世界で150億円以上の興行収入となった2023年の映画『ゴジラ-1.0』。米国の第96回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞し、世界からも高い評価を受けた。2025年3月には、デジタルメディア協会が主催する第30回AMDアワードで「大賞/総務大臣賞」を受賞した。
『ゴジラ-1.0』は「ゴジラ」シリーズ前作の庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』(2016年)に続いて、日本映画でフルCGのゴジラを描いた点が特徴だ。『シン・ゴジラ』が国内82.5億円のヒットとなり、後継作を制作するにあたり、『ゴジラ-1.0』の山崎貴監督は、『シン・ゴジラ』との徹底的な差別化を図ったという。
いったいどのような戦略で作品を作り込み、『ゴジラ-1.0』を世界的な成功に導いたのか。山崎監督に聞いた。
●前作・庵野秀明『シン・ゴジラ』へのプレッシャー 「ペンペン草も生えない」
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――山崎監督はCGテクノロジーと映画の歴史を築いてきました。『ゴジラ-1.0』は第96回アカデミー賞で視覚効果賞にも輝きました。本作は自身のキャリアの中でどのような位置づけになるのでしょうか。
「ゴジラ」シリーズ前作、庵野秀明監督の『シン・ゴジラ』(2016年)に対抗しなければならない意識がものすごく強くありました。それはもう、恐怖に近い感覚でした。『シン・ゴジラ』は自分自身も心から認めている作品ですし、世間的にも非常に高い評価を受けています。
もし自分が好きじゃない作品だったら「世の中はゴジラが好きなんだな」と割り切れるのですが、自分も大好きな作品だったので、その後に何かを作るとなると、まるでペンペン草も生えないような状況なんです。あれだけ良いものができてしまうと、誰も次をやりたがらないんじゃないかとすら思いました。
実際、私はずっとゴジラをやりたいと思ってきましたが、技術的な面、例えばマシンのスピードなどの問題で、自分がやりたいゴジラを実現するのは難しいと感じていた時期もありました。そんな中で『シン・ゴジラ』が出てきてしまったので、正直なところ「大変迷惑だな」と思ったこともありました。
――『シン・ゴジラ』による“焼け野原”の中で、山崎監督が手を挙げた形となりました。
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今回のゴジラの話をいただいた時に、「このままいくとゴジラの火が消えてしまうんじゃないか」という危機感がありました。実際、7年間も新作が作られていなかったのです。それはやはり、みんな『シン・ゴジラ』の後に作るのが怖かったからだと思います。
あまりにも出来が良すぎたけれど、誰かが挑戦しないといけない。そんな気持ちも少しありました。自分が貧乏くじを引きに行くような感覚もありましたが、それでも「やれることは全部やろう」と決意して臨みました。
『シン・ゴジラ』への恐怖心が、逆に今回の作品にとっては大きなプラスになったと思います。今までも一生懸命やってきましたが、今回は本当に相当な覚悟と努力で臨みましたし、その結果がこうして評価されたことは本当にうれしいです。
●『シン・ゴジラ』との徹底的な差別化戦略
――山崎監督は2021年に西武園のアトラクション「ゴジラ・ザ・ライド」も手掛けました。その経験は本作にどう生きましたか。
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ゴジラのコンテンツを作ってみて、あらためて感じたのは、「ゴジラとの距離の近さ」に対する恐怖です。緻密に作られた怪獣というのは、どれだけ寄ってもディテールがしっかりしているので、本物に見えてしまうんです。視聴者の中の潜在意識が「これだけ細かいディテールがあるなら本物なんじゃないか」と錯覚するわけですね。
その点、デジタル技術のメリットは、細かい部分のディテールまで徹底的に追求できる点が大きいです。着ぐるみでは成し得なかった、ゴジラにかなり接近した絵を撮っても成立する点は、まさにデジタルならではの強みだと感じています。
西武園の「ゴジラ・ザ・ライド」を作った時も、「こういうアプローチならいけるかもしれない」と手応えを感じました。『シン・ゴジラ』を超えることは難しいかもしれませんが、少なくとも並ぶものが作れるんじゃないかという感触がありました。今回の『ゴジラ-1.0』も、その経験や自信が大きく生きていると思います。
――『シン・ゴジラ』と、どこを差別化したのでしょうか。
私は『シン・ゴジラ』のとにかく裏を狙うことを意識しました。『シン・ゴジラ』は、キャラクターたちの人間ドラマをあえてカットすることで、クールでドライな雰囲気が非常に高く評価された作品です。だからこそ、私は逆に、人間ドラマたっぷりの超エモーショナルな作品に仕上げようと決めました。
