
【写真】ジュリーの沈黙を静かに見つめる 『ジュリーは沈黙したままで』場面写真
本作は、新しい視点で15歳のテニスプレーヤーの心に迫った作品。2025年アカデミー賞国際長編映画賞のベルギー代表に選出され、2024年カンヌ批評家週間でプレミア上映、SACD賞を受賞した。
ベルギーのテニスクラブに所属する15歳のジュリー(テッサ・ヴァン・デン・ブルック)は、その実力によって奨学金を獲得し、いくつもの試合に勝利してきた、将来を有望視されているプレーヤー。しかしある日、信頼していた担当コーチのジェレミー(ローラン・カロン)が指導停止となりクラブから姿を消すと、彼の教え子であるアリーヌが不可解な状況下で自ら命を絶った事件を巡って不穏な噂が立ちはじめる。
ベルギー・テニス協会の選抜入りテストを間近に控えるなか、クラブに所属する全選手を対象にジェレミーについてのヒアリングが行われ、彼と最も近しい関係だったジュリーにとっては大きな負担がのしかかる。テニスに支障を来さないよう日々のルーティンを崩さず、熱心にトレーニングに打ち込み続けるジュリーだったが、なぜかジェレミーに関する調査には沈黙を続け…。
監督は、ケガを隠して競技を続ける12歳の体操選手を描き、カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された短編『STEPHANIE』(2020)で注目を集めた、ベルギーの新星レオナルド・ヴァン・デイル。本作でも監督は、スポーツ界で子どもが「小さな大人」として扱われる現実に強い問題意識を投げかける。
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主人公となる、15歳の天才ジュニア選手・ジュリーを演じたのは、実生活でも若きテニス選手であるテッサ・ヴァン・デン・ブルック。そのリアルな競技描写が、沈黙は弱さによるものではなく、強い意志の象徴であると悟らせる。そして選手とコーチの関係性という曖昧で危うい領域に迫りながら、試合に向けたサーブの練習、けがのリハビリ、ジムでのトレーニングといった断片的なシーンの連続が、少女がスポーツを<逃げ場>として利用していることを浮き彫りにしていく。
登場するティーンエイジャーたちは全員ノンプロの俳優。実際の所属クラブの仲間たちをほかの子役に起用することで、ヴァン・ディル監督は幼い主演俳優が安心できる空間づくりを徹底した。
35mmと65mmフィルムで捉えられた美しい映像は、『ダム・マネー ウォール街を狙え!』(2023)、『クルエラ』(2021)などで知られるニコラス・カラカトサニスの撮影によるもの。固定カメラによる静謐(せいひつ)なフレーミングで、しばしば自然光のコントラストの中に人物を沈ませ、まさにダルデンヌ兄弟を思わせる自然主義的な手法で一人の少女の感情を浮かび上がらせていく。
そして、緊張感のあるボーカルスコアを担ったのは、アメリカの現代クラシック作曲家キャロライン・ショウ。ヴァン・ディル監督とベカールによる脚本は、思春期の揺れ動く心理に寄り添いながら、観る者にジュリーの沈黙の行方をそっと委ねている。
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なお今回、ヴァン・ディル監督の声明文も公開。「ジュリーが沈黙する姿を見て、なぜ沈黙するのか耳を傾けてほしい」という言葉の通り、現代社会のあふれかえる情報の中、沈黙と向き合い、自分の頭の中で考え尽くすことでしか辿り着けない“沈黙の意味”を、監督、そして劇中の登場人物たちと共に手探りで探していくミステリーのような作品にもなっている。
映画『ジュリーは沈黙したままで』は、10月3日より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほかにて公開。
※レオナルド・ヴァン・デイル監督の声明文(全文)は以下の通り。
レオナルド・ヴァン・デイル監督による声明文(全文)
『ジュリーは沈黙したままで』との個人的なつながりについて語りたくなるが、皆さんにジュリーの声を聞いてほしい。ジュリーが沈黙する姿を見て、なぜ沈黙するのか耳を傾けてほしい。
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優しい沈黙もあれば強烈な沈黙もある。時に暴力的で、特に力を与えてくれる。ジュリーの沈黙に飛び込むことは驚くべき旅だった。ジュリーは思いがけない形で私を導き、自分自身やこの世界について理解を深める手助けをしてくれた。私たちは皆、何らかの形でジュリーであり、それぞれが沈黙を抱えているのだと気づかせてくれた。
新たな章を開くということは、ジュリーを放つことを意味する。はっきり言って簡単なことではない。ジュリーは強いけれどまだ若く、もろくもある。もし何かあったら?それでも…ジュリーの沈黙は皆さんに知られることになった。ジュリーの沈黙は今、あなたのものとなった。