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来年で開業50年を迎えるイトーヨーカドーのファストフードチェーン「ポッポ」。ピーク時の145店舗から24店舗まで縮小したが、実は既存店の売り上げは4年連続で増加している。地域に根ざした運営と新商品開発で事業を成長させるポッポの取り組みについて、イトーヨーカ堂 専門店事業部 事業推進部マネジャーの渡辺隼人氏と、ポッポ木場店の池田晃店長に話を聞いた。
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●原点は「休憩所」だった
ポッポの歴史は1976年、埼玉県越谷市のイトーヨーカドーせんげん台店から始まった。当時は2〜3坪の小さな店舗で、たい焼きやジュース、カップ入りのハードアイスのみを販売していた。
「最初は今ほど店が大きくなく、商品も少なかったのですが、それはお客さまがイトーヨーカドーで買い物をして、“休憩する場所”だったことが理由です。高速道路でいうパーキングエリアのような役割として生まれたのが、ポッポなのです」と、渡辺氏は開業の背景を説明する。
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現在のスタイルが確立されたのは1978年頃。同じイトーヨーカ堂の子会社だったファミールがレストラン業態に専念することになったのがきっかけだ。イトーヨーカドー内の空いたスペースを活用して、ラーメンやたこ焼きといった調理メニューを追加していったことが、現在のポッポの原型となった。戦略的な拡張というよりも、偶然に生まれた業態だったのである。
●店舗数はピーク時の5分の1に激減するも……
それ以降、イトーヨーカ堂の事業拡大とともにポッポの店舗数も増加。ピーク時には145店舗を展開していた。ところが、現在は24店舗まで縮小している。これは近年、全国でイトーヨーカドーの閉店が相次いだことが原因だ。売り上げの規模も5分の1ほどに縮小したというが、既存店の業績は堅調だ。
「売り上げ自体は縮小していますが、既存店はここ3〜4年間ずっと売り上げ増を続けており、年平均で1.1倍ほどの伸びです」と渡辺氏は力を込める。成長の背景には、コロナ禍からの回復がある。
木場店(東京都江東区)では、土日のファミリー客に加え、近隣ホテルの外国人観光客の来店も増加している。「江東区はお子さま連れのお客さまが多く、最近は海外の観光客も増えています。近くにホテルが複数あり、滞在中にたこ焼きやラーメンなどを食べに来られる方が多いです」と池田店長は話す。
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450席ある木場店は、ポッポの中でも業績がトップクラスであり、地域密着型の成功例といえる。
「来店されるお客さまの多くが自転車利用という点からも、地元密着型の店舗であることがよく分かります。週に2回ほどイトーヨーカドーに買い物に来て、毎回ポッポを使ってくれている、いわばヘビーユーザーなのです」(渡辺氏)
イトーヨーカドー木場店が開業したのは2000年11月だが、その時からポッポに通い続けている地元客もいるそうだ。また、ポッポにも20年以上勤務する従業員がおり、顧客との強い信頼関係が築かれているという。
この関係性は、新商品の売れ行きにも表れている。
「新商品を出すと、木場店がほぼ毎回売り上げ1位になります。常連のお客さまが初日に買ってくれるからです。この店舗のお客さまたちは、ポッポに愛着をもってくださっていると感じます」(渡辺氏)
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●価格競争力が支える客層
ポッポの強みは価格にある。「醤油らーめん」の550円という価格は、今や“1000円の壁”を超えたとされるラーメン業界の中では破格だ。
「ポッポの顧客にはサラリーマンも多いのですが、支持される理由は、注文してすぐに商品が出てくるスピード感と、価格の安さにあると思います。醤油らーめんが550円で食べられるというお得感が、ポッポが選ばれている理由かもしれません」(渡辺氏)
