遠野清隆さん(仮名・50歳)。40代前半までバリバリ働いたが、うつ病により一時休職して年収大幅ダウン。親の介護負担が重くのしかかる物価高や税金・社会保険負担の増加で「中流」と言われた人たちの暮らしぶりが貧民化している。もはや「普通に生きるのもツラい」との声も聞こえるなか、取材班は3700人の中流層にアンケートを実施。裕福ではないが貧しくもなかった“平均的”暮らしは今、どう変わってきているのか?貧民化する「令和の中流」の実態を明らかにした。
◆妻との暮らしは「年々悪くなっている」
「妻と合わせて、世帯年収は約600万円。子供がいないので、なんとかやってきたけど、親が認知症を患って介護費用をウチらが負担してきたので生活はカツカツでした。貯金は500万円ほどあるけど、老後資金を貯めるほどの余裕はありません」
うつむいたままこう話しだしたのは、都内の通信会社の営業マンとして働く遠野清隆さん(仮名・50歳)。2歳年下の妻との暮らしぶりを「年々悪くなっている」と振り返る。
「実は5年前まで、私だけで年収は500万円以上あったんです。でも、管理職に就いてから文句ばかり言う年上部下に悩まされて、取引先のトラブル処理に追われ、残業時間が月100時間を超えた。それで、体もメンタルもやられて半年間休職したんです。復職したら、一気に3段階ぐらい降格させられて年収は300万円台に激減した。
それで賃貸マンションを引き払って東京・足立区の家賃7万5000円の区営団地に引っ越しました。閑職に追いやられたので、残業はなく、今後の昇給は期待できそうにありません。だから、食費を限りなく減らそうと、最近は自治体が災害用に備蓄していた賞味期限切れのアルファ米を激安で買ってきて、そればかり食べてます。50食入った1ケースが500円ぐらいで買えるので、スーパーで買った半額のお惣菜を何回か分のおかずにすれば、1食30円ぐらいで済むんです」
◆中流の地盤沈下が進んでいる
定年まであと10年。「リストラに怯えながら働いている」と話す遠野さんはしきりに老後の不安を口にするが、実は、その経済水準は決して低いものでもない。貧困問題を長年取材するジャーナリストの小林美希氏は次のように話す。
「国税庁『民間給与実態統計調査結果』(’23年)によると、会社員の平均給与は460万円ですが、給与階級別構成割合を見ると、『300万円超400万円以下』が最も高い割合(16.3%)を示しています。過去の統計でも同様の値を示しており、年収300万円台が“多数派”であることがわかります」
厚生労働省の「’23年国民生活基礎調査の概況」によると、日本全体の平均世帯年収は524万円だ。同じデータの中央値を見ると405万円まで下がる。つまり、遠野さん個人の年収は多数派に該当し、世帯年収は平均を若干上回る水準にある。その点で、遠野家は「日本のザ・中流」像に近い家庭と言えるだろう。そんな普通の家庭が苦しい生活を強いられているのは、中流の地盤沈下が進んでいるからにほかならない。
◆40代男性平均年収は26年で30万円以上減少
「国税庁の統計からは働き盛りの40代男性の年収が下がり続けていることがわかります。金融不安が起こった1997年と’23年を比較すると、40〜44歳の平均年収は645万円から612万円に減り、45〜49歳も695万円から653万円へと大幅に減少している。’00年代から正社員とそれ以外の派遣や契約社員というように雇用の二極化が加速したことで、中流層の平均的な収入が減り続けている。その間、税金や社会保険料負担は増加し続け、足元では物価高が進んでいるのですから、中流崩壊は待ったなしです」
今回、取材班が世帯年収400万〜700万円未満の中流層3700人を対象に行った調査では、ほぼ半数が「給料が何年も上がらない」と回答している。実質賃金が直近4月時点でマイナス1.8%を記録しているように、物価高を上回る賃上げはいまだに進んでいない。日本中の“普通の家庭”の暮らしは、どこまで貧しくなっているのか……。
◆3700人調査概要
今回、取材班は世帯年収400万〜700万円未満を「中流」と位置づけ、2人以上世帯で首都圏および大阪・名古屋などの大都市で暮らす30〜50代男女3700人に5月28日から6月3日にかけてアンケートを実施した。その調査対象の主な属性分布は下記のとおり。
子供あり・なし
子供あり 71%
子供なし 29%
働き方
会社員(正社員) 71%
会社員(契約・派遣) 8%
公務員 4%
自営業 7%
専業主婦 10%
世帯年収
400万〜500万円 37%
500万〜600万円 49%
600万〜700万円 14%
◆3700人の肖像
給料が何年も上がらない! 1638人
中流層3700人のほぼ半数が給料が上がっていないと回答した。
【労働問題ジャーナリスト 小林美希氏】
『週刊エコノミスト』記者を経てフリーに。就職氷河期世代の雇用や子育ての問題を継続的に取材。『年収443万円』など著書多数
取材・文/週刊SPA!編集部
―[[中流貧民]3700人の肖像]―