交際していた複数の男性が相次いで不審な死を遂げていることが判明し、無期懲役を言い渡された女。週刊誌記者の主人公は拘置所の彼女に向けて手紙を送り、取材を試みる――。
‘07から‘09年の木嶋佳苗死刑囚による“首都圏連続不審死事件”をモチーフにした柚木麻子さんの長編小説『BUTTER』(新潮社)。‘17年に発表された本作がいま、海外で爆発的な人気を集めている。
‘20年1月に文庫版が刊行されると、同年夏にはフランスから早くも翻訳オファーが。その後もイタリア、ドイツ、スペインと依頼が殺到し、そして‘24年にイギリスで翻訳されるとたちまちベストセラーに。
同国の大手書店チェーンが選出する「ウォーターストーンズ・ブック・オブ・ザ・イヤー 2024」を受賞し、今年5月にはイギリスの文学賞「ブリティッシュ・ブック・アワード」のデビューフィクション部門を受賞。どちらの賞も日本人初の快挙となった。本作は現在、36カ国での翻訳が決定している。
小説では、記者である主人公が、世間を賑わせた連続殺人犯の単独インタビューを試みるうちに次第に彼女の生き方に感化されていく。しかし、著者である柚木さんの狙いは、事件の内容を詳らかにすることではなかったという。
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「私がこの小説で一番書きたかったのは事件の真相ではなく、“料理をする女性像”についてだったのです。
事件当時、多くのメディアが、木嶋死刑囚が高級フランス料理教室に通っていたと報じました。私自身がもともと料理好きということもあって、事件のルポルタージュを読んでいて、その箇所に“あれ?”と引っかかったんです。
当時、その料理教室は“お金持ちのマダムが通う教室”などと報じられていたのですが、実際は本格的なプロのシェフを育てるための調理師養成施設だったんです。授業料も高額で、決して興味本位で気軽に通えるような教室ではない。
《彼女は純粋に料理を愛していたのではないか》と思った私は、当時の報道のなかに“女性は男性のために料理教室に通うものだ”という社会的なバイアスや偏見が隠されているのではないかと考えたのです」
海外では、日本社会での女性の地位や体形への偏見、食の喜びについての深い洞察に富んだ小説として評価されている本作。外国でのヒットの理由を、柚木さん本人はこう振り返る。
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「‘16年に芥川賞を受賞した村田沙耶香さんの小説『コンビニ人間』が火付け役となって、近年とくにイギリスでは日本人女性作家の小説がちょっとしたブームになっているようなのです。私の作品もそのトレンドの中で読まれているような印象を受けています。
もちろん一世代上の女性作家でいうと多和田葉子さんや小川洋子さんなどは世界的に有名ですが、最近ではとりわけ40代ぐらいの日本の女性作家の小説を読むことが“カッコいい”ものとしてイギリスでは受け入れられているようなのです。
またポリー・バートンさんという日本文化に造詣が深い翻訳者の方に恵まれたことも、ヒットの大きな要因だったと思います」
■「海外では文学がすごく熱いコンテンツなんだと感じさせられた」
海外のサイン会などに呼ばれて現地の読者と触れ合うことで感じた“日本との違い”も多く、そこにヒットの理由も垣間見えたという。
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「サイン会や講演会で国外に行かせてもらいましたが、まず日本とは読書文化の土壌が全然違いました。イベントを開けば1000人以上が集まり、サイン会にも日本では考えられないほどの人たちが並ぶんです。海外では文学がすごく熱いコンテンツなんだと感じさせられました。
作品の反響について言えば、海外の読者からは『こんなことを書いて大丈夫なの?』という意見が多かったのが印象的でしたね。おそらく海外では、日本で女性のクリエイターが社会批判をしたら、相当叩かれると思われているんじゃないかな?
例えばファットフォビア(肥満嫌悪)は海外では大きな社会問題で、日本みたいに《容姿の話をするのはやめよう》というレベルではなくて、容姿で他者を判断することはそれだけで《憎むべき差別主義者》という扱いなんですね。
その意味で、私の作品はファットフォビアに関する小説でもあり、またそのタイトルがあえて“バター”と名付けられている点が挑戦的と思われたようです。
また海外の出版エージェントからは《フェミニズムやルッキズム、ケアの問題など、あなたの小説は様々な要素が入り混じっていて、物語がどこへたどり着くのかが全く予想できない》とも言われました。そのジャンル分けの難しさが、海外では新鮮に映ったのではないかと私個人としては受け止めています」
5月29日には、英国推理作家協会賞(ダガー賞)の翻訳部門の最終候補作にもノミネートされた本作。『BUTTER』の波紋は広がり続けていく――。
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