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先日、居酒屋チェーン「海鮮処 さくら水産」(以下、さくら水産)が最盛期から9割以上の店舗を畳んだ、という『東洋経済オンライン』の記事が大きな話題になった。
ご存じない方のために説明すると、さくら水産とは「魚肉ソーセージ50円」「ランチ500円でご飯、味噌(みそ)汁食べ放題」など、「庶民の味方」「働く男たちのオアシス」として2000年代に人気を博した居酒屋チェーンだ。最盛期は全国に100店舗ほどあったので、繁華街などで看板を見た記憶のある人も多いだろう。
しかし、2010年代に入ると失速して業績も低迷。投資ファンドに買収された後、和食レストラン「湯葉と豆腐の店 梅の花」などで知られる外食グループの傘下に入り、「高価格帯シフト」へ乗り出した。しかし、これもうまくいかず、コロナ禍にはSNSで「さくら水産の大量閉店」が大きな話題になったこともある。
・『居酒屋「さくら水産」見かけなくなった? 店舗数激減、都内は8店のみ』(J-CASTトレンド 2021年11月26日)
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2025年6月現在、店舗数はついに11店まで減少した。東洋経済オンラインの記事によると、さくら水産を運営するテラケンは「もう店舗は増やさない」と明言し、他ブランドの店にリニューアルする予定もあるという。つまり、一時代を築いたさくら水産が消えていくのは、もはや時間の問題なのだ。
なんとも寂しい話ではあるが、一方でこのさくら水産の栄枯盛衰から、ビジネスパーソンは「人口減少が進む日本で絶対に避けるべき施策」を学ぶことができる。それは一言でいうと、「採算度外視の激安商品・サービスで客を獲得する」ということだ。
●「500円ランチ」は「激安の無限地獄」
さくら水産の代名詞でもある「500円ランチ」は、採算を度外視していた。先ほどの記事によれば、2000年代から純利益は10%前後だったそうで、コロナ禍以降は赤字だったという。
では、なんでそんな無謀な経営をしていたのかというと、夜の居酒屋へ「誘導」するためだ。よく飲食店の繁盛の秘訣(ひけつ)として「赤字覚悟のメニューで客を呼び、売り上げをアップさせる」というテクニックが語られる。それをランチでやろうとしたわけだ。
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しかし、これが衰退の第一歩だった。
想像していただきたい。500円でごはんや味噌汁がおかわり無料の激安居酒屋に夜も行ってみて、普通の価格だったらどう感じるだろうか。「なんだよ、安いのはランチだけで夜は普通の居酒屋じゃん」とガッカリ感のほうが大きくならないか。
実際、さくら水産の夜の客単価を見ると、2000年代は1800円ほどだった。このように昼も夜も「激安」のイメージが定着した居酒屋が、「高価格帯へのシフト」を打ち出しても、なかなかうまくはいかない。
冷静に考えてみれば当たり前だ。「採算度外視の激安」に引かれて常連客になったような人は、味やサービスよりも「安さ」を重視する。だから、値上げの動きがあると潮が引くように、客足は遠のいていく。そうなると、店としては客離れを恐れるあまり、「採算度外視の激安」へどんどんのめり込んでしまう。
つまり、さくら水産は「500円ランチ」をきっかけに、もはや自分たちの意思では這い上がれない「激安の無限地獄」に身を落としてしまった……ともいえる。
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●280円→390円の値上げでも成功した「鳥貴族」
それを裏付けるのが、2010年代後半の業績だ。この時期、さくら水産の500円ランチは「庶民の味方」「男たちのオアシス」などと称賛されていた。では、その結果どうだったかというと、散々な結果だった。
テラケンの過去3年間の経営成績が公開された。各期の営業損益は16年2月期で1億6800万円の赤字、17年2月期が1億6600万円の赤字、18年2月期が2億6500万円の赤字だった
では、こうした「破滅的な安売り」に陥らないためには、どうすればいいのか。“激安居酒屋の十字路”をうまく乗り切ったケースとして参考になるのが、鳥貴族だ。
鳥貴族もかつては全品280円均一で「激安居酒屋」の代表だった。当然、そこに集っていたのは「安さに引かれて集まった客層」なので、値上げへの反発は非常に強かった。2018年に298円に値上げをした際には著名な外食チェーンの専門家が、「客離れが進んだ。回復のためには値段を元に戻すしかない」と警告するほどだった。
しかし、鳥貴族はどこ吹く風で値上げを続けた。2023年には全品350円均一になっていたものをさらに360円に上げると発表したら、フードアナリストが「価格に見合う価値がない」とボロカスに叩いた。
だが、鳥貴族はそれも無視して現在は390円まで上げた。「外食のプロ」たちがここまで反対していた「値上げ」を強行したわけだから、普通に考えれば深刻な客離れが起きて、業績悪化で店舗数が激減しているはずだ。しかし、現実はそうなっていない。
2019年7月末の店舗数が659店、2025年7月期12月時点で652店とほぼ横ばいである。しかも、「やきとり大吉」を買収した関係で、国内1000店舗以上を擁する焼き鳥チェーンに成長し、海外進出も積極的に進めているのだ。
●“激安居酒屋”「鳥貴族」と「さくら水産」の違い
なぜ、同じ激安路線にもかかわらず、さくら水産の値上げでは大幅な客離れが起き、鳥貴族は客離れが起きなかったのか。
鳥貴族の場合は、ちゃんと「付加価値」を高めてきたからだ。
よく誤解されるが、鳥貴族を一躍有名にした「全品280円均一」のシステムは、「採算度外視で激安に走った」わけではない。
