角田裕毅の足枷となった旧フロアの0.3秒。タイヤのオーバーヒートを防ぐ走り方【中野信治のF1分析/第9戦】

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2025年06月07日 07:30  AUTOSPORT web

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2025年F1第9戦スペインGP 角田裕毅(レッドブル)
 カタロニア・サーキットを舞台に開催された2025年F1第9戦スペインGPは、オスカー・ピアストリ(マクラーレン)がポール・トゥ・ウインで今季5勝目/自身通算7勝目を飾りました。

 今回は、セーフティカー(SC)明けのマックス・フェルスタッペン(レッドブル)にハードタイヤを履かせたレッドブルの思惑、高気温・路温下でタイヤのオーバーヒートを防ぐ走り方、そしてF1マシンのフロアの役割について、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 決勝で優勝争いを繰り広げたマクラーレン勢が2ストップ、フェルスタッペンが3ストップと、戦略が分かれた展開は面白かったですね(最終的には終盤のSC導入でそれぞれピット回数が予定から1回増えている)。タイヤに厳しいカタロニア・サーキットならではのレース展開となりました。

 フェルスタッペンのマシンは、対マクラーレンという点で自信を持てるスピードがありました。ただ、タイヤのデグラデーション(性能劣化)という部分では厳しく、フェルスタッペンはユーズドのソフトタイヤで臨んだ1スティント目のデグラデーション状態を鑑み、おそらくはマクラーレンと同じ作戦(2ストップ)では勝ち目がないと考えたのでしょう。13周目という早めの段階で最初のタイヤ交換を済ませ、3ストップに切り替えました。

 カタロニア・サーキットは右の高速コーナーが多く、特に左フロントタイヤに負荷がかかりやすいコースです。また、メインストレートを除けば直線区間も短めなので、周回を重ねるごとに特にリヤタイヤの温度が上がってしまいますが、タイヤ温度を下げる、休ませる区間がないので、タイヤマネジメントは簡単にはできません。また、路面温度が決勝スタート時点で49度に達したこともあり、さらにタイヤが滑りやすく、グリップ感を得ることが難しい週末となったように見えました。


■SC明けのフェルスタッペンにハードタイヤを履かせたレッドブルの思惑

 決勝終盤、アンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)がパワーユニット(PU)のトラブルでコースサイドにマシンを止めてSC導入となりました。このSC中に14台がタイヤを交換するなか、フェルスタッペンだけがハードタイヤを履いてリスタートを迎えることになりましたが、そのリスタート直前に最終コーナーで挙動を崩し、ホームストレートでシャルル・ルクレール(フェラーリ)に先行を許してしまうことになりました。

 フェルスタッペンが挙動を崩した要因は、SC明けというタイヤに熱が入り切らない状況で、ソフトやミディアムと比較してグリップが劣るハードタイヤを履いたことで間違いないでしょう。SCが入った際、フェルスタッペンには新品のソフトタイヤが残されておらず、レッドブルとしては新品のハードタイヤを選ぶしかありませんでした。

 当然、ソフトやミディアムと比較すればタイム差が生じてしまいますが、レース終盤で路面にラバーが乗り、路面コンディションが良くなっているなかであれば、8周走った中古のソフトタイヤよりも、新品ハードタイヤの方が良いという可能性や期待があったかもしれませんね。

 ただ、スペインGPはフレキシブル・フロントウイング検査厳格化の影響もなく、マクラーレンの盤石ぶりが際立つレースとなりました。もし、フェルスタッペンがSC導入時にステイアウトして首位でリスタートを迎えていたら、ルクレールを抑えて3位表彰台を確保できたかもしれませんが、マクラーレンから首位の座を守ることは困難だったと思います。


■ヒュルケンベルグが5位入賞。タイヤのオーバーヒートを防ぐ走り方

 15番グリッドスタートから5位に入ったニコ・ヒュルケンベルグ(キック・ザウバー)の走りはスペインGPの大きなトピックスのひとつでしたね。今回キック・ザウバーはフロアボディ、コーク/エンジンカバー、フロントウイングにアップデートを投入し、マシン自体のポテンシャルが上がっていました。

 ヒュルケンベルグは第2スティントをミディアムタイヤで38周引っ張る仕事ぶりを見せ、さらには予選でQ1敗退していたことから、終盤にSCが入った時点で新品のソフトタイヤを残すことができていました。ボーナス的なかたちではありましたが、これでユーズドタイヤを履いたルイス・ハミルトン(フェラーリ)をオーバーテイクし、10ポイントをチームに持ち帰るというベテランらしさを存分に発揮したように思います。

