
日本で初めて教師による児童へのいじめが認定された体罰事件を題材にした福田ますみのルポルタージュを三池崇史が映画化した『でっちあげ 〜殺人教師と呼ばれた男』が6月27日から全国公開された 。本作の主人公・薮下誠一(綾野剛)が勤める小学校の校長・段田重春と教頭・都築敏明を演じた光石研と大倉孝二に話を聞いた。
−最初に脚本を読んだ印象から伺います。
光石 何が真実なのか。何が正義なのか。いやもう本当に怖いなって思いました。
大倉 事件のルポが基になっていると聞いて、いや本当にこんなことがあるのかと。これはどこまでがフィクション化された話なのかと。でも撮影中に聞いた話では、かなりそのままだということだったので驚きました。
−今回は事なかれ主義の校長と教頭という役でしたが、実際に演じてみていかがでしたか。
光石 校長先生はこれが正義だと思っていますから、何のためらいもなく演じました。これがどう見られるかとか、映画の中でどういう作用になるのかというのはまた別の話なので。彼の場合、正義というか、まあ保身ではあるのですが、これ以外に何があるのと思っているというイメージでやりました。
大倉 あまりにも理不尽過ぎて…。光石さんがすごいと思うのは、あんな理不尽なことを全くよどみなく、本当にこの人はそう思っているんだなという感じでやられるんです。僕の場合は、あまりにも自分の言っていることが理不尽過ぎて、ちょっと笑っちゃったりしたんです。綾野くんもつられて笑っていた場面もありました。あまりにもひどいと人間笑っちゃうんだなって。
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光石 大倉さんのせりふでみんな笑いましたね。それを言うかって!(笑)。
大倉 本当にそんなことを言うのかなみたいな。客観性を持つとおかしくなってしまうんですよ。その意味では、光石さんの説得力に感動しました。光石さんがやるとこうなるのかと。何で僕がやるとこんなにうそくさいんだと。本当にすごいですよ。
−校長は自分が正しいと思っているけど、教頭はちょっと迷いがあるし、校長の言う通りにしなければならない苦しさもあるから、余計理不尽さが目立つのかもしれないですね。そんな校長が法廷のシーンではかなり追い詰められていく感じがありましたが。
光石 それをのらりくらりとかわすという。
大倉 こいつ悪いやつだから、(弁護士役の小林)薫さんもっともっと言ってやれって思いながら見ていました。
光石 早くこの時間が終わってくれ。定年退職前に面倒なことはもう一切排除したい。それはそれでよく分かります(笑)。
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−確かにあの場面は小林薫さんが素晴らしかったです。
光石 ああいう役は俳優としてはどうしても何かやってやろうとなるんですが、本当に自然体でさらりと力が抜けていて、でもやるところはちゃんとやるのがすごいです。薫さんには説得力がありますよね。勉強になりました。さすがです。
− 綾野剛さんと柴咲コウさんとの絡みもありましたが、お二人の演技を見てどんな印象でしたか。
光石 とにかく取り組み方が素晴らしかったです。綾野さんは本当に命を懸けてやっていらっしゃるような気がしました。柴咲さんは怖かったですね(笑)。
大倉 本当にもうリハーサルの時点で怖かったです(笑)。
光石 控え室だった教室から現場まで、ほんのちょっと3つか4つ教室を挟んで歩いてくるんですけど、初めは普通なのにだんだんと変わってくるんです。それで座った時点ではもうね…。
大倉 スイッチってあんなに簡単に入れられるものなんですかね。
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−柴咲さんの変化もすごいですが、綾野さんも前半と後半とでは全く別人のようでしたね。
光石 綾野さんは、今回は二役を演じ分けているようなところがあるのですが、両極端をやらなきゃいけないという大変さがあったと思います。だから今回は本当に身を削るような役作りをなさったんじゃないですかね。
−三池崇史監督の演出や映画に対する姿勢についてはどう感じましたか。
大倉 あまり無駄なことはおっしゃらないです。すごく明確な演出をなさいます。僕の場合は、校長と薮下先生との間に挟まれているという、スタンスにちょっとよどみがあったのかもしれなくて。監督から「きっぱりと、もっとはっきりと校長のように責め立てるようにしてほしい」と言われました。だから中途半端なことをしても駄目だと思いました。
光石 三池組は、キャスティングをした時点でもう設計ができています。あとは俳優がどういうもの持ってくるのかを見て、微調整をしてくださる感じです。だから、とてもやりやすいです。ただ、今回はスタッフの皆さんもいつも以上に真剣に、かなり熱を入れてやっていましたから、現場は厳かな感じでした。三池監督とは久しぶりでしたけど、年齢が近いからいろいろと分かってくださっているという安心感があるような気がします。
−今回、お互いの演技を見て、あるいはやり取りをしながら、お互いのことをどう思いましたか。
大倉 光石さんは大先輩ですから、僕はずっと緊張していました。
光石 僕は大倉さんの舞台もドラマもよく拝見していて、本当にうまいなと思っていました。ドラマでご一緒したことは何度かありましたが、こんなにコンビみたいなのは初めてだったので、「2、3本違うところでやってからのこの作品だったら僕たちもっとできたよね」みたいな思いがあります。やっぱり、僕自身はちょっと遠慮するところもあったので、それが反省点ではありますが、とても楽しかったです。やっぱりさすがでした。
大倉 いやもう、僕は本当に緊張しましたけど、ご一緒できたのはとてもうれしかったです。もう大尊敬しています。あまり言うと変な感じになりますが…(笑)。
−改めてじっくりと共演してみたいと思いましたか。
光石 もちろんです! 何だったら本当にコンビを組んでやりたいですね。ほんとにお上手な方だから、一緒にやっていて楽しいんです。多分こっちがどうやっても受けてくださるだろうという頼もしさもあるので、何度でもご一緒したいです。
大倉 三池さんも含めて、その世代の人たちが映画を撮っている現場に一緒にいられるだけでもすごい幸福感がありました。もう本当にうれしかったですし、ぜひまたこういう場に自分もいたいなと思いました。
−完成作を見た印象をお願いします。
光石 何か後味が悪いというか、苦しいですけど、やっぱりちゃんとエンターテインメントになっていて面白かったなと思いました。
大倉 本当につらい。ろくなやつが出てこない話ですからね。でも最後の最後に、そんな中にでもちょっとした光はあるというところで、何ごともそうなるといいなと思いました。
−これから映画を見る人たちに向けて見どころも含めて一言お願いします。
光石 この映画に出てくる人たちも普通に生活している人たちです。だから、見ている人もこのキャラクターの誰かになり得るという恐ろしさがある。友達と見に行って、こんなことがあったら怖いねとか、あの立場になったらどうするといった話もできます。ちょっと重いけれどちゃんとエンターテインメントになっていると思います。だから、いろんな世代の人に見てもらえると思います。
大倉 決して愉快な気持ちになれる映画ではないですけど、見る意義はあると思います。保身をする人間ばかりが出てくる中で、自分ならどうするかと思いながら見ていただけたらと。映画にそういうメッセージ性があるのは、いいことだと思います。
(取材・文・写真/田中雄二)
