2025年F1第11戦オーストリアGP 角田裕毅(レッドブル) レッドブルリンクを舞台に開催された2025年F1第11戦オーストリアGPは、ランド・ノリス(マクラーレン)がポール・トゥ・ウインで自身通算7勝目/今季3勝目を飾りました。
今回はマクラーレンのチームメイト対決、アンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)のミスに起因するアクシデント、そして角田裕毅(レッドブル)が悩む『ウインドウの狭いクルマ』について、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。
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オーストリアGPでのノリスのドライビングは『絶対にこのレースは落とせない』という気迫に満ち溢れていました。スタート直後からオスカー・ピアストリ(マクラーレン)とテール・トゥ・ノーズのバトルを繰り広げ、最後はラップダウンのフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン)とガブリエル・ボルトレート(キック・ザウバー)がノリスとピアストリの間に入ったことがノリスに味方し、ポール・トゥ・ウインを掴みました。
前戦カナダGPでノリスは自身の判断ミスからチームメイト同士の接触を喫し、ピアストリは4位、ノリスはリタイアという結果に終わりました。ドライバーズタイトル争いの流れは現在首位のピアストリに傾きかけていたなか、オーストリアGPでのポール・トゥ・ウインで、ノリスが流れを自分の方に引き戻したように感じます。
ただ、依然としてピアストリが15点リードしており、ノリスにとって厳しい戦いはこれからも続くでしょう。とはいえ、前戦リタイアの逆境から、タイトル争い継続に望みを繋いだという意味でも、今回のオーストリアGPのノリスは素晴らしいレースを見せてくれたと思います。前回のコラムで「あのアクシデントがノリスが激しい戦いのなかでも冷静さを保ち続けるように変わるきっかけとなれば」とお話ししたとおり、ノリスは冷静な走りでした。
勝負を決めたのは、1回目のピットストップのタイミングでした。21周目にノリスが1回目のピットに入るなか、ピアストリは4周引っ張り、25周目に1回目のピットに入りました。ピアストリがコースに戻ると、ピットに入るまではテール・トゥ・ノーズだったノリスと6秒近い差ができていました。ピアストリとしては4周引っ張ることで、第2スティント終盤に勝負をかけるつもりだったと思います。ただ、タイヤを変えたノリスはアウトラップも含め、好タイムを刻み、結果的にピアストリはギャップを開けるだけでした。
ピアストリは20周目にノリスに仕掛けた際にフラットスポットを作っていましたが、フラットスポットの影響よりも、4周ピットを遅らせたことが、敗因となったと感じます。もし、ノリスが入った直後にピアストリもタイヤを変えていれば、第2スティントでもノリスに対し、第1スティントで見せたようなプレッシャーをかけることができたのではないかと思います。
■表彰台獲得から一転、手痛いミスを犯したアントネッリ
前戦カナダGPでキャリア初表彰台を獲得したアントネッリは、オープニングラップのターン3でマックス・フェルスタッペン(レッドブル)にブレーキングでタイヤをロックさせて追突し、両者リタイアとなるアクシデントを引き起こしてしまいました。
スタート直後の1周目はコース上も混み合うので、空いている際には見えるブレーキングポイントが見えなかったりします。スタート直後のアントネッリは、前にいたリアム・ローソン(レーシングブルズ)の動きに集中していたように見えました。集中するあまり、ブレーキングポイントを誤りタイヤをロックしてしまいます。ローソンへの追突を避けるべくイン側にラインを取りましたが、そもそもブレーキングが遅れていたので減速しきれず、フェルスタッペンと当たってしまいました。
アントネッリには次戦イギリスGPで3グリッド降格&ペナルティポイント2点の裁定が下りました。このアクシデントが今後のアントネッリの走りに何か影響を及ぼすのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、今回のアクシデントはアントネッリの単なるミスです。長くレースをしていれば1回や2回は起きてしまう類のミスなので、今後の走りやメンタル面にはあまり関係ないだろうと私は考えています。
■角田裕毅が話す『ウインドウの狭いマシン』とはどういうクルマなのか
