
大学在学中に俳優デビューを飾った室井滋。そこから40年以上、俳優活動はもちろん、エッセイスト、絵本作家、文学館の館長などさまざま顔を持つ。
【写真】「今でいうヤングケアラーみたいな境遇でした」と中高時代を語る室井滋
そんな室井は最新作映画『ぶぶ漬けどうどす』(6月6日より全国ロードショー)で、「本音と建て前」「伝統と変化」のはざまで“軽やか”に生きる京都の老舗扇子店の女将を好演しているが、これまでの人生には、“軽やか”とはいかない、さまざまなことがあったという。
俳優と書くことの二つを持っていれば、なんとか生きていけるのかな
早稲田大学在学中に、自主映画に精力的に出演し、俳優としてのキャリアを積む。そこから40年以上に渡り映画、ドラマという映像の世界で、一線級で活躍するかたわら、エッセイや絵本作家、さらには室井の地元である富山で高志の国文学館の館長を務めるなど、活動は多岐に渡る。本作で、室井演じる澁澤環の義理の娘・まどかを演じた深川麻衣も、俳優だけではなくさまざまな表現方法でファンを魅了する室井の懐の深さに憧れを抱いていた。
「私にとってはエッセイを書いたり、絵本の原作に携わったりすることは、女優業とそんなにかけ離れた行為ではなく、一貫性があると思っているんです。実生活のなかで、見つけたものを綴っているので、嘘を書いているわけではないのですが、どこかで自分の物語のなかで演じているみたいな筆の走り方をしているという意味では、俳優業とはリンクしています。また、富山県立の高志の国文学館の館長をやっているのですが、それも文学や戯曲とのかかわり合いがあったり、自分で朗読の会を作ってみたりするのも、一つの表現だと思っています。急にレストランを経営するんだ……みたいにかけ離れたことではないんです」
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まったく違うチャンネルではなく「演じる」という延長線上にあるという、さまざまな表現方法を行うようになったきっかけとは――。
「長く続けられたらいいなという思いで始めた女優業。定年もないですからね。でもそうは言っても長い女優人生のなか、仕事をいただけるときもあれば、難しいときも当然あるんだろうなと思っていたんです。そのとき、たまたま雑文を書く機会をいただいたんです。そこから定期的に書くお仕事もいただきまして。俳優と書くことの二つを持っていれば、なんとか生きていけるのかなと思ったんです」
途切れることなく作品に出演している印象がある室井だが、本人曰く「いつも仕事が順調だったというわけではないんです」と笑う。
「NHKの『週刊ブックレビュー』という書評を行う番組がありましたが、司会をされていた児玉清さんがお亡くなりになったあと、代役の一人として声を掛けていただき、1年半ぐらい司会をしました。そのときは、人生であんなに本を読んだことがないと言うぐらい、山のように本を読みました。そんなことができるような時期でもあったんです」
演じることと執筆、さらにもう一つ室井が大切にしているのが声の仕事。
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「私は声の仕事が好きなんです。高志の国文学館の館長を引き受けたのも、自分の地元でチームを作って朗読劇をやりたいという思いがあったんです。いまは池波正太郎さんの作品展をやっていますが、以前は井上ひさしさんの展示会をやっていました。そのとき朗読をさせていただくのですが、女優業にも大いにつながるんです。勉強にもなりますし、自分の仕事の幅も広げられるかなと」
大森一樹監督との出会いで俳優としての道が開けた
すべての表現が俳優業に帰結しているという室井。俳優になろうと思ったきっかけは「人生で一番きつかった」という中高時代にあるという。
「両親が小学校の高学年で離婚して。一人っ子で、父も商売をやっていて、仕事で忙しく家にいないことも多く、年老いて認知症になりかけた祖母と二人でいることが多かったんです。今でいうヤングケアラーみたいな境遇だったんです。その時期、夜暇だったから、映画やお芝居を見に行くようになりました。父もそういうことは許容してくれていました。ただ何をしてもいいからちゃんと報告しなさいと。それで映画を観たら半券を貼って、どんな作品だったか感想を書いたり。本だったら読んだものをちゃんとノートに書くと、お小遣いを戻してくれたんです」
そんな父親との交換日記ともいえるようなやり取りが、演じるという仕事への興味の最初のきっかけになったという。その後、室井は早稲田大学に進学し、シネマ研究会というサークルに入る。
「高校では演劇などはやっていなかったのですが、とにかくたくさん映画や芝居を観てきたので、大学に入ったとき自然とお芝居をしたいなと思ったんです。舞台も自主映画もたくさんやりましたし、とにかく先輩からたくさん映画を勧められて年間200〜300本は観たと思います。早稲田にACTミニ・シアターという場所があったのですが、金土日はオールナイト上映をしていたので、1日5〜6本見ることができたんです」
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そういう生活をしているなか、自主映画のコンテストで審査員をしていた故大森一樹監督から声を掛けられて、本格的に俳優という世界に足を踏み入れた。
「大森さんから『この子はいっぱい自主映画に出ているから』と声を掛けていただき、道が開けていった気がします。それでもすぐにうまくいったわけではないですけれどね(笑)」
いまや誰もが知る実力派俳優として、日本映画界でなくてはならない存在感を示している室井。「長くやれたらいいな」と思っていた俳優活動も、今年で44年目となる。
(まいどなニュース特約・磯部 正和)