
Text by 生駒奨
Text by 廣田一馬
今も昔もホラー映画は新たな才能の登竜門。2012年に設立され、約10年で日本でも名の通った存在にまで上り詰めたアメリカの映画会社A24も『ウィッチ』(2015年)、『ヘレディタリー/継承』(2018年)、『ミッドサマー』(2019年)、『LAMB/ラム』(2021年)、『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』(2022年)ほか、斬新なホラーをコンスタントに送り出して成長してきた。
そのA24がホラー作品のシリーズ化に乗り出したのが、タイ・ウェスト監督による『X エックス』3部作だ。第1作『X エックス』は2022年、続編にして前日譚『Pearl パール』は2023年に日本公開され、完結編『MaXXXine マキシーン』が6月6日に封切られる。
本シリーズは、スターを夢見るポルノ女優・マキシーン(ミア・ゴス)が降りかかる火の粉をはねのけながら猛然と突き進んでいく物語。1979年のテキサスを舞台にした『X エックス』でポルノ映画のロケ地で老婆の殺人鬼パール(ミア・ゴスが1人2役!)に襲われたマキシーンは死地で覚醒し、逆に返り討ちに。
その続きとなる『MaXXXine マキシーン』では、1985年のハリウッドで映画スターとして成り上がるべく、邪魔者をなぎ倒していく。
いわゆるナメテーター案件(なめてかかった相手が実は強かった)とも少々異なり、腕っぷしが強かったり特殊能力を有していたりするわけではない主人公がメンタルの振り切れ具合で乗り切っていくのが『X エックス』シリーズの特徴にして真骨頂。
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まずは時を少々戻し、『X エックス』が辿った数奇な運命を振り返ってみよう。いまから約100年前の1918年を舞台にした『Pearl パール』では人々がペストという未知の伝染病に怯えるさまが描かれたが、『X エックス』『Pearl パール』の制作期間は新型コロナウイルス禍とぶつかっている。
タイ・ウェスト監督
1980年、アメリカ・デラウェア州生まれ。『The Roost』(2005年)で長編映画監督としてデビュー。『インキーパーズ』(2011年)『サクラメント 死の楽園』(2013年)といったホラー映画を数多く手がける。
世界の混乱に伴い、映画制作も多くが中断を余儀なくされるなか、ニュージーランドで撮影中だったタイ監督一行は難を逃れ、撮影を続行できたのだ。そのことが、当初はトリロジー構想ではなかった『X エックス』を次なるステージに押し上げることとなった。
タイ:すべてがストップしたあの時期、映画を撮影できていたのは僕らだけだったのではないでしょうか。当時、世界で唯一映画を撮れる場所だったニュージーランドにいる好機を活かし、もう1本作れないかと考えました。
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運命に導かれるような形で現在に至った本シリーズ。その推進力となったのは、他でもないマキシーンのキャラクターにあった。タイ監督は「ホラーの定型ではない主人公を描きたかった」と想いを明かす。
タイ:『X エックス』は、よくある「純情な女の子が最後にヒロインとして生き残る」ものとは全く違います。マキシーンはセックスやドラッグにまみれていて、人も殺す。そんな人物が強かにサバイブし、ついにハリウッドに挑むのが『MaXXXine マキシーン』です。ハリウッドに捨てられた可哀想な主人公にはしたくない、むしろさらなる成功を遂げていく形にしたいと思っていました。
その体現者であり、『Pearl パール』では共同脚本・製作総指揮も兼任したのがミア・ゴス。劇中のキーワードに「X FACTOR(未知なる才能)」というものがあるが、彼女自身がまさにそんな存在であり、「簡単に定義づけできず、一言では片づけられない魅力を持っている」とタイ監督は言う。
タイ:ミアはクリエイティブをとにかく大切にしていて、100%以下のクオリティなら提示しない、というような人。僕としてはとかくありがたい俳優でした。
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『X エックス』でマキシーンとパールが鏡写しの存在として描かれたように、この強固な主人公を作品全体の「恒星」に据え、周囲を濃いキャラクターが「惑星」的に固めているのも興味深い。
特に『MaXXXine マキシーン』では、映画監督・先輩女優・刑事といったマキシーンに関わる人物を女性が固め、エリザベス・デビッキ、リリー・コリンズ、ミシェル・モナハンといった著名な女優陣がそれぞれの役を担っている。ある種、ユニバース的な拡張を見せていくのだ。
