
映画の常識を変え、不可能を可能にしてきた『ミッション:インポッシブル』シリーズ。8作目となる最新作の『ファイナル・レコニング』は、グローバルに展開するスリルとアクションがかつてない高みに達している。
5月上旬に主演のトム・クルーズはじめ出演者と監督が来日。トムは記者会見で、同シリーズの字幕翻訳を手がける戸田奈津子さんを「とても特別な方に感謝の気持ちを伝えたいと思います」と紹介し、今年4月に戸田さんが旭日小綬章を受章したことも祝福した。
通訳でトム・クルーズと信頼築いた戸田奈津子
長年にわたりトムの来日時に通訳も務めるなど、深い信頼関係を築いてきた戸田さんに話を聞いた。
─トム・クルーズさん自ら命がけで挑むスタントは、最新作でも圧巻でした。戸田さんが何か変わったと感じた点はどこでしょうか?
「今回はAIがテーマになっていて、私があまり得意ではない分野なんです。昔は形のないものが敵になるなんて想像できなかったけど、今はああいうものが敵になりうる。だからこそ、このシリーズは時代にすごくマッチしていると感じます」
─今回、翻訳をするうえで、新たなトムさんらしさを意識した部分はありますか?
|
|
「実際には“トム”というより“イーサン・ハント”ですよね。そこは混同しちゃいけない部分で、イーサンというキャラクターに合わせてシナリオが作られていますから、その“らしさ”ははっきりと出ています。ひとつ挙げるとしたら、英語の決まり文句のようなものもあって、例えば “what's happening?” と言うところを “what the play?” と言ったりする。
これは“遊び(play)”を使って“何が起こってるの?”を意味する、シリーズ特有の表現で、今回も使われていますね。そういう決まり文句はきちんと押さえて訳すようにしています」
─トムさんと監督との連携プレーも素晴らしいです。
「トムは主演でありながら、カメラの前だけじゃなくて、作品全体を見て動いてるんですよ。例えばジョニー・デップは、カメラの前のことだけに集中していて、全体がどうなっているかは気にしないタイプ。それもまた素敵ですけど、一方で、全体の流れをしっかり把握しながら動く人もいる。トムはまさにそのタイプですよね」
─トムさんは今作でさらに進化したと感じましたか?
|
|
「うーん、でも“いつものイーサン・ハント”ではありますね。あのキャラクターは最初から“こういう人”って決められていて、仲間を大事にして、危険を冒してでも助けようとする。で、毎回とんでもないアクションをすることになります。それが定番になっているので、そこを崩してはいないんです。“いつものイーサン”を、みんな見たいでしょう? あと、今回は周囲の新しいキャストもとても魅力的だなと思いますね」
─特に印象に残った新メンバーはいますか?
「今回は前作の続編ですけど、前回から作品にバラエティーを持たせたキャストになっていますよね。みんなそれぞれよく選ばれていて、“なるほどな”って感じました」
最近の交流エピソード
─長年の交流の中で、トムさんとの関係性は“家族のよう”ともいわれています。最近の印象的なエピソードがあれば教えてください。
「もう30年のお付き合いになりますからね。彼の来日は25回目、私がすべて同行しているのかな。それだけ一緒にいれば、普通の友達と同じように親しくなりますよ。スターかどうかなんて関係ないです、彼だってひとりの人間ですから。
|
|
前回の来日のことなんですが、夜遅くまで一緒に日本で仕事をして、トムは日本を発ち、私は家に帰ったんですけど、夜の11時ごろだったかな。電話が鳴って、出たらトムなんですよ。“今どこにいるの?”って聞くから、“家にいるよ”って答えたら、“I'm in the air(飛行機の中)”って(笑)。
離陸した直後に、ちゃんと私が家に着いたか確かめたかったようです。飛行機の中から電話が来たのは、人生で初めてでした」
─トムさんからの敬意を感じる場面はどんなときでしょうか?
「最初から最後まで、常に感じています。いつも気遣ってくださるし、彼は“目に見える優しさ”を示してくれます。例えば、私が立とうとすればイスを引いてくれる。座るときも、“滑らないように気をつけてくださいね”と心配してくれます。どこからああいう優しさが出てくるのか……。きっとご家庭の教育もあると思いますが、あの礼儀正しさには感心します。それが本当にうれしいし、ありがたいことです」
─おふたりは誕生日も同じ(7月3日)ですよね。
「そうです。毎年、お花が届くんですよ。ある年は私がたまたまニューヨークに行っていて、“今年は不在ですよ”と連絡したら、わざわざニューヨークのホテルにそのままお花を送ってくださって。ホテルのスタッフも感激して、“トム・クルーズさんからです!”って(笑)」
─ほかにも印象に残るエピソードはありますか?
「どれもドラマチックっていうよりは、日常の些細な優しさだったりするんですけど、本当に素敵な方です」
─戸田さんも素敵で、いつまでもお変わりなく若々しい印象ですが、その秘訣は?
「特に何もしてないですよ。髪も伸びたら切りに行くくらいで、美容とか関係なく、精神的に健康でいるためにくよくよしないこと。わがままに、自分が嫌だと思うことはしないのが私のポリシーです。
私は子どものころからわがままだったけど、だからこそ“嫌なことはしない”っていうのが自然にできるようになったのかもしれません。化粧品だってどこでも売ってるものを使ってますしね(笑)。好きなことをして過ごすのがいちばんの美容法です」
─好きなことは何でしょう?
「昔は自分で車を運転して、母や友人たちと一緒にあちこち巡っていました。ヨーロッパは楽しかったですね。ナビもない時代だったから、紙の地図を片手に、知らない道を運転するのが楽しかったです。母とは本当に仲が良くて、彼女を喜ばせたくて連れていってました。ほかには親不孝ばっかりだったけど、それだけはちゃんとできたかなって感じています。
あとは、最近、大谷翔平くんですね。チームが勝たないとなんだかモヤモヤします。私は野球のルールはそんなに詳しくないんですけど、あのひたむきに打ち込む姿勢が素晴らしいと思います。たまたまチケットをいただいて、東京ドームでの試合に行ったんですが、生で観戦するのは初めてですごく新鮮でした。でもやっぱりテレビのほうが細かく見えるので、家で見るのがちょうどいいかな(笑)」
─“推し活”ですね(笑)!
「“おしかつ”って何? 押しかけてるわけじゃないですよ(笑)。迷惑はかけてないし、ただ見守ってるだけです」
─(笑)。最後に、今回の『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』の見どころを教えてください。
「やっぱりトムのアクションですね。最近でも『トップガン マーヴェリック』で飛行機アクションをやってますけど、今回は水の中。潜水シーンは大迫力です。しかもセリフなしで10分間、字幕翻訳者としては出番がなく(笑)。とにかく、彼は本気で命がけでやっています。その姿が見どころですし、次回作も楽しみです。どんな展開になるのか、私も今からワクワクしてます」
<取材・文/いくしままき>