
彼女は自分の時間を全て仕事につぎ込んで野心を燃え上がらせていくような働き方ではなく、自分の時間を大事にし、心身の健康を保ちながらスローダウンして生きていくというライフスタイルを選択した。
かつて「24時間戦えますか」というCMがあった。コロナ禍を経て若干、働き方は変わってきたが、それでもまだ長時間労働、仕事中心の生活を送っている人は多い。
特に家庭をもった女性たちの働き方は、ときに独身従業員たちとの軋轢(あつれき)を招く。自分の生活を大事にしながら働く人、仕事にやりがいを見いだす人、どちらも納得できるよう企業や社会に求められるものは多いはずだ。
かつてはバリキャリを目指したけれど
新入社員時代から30代に入るころまではバリキャリを目指していたというアオイさん(39歳)。だが7年前、同期入社の男性社員がいきなり若くして役付となり、彼女は愕然とした。
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会社からの答えは衝撃的だった。若い女性では前例がないからだそうだ。だったら最初の例にしてほしい、私では何が不足なんだと問い詰めたが、社長判断だと一蹴された。だからこの会社はダメなんだと、アオイさんは暴言を吐いた。
「まあ、でも大方の役員たちは私を気の毒がってくれていたので、暴言に関しては注意だけですみました。もう少し頑張ってくれたら、きっといい立場に就けるからと言われたんですが、この一件で、なんだか今まで頑張ってきたのがバカバカしくなってしまいました」
もう頑張る必要はない
結局、女だからという理由だけで出世できない。社内環境を女性のために整えたい、仕事をしたい人が思いきりできるように、あるいは私生活を充実させたい人にはそれがかなうようにしたいと思っていたアオイさんだが、会社側にその気がないと分かり、バリキャリ幻想はあっさり消えていった。「最低限の仕事をこなしていれば、なんとか食べてはいける。余った時間でリフレッシュしたり、無理のない範囲で給料が上がるような勉強をしたりする方向に切り替えました。尊敬する上司がいたので、その人のために頑張りたいとも思っていたけど、その上司も定年になりましたし、もう会社のため、上司のために頑張る必要もなくなった」
確かに体はラクになった。ストレスも抱えなくなった。それでも「どこか物足りない」気持ちはある。今からの転職も厳しいので、「あとは結婚くらいしかすることがないかもしれません」とアオイさんは皮肉な表情で言った。
私生活を最優先して大正解
「私はもともと仕事は生活するためのものと考えていました。やりがいとかあまり必要ない。でも一時期はハッパかけられて、受けたくもない昇進試験を強要されたりもしました。うっかり受かってしまって大変だった時期もあります」サホコさん(43歳)は、笑いながらそう言った。大卒で今の会社に就職したが、将来に希望が持てそうな会社だったというのが志望動機。つまりは給料が上がることを望んだのだ。仕事はそれなりにやっていた。必要な資格も取得した。
だが28歳のときに学生時代からの友人と結婚、30歳で出産すると「前からそうだったけど、仕事より自分」にさらに傾いた。
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会社の姿勢に希望が持てない
33歳で第二子を出産、定時で帰る働き方を選択した。仕事は生活の手段と割り切っているが、この先、子どもたちが成長したら話は変わるかもしれないと考えたこともある。「ただ、会社の姿勢を見ているとあまり希望は持てないんです。20代30代のやる気のある女子たちも、結局、あまり認められることがない。本当にやる気と能力のある人たちはむしろ会社を見限って去っていく。そんな状況にしか見えない。昔ながらの上層部が会社を牛耳って若い意見を聞かない職場は、先がないだろうなと思っています」
後輩たちに働きやすい職場を作りたい思いはある。もっと仕事にどっぷり関わってみたい気持ちもまったくないわけではない。だが、現実を考えると無理、だからよけいなストレスを抱えず、どんどん私生活重視に傾いていったという経緯があるサホコさん。
「やりがい搾取なんて言われてしまうこの時代、企業はもっと働く人たちのことを考えた方がいい。本気でそう思います」
表情が厳しくなった。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))
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