タイ監督は「映画監督のベンダーはマキシーンが尊敬して話を聞く存在に仕立てたかった」としつつ、全3作のキャラクターにおける共通項を「証明してみせないといけない何かを持っている」と明かす。
タイ:『X エックス』に登場するプロデューサーのウェイン(マーティン・ヘンダーソン)だったら「自分はしっかりしたビジネスパーソンだと証明したい」、撮影スタッフのロレイン(ジェナ・オルテガ)だったら「本当はこんな性格じゃない」、その恋人の監督RJ(オーウェン・キャンベル)は「自分はれっきとしたフィルムメーカーなんだ」という想いを抱えています。
マキシーンは「私はちゃんとした女優」と感じているし、『Pearl パール』での若き日のパールは「こんな場所で終わらない。外の世界に行くんだ」と野心を抱いている。
『MaXXXine マキシーン』の女性陣も監督や警察といった男社会の中で真面目に扱ってもらえないから人一倍頑張らないといけない、自らの価値を証明しなければならないと燃えています。ベンダーであれば、「B級ホラーで結果を出してA級作品を撮るんだ」というように、決してマキシーンだけが大志を宿しているわけではないのです。
映画監督役を演じるエリザベス・デビッキ
マキシーンを筆頭に、本シリーズに登場するキャラクターたちが生き生きとしているのは、逆境をはねのけようとするエネルギーがみなぎっているからだろう。人物たちが体現する抑圧や不条理からの脱却、その先に訪れるカタルシス――その醸成に不可欠だったのが、明確な舞台設定。『MaXXXine マキシーン』の物語が1985年夏のハリウッドで展開するのには、明確な必然性がある。
タイ:『Pearl パール』を作っている段階からA24には「次は1980年代の映画にしたい」と持ち掛けていました。
その理由は、アートに対する検閲が厳しい時代だったから。ラップミュージックやヘヴィーメタルは不健全なものとされ、ホラー映画も問題視されており、今以上に「アートは危険」という認識が社会にあったのです。
そのうえで、実際にナイトストーカーによる連続殺人事件が発生していた1985年を選び、「犯人は誰だ?」という刑事ものの要素を加えました。80年代の背景はマキシーンと威圧的な父親の関係にも通じますし、ナイトストーカー事件を盛り込むことでマキシーンの過去の行いにジャッジが下されそうになる様子を描けると思ったのです。
パワフルなキャラクターと、それを引き立たせるための時代設定。ミア・ゴスをはじめとする出演陣の思い切りのいい力演。それらに負けない映像にするためには、エネルギッシュでセンセーショナルな描写の数々が不可欠だった。
『X エックス』『Pearl パール』『MaXXXine マキシーン』には過激な表現も収められているが、タイ監督は「マキシーンの主人公像にも通じますが、とにかく今まで自分が観たことがなくてやったら面白そうなもの、撮影中もエネルギーが持続できそうな面白さを追求した結果です」と振り返る。
タイ:『X エックス』の時点で、ホラー映画を作るのは10年ぶりでした。かつ、ホラー映画を撮るとなると2年間はトラウマの中を生きなければなりませんから(笑)、どんなテイストにするかはよく吟味したつもりです。
そんななかで、僕を突き動かしたのは「近年のホラー映画はちょっとソフトになっていないか?」という想いでした。昔はもっとエッジーでタブーに踏み込んでいたホラーが多くありましたよね。自分だったらそこに回帰できるのではないか? という着想がスタートでした。
タイ監督は「決して現代のホラーの潮流を否定したいわけではなく、根底にあるのはあくまで僕の映画愛」と念を押す。
その証拠に、『X エックス』では『シャイニング』や『サイコ』、『Pearl パール』では『オズの魔法使』や『雨に唄えば』といった名作映画のオマージュをなんとも楽しそうに、かつ明快に採り入れ、スラッシャー映画やミュージカル映画の文脈も丁寧に踏襲。3部作すべてに「映画に夢を抱く」人物が登場している点からも、その精神は明白だ。
タイ監督は「映画づくりをひとつの工芸と例えるなら、意匠を凝らすのが僕は大好きなのです」と目を輝かせる。
タイ:わかりやすい例だとミア・ゴスの1人2役ですよね。特殊メイクや様々な準備が必要ですが、僕はそういったものに悦びを感じてしまうタイプです。スプリットスクリーン(画面を分割して複数の映像を同時に表示させる技法)や音楽面の工夫もそうですね。だって、どうせ撮るなら楽しくやりたいじゃないですか。
タイ監督は『X エックス』シリーズの監督だけでなく、脚本・編集・プロデュースと多数の役職を兼任しており、「映画×ものづくり」の権化といえる。その純粋かつ尽きることのない愛情が、ハイレベルな温故知新を形成するに至ったのだろう。