 また、個人的にはキック・ザウバーのクルマが、路温が高い状況にマッチしていたという印象を受けました。気温・路面温度が高いとタイヤはオーバーヒートしやすくなります。タイヤのオーバーヒートを防ぐには、高速コーナーを走る際のステアリング舵角を少なめに、低速コーナーを走る際はしっかりとトラクションをかけてリヤタイヤをスライドさせないようスロットルを繊細にコントロールすることが求められます。さらに、クリーンエアを走ること、オーバーテイクに挑む際は一発で仕留め切る、そしてプッシュラップとクールラップを分け、平均のラップタイムを上げるといった技が欠かせません。

 今F1に参戦するドライバーたちはこれらをできる能力はあると思いますが、これらの技をどう活かせるかはコンディションやレース展開にも大きく左右されます。今回は状況がヒュルケンベルグにマッチした上で、ベテランの技が成した5位入賞だったように思います。


■旧フロアで臨んだ角田裕毅のスペインGP。フロアが生み出すダウンフォースの重要性

 今回の予選で角田裕毅(レッドブル)はQ1で最下位の20番手となりました。裕毅は欧州3連戦の初戦となったエミリア・ロマーニャGPの予選Q1で大クラッシュを喫しています。その影響で、フロアを含む最新のアップデートが不足し、欧州3連戦の3戦目となった今回のスペインGPも、一部のアップデートが間に合わず、旧仕様のパッケージでの走行となりました。

 最新のアップデートが施されているフェルスタッペンのマシンとは、マシンの差だけで0.3秒ほどは違いが出ているのではないでしょうか。私はこの0.3秒に関しては仕方がない部分だと考えています。Q1でフェルスタッペンと裕毅の差は0.587秒でしたので、純粋に負けている部分は0.2〜0.3秒ほどかなと思います。Q1の順位として結果的に最下位でしたが、0.2〜0.3秒のタイム差はとてつもなく大きな差かといえばそうではないでしょう。

 フェルスタッペンのマシンとのもっとも大きな違いがフロアだと言われています。フロアは車体下面にあるパネル上のパーツで、車両下面の空気の流れを調節し、負圧の差(空気の流れが速くなると気圧が下がり、車体を路面に押し付ける)でダウンフォースを生み出します。

 フロントウイングやリヤウイングといった車体上部の、目にみえる部分で得るダウンフォースも大切ですが、現在のF1マシンはグランドエフェクトカーと表されることからもわかるように、車両下面/フロアで生み出すダウンフォースがクルマのポテンシャルを左右する大きな鍵となります。

 アップデート前のフロアを使わなければいけないということは、フェルスタッペンと比較して裕毅はダウンフォースが少ない状況で戦うということです。そういった状況下でも裕毅はできることはしっかりとやっていたように見えました。ピットレーンスタートからクリーンエアで走り、ニュータイヤを次々と使ってタイムを稼いで順位を上げるという作戦は順当でした。

 SCで入賞のチャンスはなくなりましたが、ふたたび最後尾からの入賞の可能性も見え、内容としては悪くはない週末だったと私は思います。次のカナダGPでフェルスタッペンと同じ仕様のマシンで戦うことになれば、どのような走りを見せてくれるのかは皆が注視するでしょうね。

 カナダGPの舞台、ジル・ビルヌーブ・サーキットはシケインやヘアピンをストレートで繋いだレイアウトで、レッドブルにとって苦手なコースではないと思います。ドライビングでなんとかできる要素も大きく、スペインGPよりもポジティブに挑めるサーキットだと思います。

 また、シケインが多いため縁石に乗ることが多い週末となります。縁石に乗った際のクルマの姿勢を左右するサスペンションのセットアップ、縁石に乗っても暴れない、収まりのいい脚を作れるチームが一歩リードしそうです。ダウンフォースが少なめのマシンセットアップとなるなかで、メカニカルグリップをどれだけ得られるかが、戦局を左右するでしょう。


【プロフィール】中野信治(なかの しんじ)

1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS鈴鹿)のカートクラスとフォーミュラクラスにおいてエグゼクティブディレクターとして後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。

・公式HP:https://www.c-shinji.com/
・公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24

[オートスポーツweb 2025年06月07日]

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