウインで今季2勝目/自身通算6勝目を飾りました。
今回は、モナコGPの特殊ルールとして導入された最低3セットのタイヤ使用義務、そしてスペインGPから実施されるフレキシブルウイング検査の厳格化について、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。
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オーバーテイクが難しいモナコGPの優勝争いは予選での戦いが鍵となりました。フェラーリの仕上がりがよく、特に前年ウイナーかつモナコ出身のシャルル・ルクレール(フェラーリ)は3回のフリー走行をいずれもトップで終えていました。それだけにルクレールの2年連続ポールポジションかと思いましたが、実際の予選Q3ではノリスがほぼ完璧な走りを見せてただひとり1分9秒台をマークし、モナコで初の70秒切りを果たすとともに、ルクレールからポールポジションを奪うことに成功しました。
低速コーナーの多いモナコではマクラーレンとフェラーリのマシンポテンシャルがかなり近い位置にあることも確認でき、接戦の予選は決勝への期待が膨らむ素晴らしいセッションでした。
モナコGPは初開催となった1929年からモンテカルロ市街地コースの大まかなレイアウトは変わらず、細かな改修を経て、現在も開催されています。ただ、F1マシンのサイズが大きくなり、レース中のオーバーテイクが難しくなるなか、よりモナコGPをエキサイティングなレースにするべく、今回のレースでは最低3セットのタイヤ使用義務が決められました。
初めて特殊ルール導入だけに、チームによってはストラテジーの正解がわからないままレーススタートを迎えたと思います。ただ、そんななかで真っ先に動いたのはレーシングブルズでした。9番手を走るリアム・ローソン(レーシングブルズ)がかなり遅いペースで走ることで、5番手につけていたアイザック・ハジャー(レーシングブルズ)がピットイン後にローソンの前に戻ることができる、実質フリーストップとなる状況を作り出し、2台揃っての入賞に繋げました。
レーシングブルズの戦略は、特殊なレギュレーションと、抜きにくいモンテカルロ市街地コースをうまく利用したと感じます。この戦略を見て、私は2024年のサウジアラビアGPで小松礼雄チーム代表率いるハースが見せた戦いを思い出しました。
そのサウジアラビGP決勝では序盤にセーフティカー(SC)が入りました。ニコ・ヒュルケンベルグ(当時ハース)がステイするなか、ヒュルケンベルグを入賞に導くべく、ケビン・マグヌッセン(当時ハース)が角田裕毅(当時レーシングブルズ/現レッドブル)を抑え続けました。その後、20秒以上ギャップを広げてピットに入ったヒュルケンベルグは、マグヌッセンと裕毅の前でコース復帰し、10位/1点を獲得しました。
今回のレーシングブルズの戦いは、あのときのハースと似た巧みなアプローチでした。これまでレーシングブルズといえば戦略面での失策を見せることが多々あるチームでしたが、今回のモナコでは真っ先に正しい戦略に動きました。結果的に長くレーシングブルズに在籍し、今は兄弟チームで走る裕毅の行手を阻んだことが皮肉のようにも感じますね……。だったら裕毅が在籍していたころからいい戦略を採ってほしかった、という感じでしょうか(苦笑)。
決勝レース終了直後から、特殊ルールを導入しながらも面白いレースにならなかったという意見が多く『最低3セットのタイヤ使用義務を導入したことは正しかったのか』、または『極端にスロー走行をして後続を抑え込む戦略の是非』が、世界中のファンも含めて議論されていました。
答えを導き出すことが難しい議論で、いろいろな意見があると思いますが、私はもしレース中に赤旗が出ていれば、最低3セットのタイヤ使用義務が展開を大きくかき乱し、すごく面白いレースになった可能性もあったのではないかと考えています。
狭いモナコでサイズの大きい現代のF1ではオーバーテイクは不可能に近いです。そんな状況のレースを面白くするために何をすればいいのか、という議論になると、サーキットそのものやコースレイアウトを変えなければならないとか、クルマのサイズを小さくしなければならないという話になると思います。ただ、私が参戦した1997〜1998年のサイズの小ぶりなマシンでもオーバーテイクは難しく、ヌーベル・シケイン(ターン10)のブレーキング勝負となった際も、どちらかのドライバーが譲らない限りはオーバーテイクは不可能でした。
今回の決勝は、ペースを極端に落とす戦略を採用したり、または赤旗やSCといった外的要因によるチャンスを待ち続けたことで、ほとんどのドライバーが無茶な走りをせず、レース自体の流れを変えるほどのアクシデントやアクションが起きませんでした。過去のレースではアグレッシブに勝負に挑んだ結果、クラッシュやアクシデントが起きて赤旗やSCが入ったり、サイド・バイ・サイドとなった際に、無理をしてタイヤを壊すくらいなら譲るという選択を取るドライバーがいたことも順位変動を可能としていたように思います。
モナコGPをショーとして面白くすることを目指すのか、レース自体のコンペティション(競争)を面白くすることを目指すのか、またはその両方が同時に成り立つことを目指すのか。F1が考え、議論しなければならないこの話題は、今に始まったことではありませんし、ジャストアイディアで解決する単純な話でもないと思います。
来年のモナコGPに向けて、おそらくはF1がチーム、ドライバーを含めて改善に向けた議論することになるでしょう。どのような試みが行われるかはわかりませんが、チームやドライバーにとっても、観ているファンにとっても、モナコでよりエキサイティングなレースが実現することを見守りたいと思います。
■スペインGPのフレキシブルウイング検査厳格化が勢力図を変えるか否か
次戦スペインGPは中高速コーナーも多いカタロニア・サーキットとなります。長年レースに加えてオフのテストの舞台にもなったので、どのチームもコースに対するデータやシミュレーションの蓄積があり、クルマをいい状況、いいセットアップで持ち込めるサーキットでもあります。それゆえに、各マシンのポテンシャルの差がはっきりと出やすので、改めて2025年シーズンの勢力図や各車の特徴を把握できるレースウイークとなるでしょう。
そして、今回のスペインGPからフレキシブルウイングの検査が厳格化されます。具体的には開幕戦からモナコGPまでは、2024年シーズンと比較してリヤウイングのテストの範囲を拡大していました。次戦のスペインGPからはリヤウイングに加え、フロントウイングに関しても厳格なたわみの検査が実施されます。
高速走行中にフロントウイングがたわむことで恩恵を受けていたチームは、他チームとのギャップが縮まったりするかもしれませんので、勢力図に変化が生じる可能性がありますね。
また、中高速コーナーも多いカタロニア・サーキットはレッドブルにとってはポジティブなコースです。それだけに、ここでパフォーマンスを発揮し、勝つことができなければシリーズタイトル争いにも暗雲が立ち込めるでしょう。レッドブルもそれを理解し、必勝体制で選手権をリードするマクラーレンに挑むでしょう。
フレキシブルウイング検査の厳格化が勢力図にどのような影響を与えるのかも含め、楽しみが多い一戦となりそうです。
【プロフィール】中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS鈴鹿)のカートクラスとフォーミュラクラスにおいてエグゼクティブディレクターとして後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
・公式HP:https://www.c-shinji.com/
・公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24
[オートスポーツweb 2025年05月30日]