また、『シン・ゴジラ』は主に陸での騒動を描いていたので、私は海を舞台にしようと考えました。さらに、『シン・ゴジラ』が現代の物語であるのに対し、私は第二次大戦直後という特殊な時代設定にすることで、徹底的に差別化を図りました。
とにかく『シン・ゴジラ』の裏を突き詰めていくことで、なんとか違いを出そうとしたんです。自分がこれまでの作品で得意としてきたジャンルや土俵。例えば『ALWAYS 三丁目の夕日』で描いた昭和の時代や、『永遠の0』『アルキメデスの大戦』などで扱った戦争の時代。そういった自分が勝負できる材料のある世界観に、ゴジラを引っ張り込むという作戦をとりました。そうすれば、それなりに戦えるのではないかと考えたんです。
――非常に緻密な狙いがありますね。
そうなんです。『ゴジラ-1.0』はある意味、戦略商品なんですよね。『シン・ゴジラ』と戦うための。
●若手とベテランの融合が生み出した『ゴジラ-1.0』
――マーケティングの観点から見ても、とても興味深いお話です。制作の裏に、若手クリエイターの活躍もあったようですが、具体的にどういった点が印象的でしたか。
デジタルネイティブの若いスタッフたちは、僕らの世代が想像もできないような大量の情報を平然と扱えるんです。私たちはどうしても、マシンパワーが遅かった時代の癖が抜けていません。例えば水のワンシーンだけで1テラバイトを超えるデータ量になると「もう1テラいっちゃったよ」と驚いてしまう。でも、若い子たちにとっては「テラ」なんて当たり前で、そこからがスタートなんです。何日間もかけてレンダリングすることにも全く動じないし、「いいものを作るにはそのくらいかかるでしょう」という感覚でやってくれるのが本当にありがたかったですね。
ただ、そういう若手だけで作ると、今度は映画が完成しなくなってしまう。そこで昔からやっているベテランスタッフには各シーン数百ギガくらいのデータでしっかり作ってもらい、ここぞという場面では、ちょっと頭のおかしいくらい突き抜けた若手にスーパーショットを作ってもらう。そうやってバランスを取りながら制作を進めました。絶対にスーパーショットは必要ですし、でも映画として完成させることも大事。そのバランスの中で、なんとか作品を作り上げました。
●日本映画界の人材育成と海外進出の課題
――今後の映画業界を考えると、人材育成が不可欠です。少子高齢化が進み、日本映画の相対的な位置も変化しています。この20年で日本映画がどう変わったと感じますか。また、これからの課題はどこにあるとお考えですか。
私自身、思っていた以上に海外、特に米国が日本のコンテンツに強い関心を持っていることを実感しています。アカデミー賞を受賞したあと、さまざまな監督やプロデューサーと話す機会がありましたが、最初はリップサービスかと思うほど日本への興味を口にするんです。でも話を重ねていくうちに「これは本気だな」と感じるようになりました。
米国では、もう物語のパターンが出尽くしてしまい、ハリウッドは安全策ばかりをとる結果、どの作品も似たり寄ったりになる傾向がとても強いのだそうです。だからこそ、日本人のちょっと跳ねた発想力や、独自性が非常に新鮮に映るようです。アジアの作品を見ることもNetflixやAmazonプライム・ビデオなどの配信サービスなどで日常的になっています。今がまさに勝負どころだと思います。
『ゴジラ-1.0』もそうですが、『SHOGUN』のような作品が米国で大ヒットし、日本人から見ても渋いと思うような内容が、米国の観客にしっかり評価されて大きな成功を収めています。こうした状況がいつまで続くかは分かりませんが、今のうちにこれを足がかりにして、次の段階へ進んでいく必要があると感じています。
日本の映画産業は正直なところ、じり貧の状況です。かつては国内市場だけで十分に成り立っていましたが、今はそうもいかなくなっています。香港映画や韓国映画のように、海外市場を視野に入れなければ成り立たない時代になってきました。そろそろ日本映画も海外に出ていかないと、帳尻が合わなくなってしまうと思います。
また、スタッフ全員がもう少し経済的に恵まれた生活を送るためにも、外資をうまく取り入れていく必要があると強く感じています。これは冒険であり、失敗することもあるかもしれません。今は風向きが良いので、ぜひ挑戦してみる価値があると考えています。野球で大谷翔平選手をはじめ、日本人選手が世界で活躍しているように、映画でも日本人が中心になって世界で勝負できる時代が来ています。今こそ手を広げていくチャンスであり、私たちにはその責任があるのではないかと思っています。
(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)
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