【連載】
松井大輔「稀代のドリブラー完全解剖」
第6回:ルイス・フィーゴ
1990年代から2000年代にかけて、世界中のサッカーファンを魅了したひとりのスーパースターがいた。元ポルトガル代表のフィーゴだ(本名ルイス・フィリペ・マデイラ・カエイロ・フィーゴ)。
1989年に地元の名門スポルティングでトップデビューを飾ったフィーゴは、その後、スペインの名門バルセロナに移籍。数々のタイトル獲得に貢献すると、2000年にはライバルのレアル・マドリードに新天地を求めた。
すでにスター選手として名を馳せていたフィーゴが「禁断の移籍」を果たしたことで、その当時は強烈な批判を浴びることとなった。しかしある意味、それはフィーゴという存在がいかに大きかったのかを象徴する事件とも言える。
結局、レアル・マドリードで5シーズンを過ごして「銀河系軍団」を形成したフィーゴは、2005年にイタリアの名門インテルに移籍すると、2009年に36歳で現役を引退した。
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そのフィーゴの代名詞と言えば、何と言ってもドリブルだ。とりわけタッチライン際で繰り広げたテクニカルなドリブルには、惚れ惚れするような美しさがあった。
果たして、あのドリブル突破には、どんな技術が隠されていたのか。なぜ、あれほど相手を翻弄することができたのか。
現在浦和レッズで育成年代を指導するほか、Fリーグ(日本フットサルリーグ)理事長も務めている松井大輔氏に、フィーゴのドリブルの特徴について解説してもらった。
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「フィーゴのドリブルで特徴的なのは、足のインサイドとアウトサイドで交互にボールタッチしながらドリブルをすることと、ボールをまたぐフェイント(シザース)を巧みに使って相手を揺さぶることですね。しかも両足を高いレベルで使えるので、対峙する相手にとってみると、左右どっちから抜こうとしているのか、読みにくい選手だと思います。
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【ハイレベルなキックフェイント】
近代サッカーでは、右ウイングは左利きの選手が、左ウイングは右利きの選手が務めることが多くなっています。しかし当時は、右利きのドリブラーは右ウイング、もしくはサイドハーフでプレーし、左利きが左サイドを担当するのが一般的でした。それは、サイドアタッカーの役割が主にクロスボールの供給にあって、そこまでゴールを求められていなかったからだと思います。
でもフィーゴは。右でも左でも同じレベルでプレーできたという点で、当時では珍しいウインガーでした。どちらの足も使えたからです。左右両サイドで縦突破ができて、カットインも得意という意味では、時代を先取りしていた選手とも言えますね」
松井氏が指摘したとおり、たしかに当時のフィーゴは右サイドを主戦場としながら、左サイドでも質の高いプレーを見せていた。そのなかで、主にチャンスメイクを担いつつ、自らゴールを決める決定力も兼ね備えていた。
「僕のなかでは、フィーゴのドリブルの最大の武器は『切り返し』にあったと思っています。あの巧みなキックフェイントは誰も止められなかったですし、今見てもあのキックフェイントはハイレベルだと感じます。
キックフェイントで大事なことは、切り返し後の『ボールの置き場所』です。
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たとえば、右足でキックフェイントをしたあとは、少し深く(マイナス方向に)ボールを動かして、自分の左足の前にボールを運んで、すぐに次のプレーに移行できるのがベスト。フィーゴの切り返しを見ても、すごく深い角度でボールを動かして、すぐに逆足を使ってプレーできるような場所にボールを置いています。
しかも、フィーゴはドリブルで抜いたあと、ピンポイントのクロスボールを配球することができますし、場合によってはカットインからのシュートもできる。そうなると、対峙する相手はキックされること自体が怖いので、ほとんどの場合でキックフェイントに引っかかってしまうのです。
【自分だけの特徴的なドリブルを】
おそらくフィーゴはそれを踏まえて、ドリブルのコンビネーションを組み立てていたのだと思います。あるいは、自分のドリブルに最大限の効果を生み出すために、クロスやシュートを磨いたのかもしれません。
特にフィーゴがスピードを武器とする選手ではなかったことを考えると、自分の特徴や武器に合わせたコンビネーションを組み立てて、あのオリジナルのドリブル突破を編み出したのだと思います」
スピードがない選手にとっては、まさにフィーゴはいいお手本と言える。
最近は「スピードがないとドリブラーにはなれない」という風潮があるが、松井氏はどのように考えているのか。フィーゴのドリブルは現代サッカーでも通用するのか、あらためて聞いてみた。
「もちろん現代サッカーでは、スピードのあるアスリートタイプの選手が重宝されていると思います。特にサイドアタッカーは、その傾向が強いかもしれません。
ただ、ドリブルの本質は、自分の武器をどのように試合で使うか、ということに変わりはありません。スピードを武器としなかったフィーゴのように、自分にキックという武器があるのなら、そこから逆算するようにドリブル突破までのコンビネーションを組み立てれば、十分にドリブルで相手を翻弄することができます。
そのためにも、まずは自分の武器が何かを知って、自分でその武器を活かすための組み立てを研究することが重要になります。もちろん、多くの武器を備えることも、武器を磨くことも忘れてはいけません。とにかく、スピードがないからという理由で、ドリブラーになることをあきらめる必要はないと思います。
たしかに最近のサッカーは似たタイプの選手が多いので、みんながロボットのように見えることもありますが、個人的には、それでは面白くないという気持ちがあります。そういう意味で、ドリブルこそ個性そのものだと思うので、ぜひ若い選手には自分にしかできない特徴的なドリブルを編み出してほしいですね」
故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る──。
フィーゴが世界を魅了したのは今から20年以上も前の時代ではあるが、そのなかには現代でも通用する数々のテクニックが潜んでいる。
(第7回につづく)
【profile】
松井大輔(まつい・だいすけ)
1981年5月11日生まれ、京都府京都市出身。2000年に鹿児島実業高から京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)に加入。その後、ル・マン→サンテティエンヌ→グルノーブル→トム・トムスク→グルノーブル→ディジョン→スラヴィア・ソフィア→レヒア・グダニスク→ジュビロ磐田→オドラ・オポーレ→横浜FC→サイゴンFC→Y.S.C.C.横浜でプレーし、2024年2月に現役引退を発表。現在はFリーグ理事長、浦和レッズアカデミーロールモデルコーチ、U-18日本代表ロールモデルコーチ、京都橘大学客員教授を務めている。日本代表31試合1得点。2004年アテネ五輪、2010年南アフリカW杯出場。ポジション=MF。身長175cm、体重66kg。