
横浜F・マリノスが苦しみ悶(もだ)えている。
現在J1リーグ最下位。クラブ発足後、初のJ2降格の危機が忍び寄ってきた。天皇杯でも2回戦でJFLのラインメール青森に敗退している。
4月18日、スティーブ・ホーランド監督を解任し、ヘッドコーチのパトリック・キスノーボを後任に起用したが、その効果はなかった。6月15日のアルビレックス新潟戦に敗れたあと、キスノーボの更迭が決定したと報じられ、次の新監督として昨シーズン途中までサガン鳥栖を率いていた川井健太氏が有力だという。
そんな横浜FMの今後を左右する新監督の情報には、メディアや多くのサポーターが推理の糸を張り巡らせてきた。そのなかで筆者がクローズアップしたい、ひとりの男がいる。
アンジェ・ポステコグルーである。
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2018年から横浜FMを3年間指揮し、2019年にはJ1優勝に導いている。ウイングの立ち位置にこだわったり、プレスの強弱を徹底したり、独特なスタイルは各方面から高く評価された。
2021年6月、セルティックの監督に就任。古橋亨梧、旗手玲央、前田大然といった日本人選手の特性を存分に生かし、スコットランドリーグを連覇した。その手腕が認められ、2023年6月にプレミアリーグの古豪トッテナム・ホットスパーの監督に就任する。
ハリー・ケインがバイエルンに移籍したため、開幕前のスパーズの下馬評は芳しくなかった。30ゴールを記録した大エースが離脱したのだ。2022-23シーズンの8位から大きく順位を落としても不思議ではない状況だった。
しかし、チーム全体の危機感に火がついた。1人ひとりの強度が増し、ポステコグルーも決して守備的にならず、最終ラインをハーフライン付近に設定するアグレッシブな戦い方で挑み続けた。
10節まで8勝2分無敗。クラブ創設以降、最高のロケットスタートを切った。1-4の惨敗を喫したホームの11節チェルシー戦も、ポステコグルーはライン設定を下げなかった。主力の負傷欠場や退場者を出しながら、である。
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【ハイラインにこだわりすぎた】
「あまりにもリスキーで非常識」
アーセナルOBのポール・マーソンやリバプールOBのジェイミー・キャラガーは、そんな戦い方を認めなかった。だが、スパーズサポーターは勇気あるチャレンジに感動し、ポステコグルーを熱く支持していく。
偽サイドバックの可変でライン全体を押し上げ、スペースを突いてチーム全体が攻撃的に仕掛ける強気が功を奏し、2023-24シーズンのスパーズは5位に入った。前シーズンから3ランクアップである。ポステコグルー体制は安泰と思われた。だが......。
最終ラインの補強はままならかった。プレミアリーグの強度はすさまじく、ポステコグルーのアグレッシブなスタイルは消耗が激しい。特に最終ラインはアップダウンの頻度が高く、1枚でも多くの駒を必要としていた。
ところがスパーズのダニエル・レヴィ会長は、2024-25シーズンの移籍市場で動かなかった。5人のDFを手放したにもかかわらず、ひとりも獲得しなかった。財布の紐が固く、クラブの成績よりも黒字経営の維持を優先する最高権力者は、ポステコグルーが要求したDFの補強に首を縦に振らなかった。
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クリスティアン・ロメロ、ミッキー・ファン・デ・フェン、ペドロ・ポロ、デスティニー・ウドギーの4人が揃っていれば、DFラインは問題ない。だが、彼らがシーズンをフル稼働できるほど、プレミアリーグは甘くない。
負傷と勤続疲労で、ロメロは2023-24シーズンの33試合から18試合に、ファン・デ・フェンは27試合から13試合に出場数が激減している。個の力で最終ラインを支えた両センターバックの長期欠場により、スパーズは22敗も喫してリーグ17位まで落ち込んだ。
その一方で、ポステコグルーも柔軟性を欠いていた。指揮官にはこだわりが必要であり、無策では勝てない。ただ、ロメロとファン・デ・フェンが負傷で起用できないのなら、ハイラインは断念すべきだった。
実際、マンチェスター・ユナイテッドとのヨーロッパリーグ決勝では、頼りになる両CBが復帰してもDFラインの設定を下げ、スペースを消した。その結果、42分に挙げたブレナン・ジョンソンの先制ゴールを守りきり、スパーズに17年ぶりのタイトルをもたらしている。
低めの設定が好みではなかっただろう。だとしても、ポステコグルーがハイラインにこだわりすぎたケースは散見した。
【名将ですら2年以内でクビ】
また、メディカルスタッフのレベルも問わなくてはならない。2024-25シーズンは自らの意に沿う者を多く雇用したにも関わらす、負傷者の数は減らなかった。
「負傷の回復に努めてくれた、アルゼンチン代表のメディカルスタッフに感謝する」
ロメロのコメントも耳が痛い。
選手とスタッフの信頼関係が崩れたことも、ポステコグルーの求心力が低下した要因のひとつとも考えられる。したがって、解任の断を下したレヴィ会長の判断を「正しい」と評価するメディアも少なくない。
ただ、ファン・デ・フェンはオーストラリア人の指揮官を支持している。
「われわれ選手は、監督人事に関する発言権を持っていない。クラブの決定に従うしかない。でも、ポステコグルー監督は多くの選手と良好な関係を築き、ヨーロッパリーグ優勝にまで導いてくれた。解任は奇妙な選択だと思うよ」
スパーズにとって、今季の11勝5分22敗は屈辱すぎる成績だ。プロの世界は結果が最優先。ポステコグルー解雇は大間違いではない。
だが、レヴィは2001年にスパーズの会長に就任して以降、12人もの監督を解任している。「過去の失敗から学ばなければならない」と表向きには反省しながら、アントニオ・コンテ(現ナポリ)、ジョゼ・モウリーニョ(現フェネルバフチェ)といった名将ですら2年以内でクビを切った。監督の要求には応えず、それで失敗した場合も、会長としての責任は取っていない。
「ポステコグルーを100パーセント支持している」と10番のジェームズ・マディソンが訴え、GKのグリエルモ・ヴィカーリオは「ボスが俺たちを信じてくれたからこそ、ヨーロッパリーグで優勝できた」と感謝していた。メディカルスタッフに疑問を抱いたロメロでさえ、ヨーロッパリーグ優勝後にはSNSで次のように発信している。
「われわれは続けなくてはならない。これが進むべき道だ」
選手たちの総意は、「ボスの続投」だったに違いない。
【横浜に帰ってくるシナリオも...】
「サウジアラビアのアル・アハリが興味津々」
「ブンデスリーガからオファーが届いた」
「しばらくの間は充電」
ポステコグルーの今後に関する噂は早くも飛び交っている。現時点で「JAPAN」の文字は見当たらず、古巣の横浜FMでは川井新体制がスタートするだろう。
「成功したまま去る」という彼の信念を踏まえると、復帰は難しいのだろうか。しかし、誠意をもって接すれば、人は誰でも考えを変える。
いつの日か、ポステコグルーが再び横浜に立つ──そんなセンチメンタルなシナリオも悪くはない。