インディ500予選で佐藤琢磨ひとりだけが回生! 琢磨オリジナル「リジェン‐デプロイ ストラテジー」の考え方

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2025年06月20日 18:20  AUTOSPORT web

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インディ500自己ベストグリッドの2番手を獲得した佐藤琢磨。琢磨だけが行ったハイブリッドシステムの使い方とは?
 レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングから『第109回インディアナポリス500マイルレース』に挑んだ佐藤琢磨。インディ500初導入となったハイブリッドシステムを搭載した新型パワーユニットを使いこなし、予選では自己ベストの2番グリッドを獲得。3度目の制覇を目指し挑んだ決勝レースは、最多ラップリードを記録するも9位で16回目のインディ500を終えた。


「あの使い方は、ハイブリッドシステムの概要と詳細を1月のチームとのテクニカルミーティングで聞いた時、すぐに思いつきました」

 今年のインディ500では佐藤琢磨が予選でもおおいに魅せた。

“琢磨オリジナル”とも言うべき、ある意味セオリー外のハイブリッドシステムストラテジーを披露。結果につなげ、強い衝撃を与えた。それは、予選アタック中、ハイブリッドシステムをデプロイ(力行)だけに使うのではなく、リジェン(回生)にも使ったことだ。

 エネルギーを回収すればスピードは落ちる。少なくとも予選ではデプロイだけを使うことがセオリーと考えられていた。しかし、琢磨は予選1回目の最初のアテンプトでアタックラップに入る前の4コーナー立ち上がりでデプロイし、1周目の1コーナー進入時にリジェン。

 これを2コーナー立ち上がり、3コーナー進入……と繰り返した。4→1コーナー、2→3コーナーはロングストレート。ここで稼ぎたい。それはわかるが、リジェンするとスピードが落ちるのでは……という周囲の疑問をよそに、最終的に2番グリッド(最前列中央)を確保した。

 この衝撃はいまだ日本でも収まりを見せていない。そこで、琢磨オリジナルの発想に至るまでの考え方を琢磨に解説していただくことにした。

 これを理解するにはまず、インディ500でのハイブリッドシステムの機能をひととおり押さえておく必要がある。

「デプロイできるのは当然アクセルONの時だけです。デプロイも基本的にはボタン操作で行ないます。ふたつのモードがあり、選ぶことができる。ボタンをプッシュ&ホールドで押している間だけ電池が残っている限りデプロイができるモードと、プッシュ&リリースで1回押せば使い切るまでデプロイするモードです」

「デプロイ時のトルクは最大50N・mぐらいで使えます。ただ、50N・mだと、3秒弱くらいしか電池が持たない。これは、例えば40/30/20/10N・mにすることもできる。そうやって少しずつ使う場合は、5秒、10秒、20秒とデプロイの時間を伸ばすことができます。ちょびちょび使うか、ドカンと一気に使うかは、クルマが走る前に決めないといけない。そこはストラテジーによって変わります」

「リジェンについては3つ、やり方があります。ひとつはオートマチック。これはアクセルオフした時にどれくらいリジェンしていくか――常にリジェンするかリジェンしないか、あるいはその強弱を、ロータリースイッチで変えることができます。リジェンを完全にオフとすることもできるし、最大値の35N・mで一気にリジェンを始めることもできる」

「もうひとつはマニュアル。アクセルオンの状態でもリジェンはできます。この時の強弱のレベルについては、ボタン操作の場合は最大値になりますが、そのボタンの場合も例えば35Nmで一気にやるのか、あるいは例えば20Nmにするのか、ということを決めることもできます」

「ステアリング裏のクラッチパドルを使うことでも、0〜100%までリジェンの強度を変えることができる。パドルを100%引き切れば35N・m、引き具合が50%なら約16〜17N・mといった具合です。どれぐらいの強弱でリジェンするかについては、必要に応じてドライバーが決めることができます」

「リジェンに関してはアクセルオフ、ボタン、パドルで、アクセルオフの場合はオートでオン/オフができる。大きく分けると4パターン、変えられるようになっています」

 そしてこれも琢磨オリジナルの理解に欠かせないのだが、一般的にハイブリッドシステムではモーターが駆動系と常時連結しており、回生の強さ=抵抗は電池(インディカーではキャパシター)の残量が多いほど弱く、残量が少ないほど強いという特性を持っているということ。これはインディカーでも同様だ。

「細かい原理は省きますが、常に満充電にしておいたほうが純粋な機械抵抗が少ないという意味で、レースではみんな常に100%にしておこうとします。使ったら、使った直後にどこかで回収しないと、結局自分が苦しくなるからです。そして、空気抵抗と相まって例えば225mphでちょうど(推進力と空気抵抗の)均衡がとれているところに回収のための機械抵抗が加わると、速度が落ちてしまうんです」

