不世出のスターが冥界へと旅立った。6月3日に89歳で亡くなった長嶋茂雄さん。昭和期に「巨人、大鵬、卵焼き」という流行語も生んだ巨人軍の全盛期を支え、プロ野球を国民的スポーツに定着させた立役者だ。
海の向こうの米国メジャーリーグでは、ドジャースの大谷翔平が超人的な活躍を見せ、「2024年好きなスポーツ選手ランキング」(笹川スポーツ財団調べ)では大谷が全世代での1位を獲得するなど野球人気は衰えていないようにも見える。
ただ、実情は異なる。スポーツの未来を担う子どもたちの間で、「野球離れ」が急加速しているというのだ。「野球はやるスポーツから見るだけのスポーツに変わりつつある」。関係者はそう危惧する。
実際、日本の野球人口の減少は加速している。子供達が野球に触れ合う入り口でもある全日本軟式野球連盟(JSBB)の学童チームの登録数は19年連続で減少中。選手登録者総数も2010年度と比較すると約60万人も減っている。
決して「少子化」だけが原因ではないというこの数字。一体、何が起きているのか、大谷が好きでも、大谷ようにはなりたくないー。野球はやるスポーツから見るだけのスポーツへ拍車がかかっている。
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■大谷グローブ配布も焼け石に水? 校庭でのキャッチボール禁止も懸念に!?
「野球しようぜ!」―。大谷は国内での野球離れに歯止めをかけようと全国約2万校の小学校に約6万個のジュニア用グローブを寄贈した。『野球こそが、私が充実した人生を送る機会を与えてくれたスポーツだからです。子どもたちが野球というスポーツに触れ、興味を持つきっかけになってほしいと願っています』というメッセージ付きだった。
「国公私立の小学校だけではなく、特別支援学校も含まれました。1校につき3個(右利き2個、左利き1個=小学校低学年サイズ)というのも大谷の発案だったそうです」(野球担当記者)。
23年12月にスタートしたグローブの寄贈は昨年の3月まで行われて大きな反響になった。このプロジェクトとともに大谷は世界一に輝いた本来なら野球人口に増加にも一役買うはずだった。
しかし、大谷のMLBでの大活躍、日本代表・侍ジャパンの世界一奪還があったにもかかわらず野球の競技人口だけが急降下しているのだ。
かつて、競技としての野球への入り口は草野球だった。ところが現在、公園や学校の運動場では、安全上の理由からキャッチボールすら禁止されていることも多い。都内の某公立小学校では、23年末に大谷グローブが届いたことをきっかけに、それまで禁止だったキャッチボールが、教師立ち会いのもと、グランドの端でのみ許されるようになった。こうして当初は児童の関心を集めた大谷グローブだったが、じきに誰も見向きもしなくなったという。
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そんな時代にあって、野球をしたい子供たちは、多くの場合、軟式野球チームに入ることになる。といっても、それほど手軽というわけではない。そこには「親の負担の大きさ」があるからだ。
地元の軟式野球のチームに入れば土、日祝日の練習は基本。夏休みなどになれば早朝練習まである。これに練習での玉拾い、試合での応援、監督、コーチなどの補助など、親が求められることが野球の場合は格段に多い。また練習場も劣悪な環境ばかりで都内であればこれに手狭という状況が加わる。
もう一つ深刻なのが指導者のレベルの低さだ。「サッカーの場合は日本サッカー協会が統一している指導者ライセンスがある。もちろん、サッカーの指導者のレベルも優劣はあるが、野球はそのあたりが大幅に遅れている」とは某スポーツ紙の記者。野球の指導者たちには"昭和時代のノリ"が色濃く根付いている。監督、コーチが叱咤激励と思っていても、令和の時代は叱責=パワハラになりやすいことに気づいている指導者は多くはない。
そして野球用具は他のスポーツと比べるとかなり高価だ。確かに安価なバットもあるにはあるが、20年に登場したボールが飛ぶとされる「高反発バット」は本体価格が4万円を超える。今年から小学生の学童野球大会では「打球が飛びすぎる」として一切禁止になったものの、小学生の時に「1本4万円」以上もするバットを与えられる親というのは決して多いとは言えないだろう。
バットだけではない、野球の場合はグローブ、ユニホームなど一式揃えれば、サッカーやバスケットなどを比べれば格段に費用がかかるのは言うまでもない。「そこまでして野球をやらせたい」と言う親が増えないのは当然の流れと言える。
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■レジェンドたちの奮起も虚しく...。野球人口減少を食い止める対策はあるのか?
野球離れに歯止めをかけようとしているのは大谷だけではない。世界の本塁打王、ソフトバンク・王貞治会長が今月「公認野球指導者基礎資格(U―12(12歳以下)、U―15(15歳以下))を取得した。王会長自身「70年ぶりの試験でした」と笑っていたが、「(84歳の王会長が)ライセンス取ったんだから、みんなも取ろうよ!と声をかけたい」と話していた。
野球界には夢を与えるヒーローが常に存在した。昭和時代には長嶋・王、そして平成ではイチローに松井。令和に入っては「大谷翔平」がいる。年間143試合ある日本プロ野球の平均観客動員は1試合3万人を超える。国民的スポーツであるにも関わらずその観客層は40代が大多数だ。
国内のスポーツでヒーローたちが「野球をしようよ!」と発信しているにも関わらず、残念ながらそれが実を結んでいない。その原因がわかっているだけに、多くのヒーロたちが歯痒(がゆ)い思いをしている。
文/高倉仁作 写真/時事通信社、photo-ac.com