裕毅は予選を18番手で終え、決勝は16位という結果でした。予選Q1敗退後、裕毅は自身のクルマについて「非常に狭いウインドウのマシン」とコメントしていました。この『ウインドウの狭いクルマ』とはどういうものなのか、イメージしにくいかもしれませんので、今のレッドブルのクルマについてではなく、あくまでレーシングドライバーが「ウインドウが狭いクルマ」と表現するのはどういうクルマかを、まず説明させていただきます。
ひと言で表せば『ドライビングに対する許容が狭い』クルマです。さらに噛み砕けば、良いタイムを出しやすいクルマは『ドライビングに対する許容が広く』、良いタイムを出しにくいクルマは『ドライビングに対する許容が狭い』と表現されます。たとえると、針に糸を通す際、針穴が大きければ糸は通しやすく、逆に針穴が狭ければ、糸を通すことが難しくなります。
ドライビングも同様で、自分のイメージする通りにクルマが動いてくれなければタイムを出すことは難しくなります。ドライバーが『これくらいでいける(ブレーキング、スロットル等)』とイメージしても、そのイメージ通りにクルマは反応してくれずタイムが出ない場合、タイムを出すためには、クルマがイメージ通りに反応する領域にフォーカスするしかありません。ただ、イメージ通りに反応する領域が狭く、なかなか辿り着けない。そういった際に「ウインドウが狭いクルマ」と表現されます。
話しを裕毅に戻しますと、予選Q1でフェルスタッペンとのタイム差は0.263秒しかありませんでした。ターン1さえもう少し上手く走れていれば、おそらくはQ1落ちは回避できたので、そこまで悪い走りだったわけではないと思います。ただ、決勝はペースが掴めず、苦しんでいました。
とはいえ、F1は表に出る情報だけがすべてではなく、当事者にしかわからないことも山ほどある世界です。我々見る側ができることは、裕毅を応援し続けることだけですね。クルマの感触と、自分のイメージがハマる瞬間は必ず訪れます。ポジティブな気持ちを持ち続けて、その瞬間を待ち続けましょう。
■ローソンの活躍でも明らかな、一発ハマれば評価が一転するF1の世界
ポジティブな話題といえば、開幕から長らく苦しい時間が続いたローソンが1ストップを成功させて、予選で6番手、決勝はキャリアベストの6位入賞を果たしました。開幕2戦でレッドブルを外れ、レーシングブルズ移籍後も新人アイザック・ハジャーに遅れることも多々ありました。
そんなローソンが、ここオーストリアGPでは予選・決勝ともに素晴らしい走りを見せました。ひと言で言えば、サーキットとクルマとローソン自身が上手くハマったように感じます。ローソンは全日本スーパーフォーミュラ選手権やFIA F2などで見せていたように、そして、一時はレッドブルがレギュラードライバーに指名したスピードのあるドライバーで、その才能には疑いようがないものがあります。
ただ、非常に狭いウインドウのマシンを要するレッドブルへの移籍で、自分自身のドライビングやメンタル、さまざまなバランスが崩れていました。そのバランスを取り戻すのに、これまで苦労していたように思います。徐々に復活の兆しは見せていましたが、オーストリアGPでは、偶然かサーキットとクルマがローソンのドライビングにハマったこともあり、6位という結果に繋がったと思います。
自分に合ったクルマと流れさえあれば、ローソンは強いドライバーです。それを、彼は今回の週末で証明したと思います。ハジャーに負け続けていたころ『ローソンは終わった』と、評する人は少なくありませんでしたが、現在のローソン評は一転しています。どこかでハマって、一回でもいい走りができれば、それまでネガティブな言葉を発し続けた人たちは、それを忘れます。これは裕毅と同じ状況だと思います。
F1の見えている部分は氷山の一角であることは、F1を戦った私自身が経験したことでもあります。ローソンも裕毅も、F1まで到達したドライバーですから、極端にドライバーとして能力が低いなんてことはありえません。まだまだ2025年シーズンは続いていますから、私はしっかりと応援し続けます。
【プロフィール】中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS鈴鹿)のカートクラスとフォーミュラクラスにおいてエグゼクティブディレクターとして後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
・公式HP:https://www.c-shinji.com/
・公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24
[オートスポーツweb 2025年07月03日]