ビールもおつまみも全て同じ価格にするという当時、他の居酒屋にはないシステムによって、その辺の居酒屋にはない「付加価値」を提供したのだ。しかも、原価率の低いものと高いものをうまくミックスして、全体で利益が出るように設定した価格が「全品280円」なのだ。とにかく客を呼びたくてテキトーに値付けしたわけではない。
このように採算をちゃんと考えた上での「激安」なので、原料高騰や人件費アップに合わせて価格も上がっていく。そうした価格改定に合わせて鳥貴族がしっかりとやっているのは、メニューを増やしすぎず「焼き鳥」に特化するなど、ブランド価値をキープしていることだ。
もちろん、そういう企業努力をしても「全品390円? こんな高級店にもう行けるか! 280円に値下げするまで二度と行かないぞ」という客は、一定数いる。SNSで「久々に店に行ったら値上げのせいで閑古鳥だ」とか「値上げしたのに味が落ちた」とかバッシングする人もあらわれる。
●「薄利多売」で成長してきた時代
ただ、それは「一過性」に過ぎない。筆者は危機管理が本業なので、これまでマクドナルドや鳥貴族など企業の値上げ後に起きるバッシングや不買運動を多く分析してきた。そこで分かるのは、人件費アップや原材料高騰という外的要因での値上げは、メディアが大騒ぎをして瞬間風速的に客足が落ちることがあっても長くは続かないということだ。
SNSでほんの一握りの「偉そうな客」が「もう終わりだな」「安いから行っていただけでもう誰も行かない」などと誹謗中傷するだけで、現実世界には大した影響がないのだ。
そのあたりは「なぜ『鳥貴族』の値上げは、1回目で批判されて、2回目は無風だったのか」(ITmedia ビジネスオンライン 2022年12月27日)の中で、詳しく分析しているので興味のある方はお読みいただきたい。
採算度外視の激安によってたくさんの客を集めて、「薄利多売」で成長していく。このようなビジネスモデルは高度経済成長期にたくさんあったし、それなりに成功した。
なぜかというと、生産年齢人口、つまりメイン消費者の絶対数が右肩上がりで増えていたので「多売」が成立していたからだ。
しかし、生産年齢人口は1995年をピークにガクンと減っている。さくら水産が店舗を増やしていた2000年は8622万人だったが、2015年には7735万人と887万人も減っている。「採算度外視でも客を集めればなんとかなる」という時代は、とっくに終わっていたのだ。
加えて、多くの席数を擁するチェーン居酒屋業態にトドメを刺したのは「コロナ禍」だ。
そう聞くと、「三密を避けろ」「医療従事者を守るためにステイホーム」という社会の同調圧力が強まったことで、「夜の街」がやり玉に挙げられたからだと思う人が多いが、実は致命傷になったのは、日本全国の働く人々が「不都合な真実」に気付いてしまったことが大きい。
●「安さ」が求められた「飲みニケーション」カルチャー
「あれ? 会社帰りの飲み会とか新年会とかなくっても、仕事に何の支障もないじゃん」
日本生命が2024年10月、1万1377人を対象に行ったインターネット調査によれば、仕事後に上司や同僚と行う「飲みニケーション」について、「不要」または「どちらかといえば不要」と回答した人は56.4%と半数以上を占めた。
当たり前の話だが、海外の労働者の間では「仕事帰りに互いに酔っ払わないと本音が言い合えない」みたいな奇妙なカルチャーはない。深い話をしたければ、仕事の合間にコーヒー片手に語り合えばいいだけの話で、日本人にもだんだんそういう人が増えてきたのだ。
ただ、これは大手居酒屋チェーンにとっては大打撃だ。コロナ禍前は20〜30人の団体が入る店で立地が良ければ、それなりに繁盛した。近くの会社や職場の人々の宴会やら飲み会が定期的に入るからだ。
そこで競争に勝ち抜くために重要なのが「安さ」であることは言うまでもない。毎月の給料が決まっているサラリーマンにとってありがたいことは言うまでもないし、「よし、もう一軒行くか」と二次会に流れやすいので、親睦を深めやすい。つまり、「飲みニケーション」こそが、激安チェーン居酒屋の成長エンジンだったのだ。
こういう日本の飲み会カルチャーが、人口減少局面でもまだかろうじて、さくら水産のような「激安チェーン」が成長を続けられていた要因である。
●今の居酒屋に求められるのは
しかし、コロナ禍でそうしたカルチャーも消えた。酒を飲みに行くのは、仕事など関係なく本当に気の合う仲間や、友人、カップルなどがメインとなった。そういう人同士で良い時間を過ごす居酒屋となれば、大切なのは「付加価値」だ。
「値段は高いけれど、すごくバズっている人気店」とか「とにかく魚料理が最高でインフルエンサーが激推ししている」とか、その辺のチェーン居酒屋にはない価値が求められる。
筆者の地元には、昭和の雰囲気が残る「昼飲みの聖地」のような飲み屋街がある。店もお世辞にもきれいとは言い難いし、焼き鳥などの味だって値段相応だ。しかし、休日になるとそれらの居酒屋に、開店前だというのに若者たちが列をなして、スマホで写真や動画を撮っている。要するに、レトロな街並みも合わせてこの雰囲気に「価値」があるのだ。
赤字覚悟のメニューで、客を引きつける手法は飲食店、特に居酒屋などでは大事なので否定はしない。しかし、客というものは基本的にわがままなので、「安さ」で釣られた客は、もっと貪欲に安さを求めていく。
それはこれから急速な人口減少で経済が冷え込むことが確定している日本では、破滅的な戦法といわざるを得ない。
客の数が減るのだから単価を上げていくしかない。そのためには客に提供する「価値」をどう上げていくべきか。外食業界の皆さんは「もっと赤字覚悟で安くしないと潰れるよ」という社会の同調圧力に屈することなく、他店にはない「付加価値」を高めていただきたい。
(窪田順生)
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