「『その男、凶暴につき』は深作欣二さんが撮る予定だったそうですが、たけしさんに交代され、私に声がかかりました。たけしさんは多分にシャイなところがあり、共演歴のある私の名前があがったんじゃないでしょうか」
こう語るのは、川上麻衣子さん(59)。当初は出演を断るつもりだったという。
「最初の台本ではかなり激しいレイプシーンがあってお断りするつもりでした。そこで、マネージャーが提示された額の3倍のギャラを要求することで先方から断られようとしたところ、あっさり『いいですよ』となって(笑)。こちらも言っちゃった以上、引き下がれませんでした」
撮影開始当初、職人気質の映画スタッフは、お笑い出身のたけしを品定めするような雰囲気だった。
「たけしさんが『こんな感じで撮りたいんです』と言っても『そんなのダメ』と断られてしまうことも。たけしさんは『わかりました』と言いつつ、素人ですみませんといった感じで『最後、ちょっとだけ遊ばせてください』と、自分の撮りたい映像を作られていました。そんな真摯な姿が周囲にも伝わり、現場にも一体感が生まれていったのではないでしょうか」
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台本はあるものの、現場では毎朝、たけしが思いついたアイデアに変更されていったという。
「私は双極性障害の女性の役で、最初のシーンは躁状態の予定だったので、花柄模様の衣装が選ばれていたのですが、現場に行くと『うつ状態で』ということに。180度違うテンションなので戸惑いましたが、それが面白くもありました」
レイプシーンの撮影日も、朝早くに現場入りした。
「待ち時間があって、下着の線があったほうがいいのか監督のたけしさんに聞きにいってもらったら、“そこまで考えてるんだ”とびっくりされたみたいで。結局レイプシーンは、たけしさんの判断で『脱がずにやりましょう』ということに。結果、脱いだ以上の残酷さが表現されていました」
振り返ると、撮影期間中、たけしと話をすることはなかった。
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「シャイで物静かだから、ほとんどしゃべらず、目も見てくれませんでした」
映画から数年後、たまたま行きつけのバーに行くと、志村けんさんが来店していた。
「挨拶して過ぎ去ろうとすると、志村さんから『おい』と呼び止められて振り返ると、隣にたけしさんが。それほど物静かな方なんです。それにしても、たけしさんと志村さんが、小さな鍋を囲んでチーズをつつき合う姿が忘れられません(笑)」
『その男、凶暴につき』(1989年)
今や日本を代表する映画監督となった北野武の監督デビュー作。暴力を辞さない一匹狼の刑事・我妻諒介(ビートたけし)が、麻薬売人の惨殺事件を追う。北野監督自ら脚本をほとんど書き換えたという本作は、救いのない結末と暴力、映像美で原点にして至高の作品に。
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【PROFILE】
かわかみ・まいこ
1966年生まれ、スェーデン出身。1980年の『3年B組金八先生』に出演し、注目を集める。ドラマ、映画で活躍する一方、志村けんさんとバラエティ番組で共演することも多かった。
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