 こうした仕組みや特性を把握してすぐ、琢磨オリジナルの可能性を感じたというわけだ。

「まず、風向き、ギヤ比、ダウンフォースレベルの3つが密接に絡んでくることを計算に入れる必要があります。オーバルコースでは、片方が追い風の場合、もう一方は向かい風になる。それに合わせてもちろんギヤシフトしたりします。ただ、時として、ギヤが回り切らなかったりもする」

「一番上のギヤがロングすぎたり、逆に(下のギヤが)ショートすぎたりなどが原因で。インディアナポリス・モータースピードウェイ(IMS)の1コーナーと3コーナーはロングストレートの直後なので、トップスピードは240mphなどに達する。そこでのスピードだけを考えれば、ギヤはロングのほうがいい」

「ところが、(それに合わせて)最適化したギヤ比でコーナーに入っていくと、実際にはコーナリングした時の(路面からの)抵抗で、エンジン回転数もスピードも落ちていく。となると、シフトダウンするか、ショートのギヤで行くしかない。みんな普通はシフトダウンします。ところが、シフトダウン時にはクラッチが切られるからその瞬間に駆動力が抜け、空走が発生して、一瞬1マイルぐらい落ちてしまう」

「ギヤチェンジ時は毎回、駆動力のカットがある。この取り分はどちらがあるのかというと、結局はほとんど±0になるんです。それなら、ギヤチェンジをしないほうが効率はいい。ただ、その場合、片方ではギヤが回り切って(=エンジンのレブリミットに達して)しまい、もう片方では回り切らない(=レブリミットまで回転数の余力が残る)ということが起きる」

「レブリミットに達すると、ハンチング(エンジン回転数が上がったり下がったりして一定でなくなること)して、大きなロスになるので、(未然に防ぐ)『ソフトリミッター』というものが作動します。これは、ハンチングしないように、電気的にスロットル開度を抑えたり、リタード(点火時期を遅らせる=燃焼圧力が下がる)したりして、回転数が一定になるようにスピードを調整するものなんですが、調整するということはエンジン出力が落とされるということと同じ……だと」

「自分はここに着目して、出力を落とすのであれば、アクセル全開のまま回生すればいいんじゃないかと考えました。ソフトリミッターで速度を落とすのではなく、ギヤが回り切ってしまうことを回生によって止める。そして、そこで回収したエネルギーをデプロイする、という考え方です。予選アタックの4周中、8回デプロイし、7回リジェンしていました」

 ただ、これを計算どおりに遂行するためには、「事前の準備とドライバーの走りながらの勘がすごく重要です」と琢磨は言う。

「コンディションやドライバーの走り方でリジェンの開始/終了箇所などが10〜50m単位で変わるので、そのあたりを高い精度で対応する必要があります。自分のやり方だと、デプロイも含めてチームからの無線指示は一切なく、すべて自分で判断していました」

 琢磨オリジナルは極めて複雑かつ細かいシミュレーションが必要で、HRC USのサポートがなければ陽の目を見ることはなかったという。そのHRC USも琢磨から話を聞いた際、「技術的には可能だけど……」と最初はポジティブな反応ではなかったのだとか。

 純粋なスピードを追求する予選で、抵抗になるリジェンを行なうことはリスクが高すぎる……。誰だって疑問に思うだろう。だが、「そういうやり方もある」と感じたHRC USのエンジニアもおり、「最終的な判断は自分やチームがする」ということで、琢磨が希望するシミュレーションをHRC USが実施。そのデータをチームに持ち帰り、チームのサポートエンジニアと徹底的に読み解いていって、手順を完成させた。

 IMSに着くと、HRC USからの運用についての案内に琢磨オリジナルが載っていたという。

「もしこの案が自分発信なのだとしたら、他のチームには秘密にしておいてくれないかと頼んだのですが、見事に『リジェン‐デプロイ ストラテジー』が入っていました(笑)。推奨ではありませんでしたが、彼らとしては知ってしまった以上、入れざるを得ないですからね」

 プラクティスでは多くのドライバーが試したものの、結局、予選本番で他に琢磨オリジナルをトライしたドライバーはいなかった。

「それぐらい難しいものだったんだと思います。もちろんトータルでのパフォーマンスですが、自分はそれを使って、ホンダで唯一のフロントロウを確保できたのですから、やった甲斐、効果は充分にあったと思います。でも、来年はみんな挑戦してくるかも(笑)」

 インディ500の予選の模様は有名動画サイトのインディカー公式チャンネルなどにハイライトなどが上がっている。いま一度、見返してみると、新たな発見があるはずだ。

[オートスポーツweb 2025年06月20日]

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