
【写真】艶やかな着物姿でポーズを決める室井滋
◆演じた姑は“京都の狐”(笑)
本作は、京都が大好きすぎて、この街のいちばんの理解者になろうとした主人公が、思いもよらず引き起こした大騒動を描くシニカルコメディー。
京都で450年続く老舗扇子店の長男と結婚したフリーライターのまどか(深川麻衣)は、夫の真理央(大友律)の実家を訪れる。マンガ家の安西(小野寺ずる)と組んで、老舗の暮らしぶりをコミックエッセイにしようと取材を始めるまどかに対し、13代目となる真理央の父・達雄(松尾貴史)や女将である母の環(室井)も、快く協力してくれる。しかし、東京から来た<ヨソさん>であるまどかは、<京都人>の本音と建前に翻弄され、次第に周囲を翻弄し大騒動を巻き起こしていく――。
――本作のオファーを聞かれた時のお気持ちはいかがでしたか?
室井:冨永昌敬監督の『白鍵と黒鍵の間に』を観ていたので、今度は京都の本音と建前をテーマにするんだ! どんな風になるんだろう?と意外な感じがしました。台本を拝見すると、本音と建前のとても微妙な心模様みたいなものがしっかり描かれていて面白いなと思いました。今回の作品には、人の気持ちの裏腹が、大きな事件があったわけでもないのに、でも1つ狂うとこんなふうに露呈しちゃうんだっていう、そういう面白さがあるなとも思いました。
そうそう、今回撮影でお借りしたお扇子屋さんとはご縁があって! 20何年前からこのお扇子屋さんでお中元や舞台のご挨拶で配る扇子をずっと大量買いしていたんです。ひょっとしたら…と思いながら台本を読んでいたら、まさにどんぴしゃりで。前からこの作品に出させてもらうことが決まっていたかのような感じですよね。このご縁ってなんだろう?って私も驚きましたし、お店の方もびっくりされていました。着物もすごく好きなので、いろんな着物を着させてもらえてうれしかったです。
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室井:出来上がった作品を観て、京都の狐だなと感じました(笑)。環さんって女将さんたちの中では、ちょっと古いお扇子屋さんだし、リーダー格の存在。女将さんたちの付き合いには、仲間内の見栄というか、お互いどう見えているかという女同士のあれこれもたくさんあると思うんです。洛中かそうじゃないかとか、いろいろと問題を抱えながらも、あまり外に出さずに胸の内に収めて暮らしているのが京都人じゃないですか。そこにとんでもないお嫁さんがやってきて(笑)。見かけはとんでもなくなかったから、お父ちゃんと一緒に大喜びしてたんだけど、案外ちょっとKYなお嫁さんだった。彼女が来たことで、もしかしたら環も自分の行く末を改めて考えちゃったんじゃないかなと思いますね。
――環に共感する点はありましたか?
室井:環は女性らしい人だと思うんですよね、私自身とは性格は全然違うと思うんですけど。世間体や本音を、どこまで隠してどこまで言おうか、どの人には言ってどの人には言うのをやめようか、というのが女性にはあると思うんです。そうしたところは女性だったらわかりますよね。
――お姑さん役を演じるにあたり、難しかった点はありますか?
室井:私は一人っ子で実家が本家だったので嫁姑の関係性みたいなものを見てきたんです。おばさんたちがお正月やお祭り、法事などで集まった時にうちの母の悪口を言っていたり(笑)。そういう表の顔と裏の顔みたいなものを子どものころからたっぷり見てきたので、難しいという風にはまったく思わなかったですね。
環という人も、口元には絶えず笑みをたたえながら、腹の中は真っ黒みたいな感じもありますが(笑)、でもそうでもないとも思うんです。きっとお嫁さんが京都に来てくれた時には、このままいてくれたらいいなとうれしかったと思うんです。そんなうれしさを感じつつも、KYなところがある嫁だったので、周りの女将さんたちにこれまでいろいろ言ってきた手前どうしようと(笑)。そんな困ってしまったところもあったんだと思います。
◆出身の富山は、京都と気質は違うが近さも
――まどかを演じられた深川麻衣さんの印象はいかがですか?
室井:ポワっとされていて、だけどどっしりされていたので安心感がありました。まどかのKYぶりの演技がハンパなかったので面白いなって拝見していました(笑)。ご自身も、とっても真っすぐな人なんじゃないかな。私が「なんかもっと美味しいもの食べたくない?」とか不平不満をブツブツ言っていても、「本当にね〜」とポーっとされていて(笑)。舞台裏もそんな感じでホンワカしてて良かったと思います。
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室井:松尾さんは前から存じ上げていたんですけど、あんなに折り紙が上手だって知らなかったです。空き時間に何をやってるのかな?と思ったら、ずっと鶴を折ってるんです。これがまたすごく上手なんですよ! 普通の鶴じゃなくて、3羽続いた3連の鶴とか、ありえない上手さなんです。ああやって、いろんなお店で女の人を口説いてるのかなって思いました(笑)。
――京都の街中での撮影はいかがでしたか?
