画像はイメージです iPhoneが日本に上陸したのもはや15年以上も前のこと。PHSや携帯電話の中高生への普及が原因と目された、「電話恐怖症の若者」の最初の世代ももう中堅である。
だが、電話を苦手とする若者は減るどころか、増加・悪化の一途を辿っているようだ。今回、電話応対が下手な職場の新人に手を焼いたエピソードを教えてくれたのも、かつては電話下手と揶揄された世代の当事者である。
都内の企業に勤務する村井優一さん(仮名・30代)いわく、「我々の世代の感覚からしても、今の子は完全に別のコミュニケーションスタイルなんです」と、その埋めがたいギャップの大きさを語る。
◆電話受けが出来ない新入社員
村井さんは物流業界の営業部に所属している。昨年の5月中旬には、研修を終えた新卒の山下果歩さん(仮名・20代)が配属され、教育係を任されることになったそうだ。
「研修担当者からは『良く言えば天真爛漫、悪く言えば常識がない人物』と聞いていました。実際に会ってみると、ハキハキしたしゃべり方で、コミュニケーション能力も高く、営業向きな素質を感じました」
下馬評よりも好印象を抱いた村井さんだったが、その期待はあっさり破られることになる。
「新人の仕事といえば、なにより電話応対。新卒のアラも春のうちならば、どの会社も大目に見てくれますから、最初の頃のダメっぷりはあまり気にしていませんでした。
自社の人間に“さん”づけをしたり、相手が切る前に電話をガチャ切りしてししまったりしても、これまで知らなかっただけで、教えれば問題ないだろうとタカを括っていたんです」
◆電話になると言葉遣いがおかしくなる
そう楽観視していた村井さんだが、社会人としての基本のマナー以前に「電話への不慣れさ」が予想をはるかに上回っていた。
「相手の名前を間違って伝える、保留にせず受話器を置いて切る、話しながらメモを取ることができないために伝言を伝えられない……。など、電話に関するトラブルは一通り起こしていました」
しかし、村井さんがもっとも頭を抱えたのはまた別の問題だったという。
「電話になると言葉遣いがおかしくなるんです。もちろん、厳密には対面でもおかしな敬語は混ざっているのですが、愛嬌や間合いなどの非言語コミュニケーションが達者だからか、あまり気にならない。
本人も自覚があるのかないのか、話し言葉しか使えない電話口ではあがっているようで、どんどん日本語が崩壊していってしまう。『お世話になっております』を『お世話でございます』とか、『お待たせしました』を『待たしくださいました』とか。
ちょっと言い間違えてしまう、たまに噛んでしまうくらいならかわいいものですが、先方から『子供でも雇っているのか?』と不審がられるほどに多発させていたんです……」
◆「教育係が甘やかしている」と、とばっちり
新人向けの電話応対マニュアルは当然あったが、さすがにカバーしきれない。
「とはいえ『数をこなして覚えるしかない』と考え、彼女が電話を取るたびに観察・指導しながら、電話対応を続けさせていました。成長がまったくないように思えたわけではないものの、おかしな敬語を使うクセは全然抜けませんでした。謙譲語と尊敬語の取り違えは序の口で、ひどいときには意味を汲み取ることも難しいほどの言い回しになっていたほどです」
それでも粘り強く指導し、成長に期待していた村井さんだったが、上長からの苦言が入ってしまう。
「わざわざ山下さんについての会議が開かれたんですよ……(苦笑)。そこで50代の部長に、『教育係の村井が甘やかしているのではないか。もっと怒るなどして、厳しく指導するように』と注意されてしまって。私は、『日も浅い今から厳しくしたら、辞めてしまうかもしれません。それでも強い指導がもう必要だと思われるなら、部長自ら言ってほしい』と強気に返しました。
ここまで言えば一旦は様子見にできると思ったのですが、甘かったですね。『おまえが教育係だろ。嫌われることを怖がって、言いたいことが言えていない』と、グチグチ言われてしまいました。なんにも現場のことがわかっていない、ふざけるなと内心キレたものの、私が『はい』と言うまで会議が終わりそうになかったので、しょうがなく従うことにしたんです」
◆なるべく優しく接したはずなのに…
翌日、村井さんは山下さんを会議室に呼び出した。
「あくまで私は怒りたくなかったので、『電話、上手くいかないみたいだね。どうしてだと思う?』と、なるべく優しく聞いたんです。ところが、『電話が苦手で……怖いんです』と泣き出してしまって。動揺しましたが、冷静を装いながら、『怖いのはわかるけど、マニュアルを覚えようとしたり自分で練習したりはしてる? 決まり切った基本の動作が少しもできないままでは、怖いのも当然だよ』と話しました」
怒りに任せるのではなく、あくまで適切な指導に努めようとしたという村井さんだったが……。
「山下は『それなら他の部署に行きたい』と言いはじめてしまって。でも、『他に行ける部署でも、電話対応をしなくていい場所はないよ。うちに限ったことでもなく、どの会社でもついて回るものだから、今我慢してマスターしたほうがいい』と説得を試みました。
最大限の配慮をして、『私は期待をしているし、引き続きがんばってほしい』などと締め括ったのですが……、彼女の姿を見たのはその日が最後になってしまいました」
指導の翌日から山下さんは会社に出てこなくなった。
◆村井さんのことが嫌いだから辞めた
「電話をかけても一切出なくなり、連絡が取れなくなりました。それでも私は『必ず出てくると思うから、休職のような形にしてあげてほしい』と人事に掛け合っていたんです。
なのに、退職代行サービスから『退職したいと言っている』と、ある日あっけない連絡がありまして。連絡がつかない・出社しない以上はどうしようもないので、相手方の言う通りにしましたが、せめて自分の口から言ってほしかったですね」
結局、山下さんは入社からたった3カ月で退職となった。それから月日は流れ、村井さんの心のモヤも晴れかけた年の暮れ、忘年会で驚きの事実が判明する。
「その年は忙しく、忘年会まで全体で集まる宴会がなくて、山下と同期である新人の子たちとは業務以外の話をする機会もなかなかありませんでした。そこで場が盛り上がってきた頃合いを見計らって、『山下、何をしているか知ってる?』と新卒組に聞いてみたんです。
すると、仲が良かったらしい子には、『山下は、村井さんの指導が厳しすぎて嫌だと言っていました……。私が電話を取りたくないと言っているのに、何度も取れと言ってきた、と。あれはパワハラだとまで話していました』と。
ほかの子からは『村井さんのことが嫌いだから辞めたと言っていた』とまで聞いて。かなりショックで、一気に酔いが覚めましたよ。最初から最後まで庇おうと動いていたのに、悲しいやら情けないやら」
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マニュアルがあり、ここまで親身になってくれる先輩があり……。それでも電話への恐怖心が勝り、味方の人間を敵視してしまうとは、「電話恐怖症」の根深さは想像以上かもしれない。
今後すべての電話が「カメラあり」になったら、“コミュ強”の彼女にとってはむしろ楽になるのだろうか?
あまり歓迎したくない未来に思えてしまうが、彼女には今の受電・架電スタイルこそが旧時代的に映っていたのかもしれない。
<TEXT/佐藤俊治>
【佐藤俊治】
複数媒体で執筆中のサラリーマンライター。ファミレスでも美味しい鰻を出すライターを目指している。得意分野は社会、スポーツ、将棋など