室井:大変でした〜。2023年の紅葉の季節に撮ったんですけど、その年は1月に京都・南座で舞台をやって1ヵ月いたんですね。その頃はまだインバウンドも戻ってきていなかったので、わりと静かな京都でお店も好きなだけ入れたんです。でも秋にはもうどこにも行けなくなっていましたね。ホテルもみんなバラバラで、滋賀県から通っていました。京都の夜はどこに行っちゃおうかなといろいろと計画していたのに、ガラガラと夢が崩れましたけど、それでも近所の美味しいおうどん屋さんを見つけて、深川さんを連れて行ったり、隙間を狙って京都を堪能できました。
――室井さんは富山県のご出身ですが、京都に対してどんなイメージをお持ちでしたか?
室井:富山県人の気質は全く違いますが、ただ東京か京都かって言われると、京都のほうが近い感じがあると思います。大学もどこを志望しようかと思った時に、東京行く人、名古屋行く人、あとは関西、特に京都に行く人ってすごく多くて。北陸の富山・石川から見ると、東京には山を越えて行くという感覚があるんですけど、京都は海沿いに行くので、そこもまた意識が違うんじゃないかと思います。今は北陸新幹線ができたので、なおさら近くなりましたしね。
あとは、富山は真宗王国なんですよ。私の実家も浄土真宗で私が10代目。こうして私が10代目って言っちゃうところも、より京都っぽいですよね(笑)。今回の作品で描かれる伝統やしきたりを重んじる感じも近いところがあって、昔ながらの家のしきたりや、街のみなさんとの関わり方もそうですし、お嫁さんにはこうしてもらわないと困るとか、嫁入りのお道具がどうこうとか言いますから。
金沢のほうでは、「嫁をもらうなら富山から」ってことわざがあるんです。ある石川出身のプロ野球選手の奥様が富山のご出身だという噂が流れた時には、「〇〇選手はえらい!」ってみんなが言ったくらい(笑)。常に控えめにして、派手なところはあまり表に出さずTPOを考えて、表向きは家のしきたりを守り、人前で旦那さんを立ててしっかりやることはやって、後ろではきっちりしているのが富山の女の人なんです(笑)。
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――室井さんは、来年デビュー45周年を迎えられます。長いキャリアの中でターニングポイントになった作品はどの作品になるでしょう。
室井:長かったような気もするし、昨日富山から出てきたような気もしますね。私、大学が早稲田で、7年で中退したんです。その間に自主映画ってものでデビューしましたので、ずっと学生みたいな気持ちがあって。早稲田にも長いこと住んでいましたし、今も何もないのにフラフラと行ったり。学生気分が抜けなくて、こんな老舗の女将さんを演じていて申し訳ないのですが、いつ自分が大人になったのかわからない。ターニングポイントって言われても、どこで変わったんですかね。
そもそも私、あまり変わることを望まないところがあって。電話機も今もガラケーを持っていますし、だいぶ世の中から取り残されているんです。でも若いころはそうじゃなくて、最先端のものを持っていたんですよ。誰も持っていないころに「しもしも〜」のショルダーホンを20何万円で買って。「かけていいよ」と周りに見せびらかしていたんですけどね。今はみなさんのように次々と新しいものを買い替えようって気持ちもなくって、これがまた物持ちがよくて壊れないんです。原稿もジャポニカ学習帳に下書きして、原稿用紙に清書してコンビニからFAXで出してますから。
そのスタイルは長いことやってますので、あんまり変わりたくない。世の中についていけないような感じになっちゃってますけど、でもそれも嫌じゃないんですよね。
――いろいろな活動をされてきていますが、今後はどのようなことにチャレンジしていきたいと考えられていますか?
室井:そんなにいろんなことをしてるって気持ちはなくって。1つは女優としてお芝居をやっている、もう1つは原稿をずっと書いてきたので少し文学寄りのこともしている。でも私、一番大好きなのがナレーションの仕事なんですね。声の仕事をしたいっていうのがもともとの希望で、『ファインディング・ドリー』のドリーの声をやらせてもらったり。今、富山にある高志の国文学館の館長をしているんですけども、そこでも県内の俳優さんや女優さんを集めて朗読の会をやったりしています。
自分にできて、自分が楽しいなと思うことをこれからも続けていきたいなと思っています。変化を好んでいないので、これからも変わらないと思います!(笑)
(取材・文:佐藤鷹飛 写真:高野広美)
映画『ぶぶ漬けどうどす』は、6月6日全国公開。