メニューの幅広さも特徴的だ。現在は数十種類を展開しており、「ラーメンやたこ焼き、フライドポテト、ソフトクリームなど、年齢や好みに関係なく、誰でも楽しめるメニューがそろっています。ご家族連れで来ても全員が満足できるという点が、他にはない強みです」と渡辺氏は強調する。
ただ、これでもメニュー数を減らしたのだという。かつては100種類を超えており、お好み焼きやクレープなども提供していた。しかし、調理時間の長いメニューは、顧客のライフスタイル変化に合わせ、2024年9月に販売を終了した。
「ラーメンは5分程度で出てくる一方で、お好み焼きは15分ほどかかってしまう。そうなると、家族で食べに来た場合、食べ終わりの時間に差ができてしまい、不便を感じるお客さまもいました」(渡辺氏)
●「ポッポらーめん紀行」で挑んだ価格の壁
メニュー数は減らした一方で、新メニューの開発は常に行っている。2024年春から始まった「ポッポらーめん紀行」は、ポッポにとっての新たな挑戦だ。それまで500円台だったラーメンを、690円で提供する試みで、販売するご当地ラーメンを定期的に入れ替えている。
「今まで600円台のラーメンは販売したことがありませんでした。そのため、『本当に売れるの?』『高いと思われてしまうのでは?』といった声もあり、不安を感じながら販売しました」と渡辺氏は振り返る。しかし実際は、計画比150%の売り上げを記録したという。
この成功の要因について渡辺氏は、「品質の良いものを、高い値段で出すだけだとおもしろくない。せっかくなら、普段食べられないようなご当地グルメを提供して楽しんでもらおうと考えました」と説明した。
「らーめん紀行を楽しみに来店される女性のお客さまも多くいらっしゃいます。旅行にはなかなか行けなくても、ポッポに来れば各地の味が楽しめる。その手軽さが人気の理由かもしれません」と、池田店長も客層の変化を感じている。
また、現在販売中の「熊本風豚骨らーめん」は、九州産の高菜を使うなどのこだわりようだ。「地元の食材を使うことで、より良い味にしていきたい」と渡辺氏は意気込む。
●手作り感を重視する理由は?
ポッポのもう1つの特徴は「手作り感」にある。たこ焼きは注文後に焼き、今川焼きは温かい状態で提供する。2024年に販売した安納芋を使った今川焼きでは、スライス済みの芋ではなく、芋そのものを仕入れて店内でカットした。
「本来ならスライスされた輪切りの芋を仕入れるのですが、店舗で調理した方が鮮度も食感も良いんです」(渡辺氏)
ファストフードでありながら、品質も追求するために「手作り感」を大切にしているのだという。
この複雑な調理のオペレーションを支えるのが、動画マニュアルだ。2023年に導入された動画は、英語や中国語、ベトナム語にも対応し、増加する外国人従業員の教育に役立っている。池田店長もその効果を実感している。
「言葉の壁を越えるのは難しく、最初の頃は身振り手振りで何とか教えていました。動画ができてからは、それを見て大枠のイメージをつかんでもらい、細部を私たちが教えるという形になりました」
●「個店」のような顧客対応
実は木場店でも、売上低迷とクレームに悩まされた時期があった。その時のことを、池田店長はこう振り返る。
「『ただ売れば良い』と考えていたのかもしれません。でも、今は『うちにはこんな商品がありますよ』と、お客さまに提案しながら接客しています。そうした姿勢がお客さまに認められて、常連になってくださる方もいます」(池田店長)
では、具体的にどのような提案をしているのだろうか。
「旨辛ネギというトッピングは味噌ラーメンに入れられることが多いのですが、意外と塩ラーメンにも合います。それをある女性のお客さまに勧めたところ、『チゲっぽくなっておいしかった』という感想をいただきました。その声を、また別の提案の際に生かしています」(池田店長)
こうした取り組みにより、客単価のアップと顧客満足度の向上を両立させている。
また、常連客の好みを覚えることも重視している。
「ネギが嫌いな常連のお客さまがいるのですが、言われる前に『ネギ抜きですよね』とお声がけしています」と池田店長は語る。
つまり、ファストフードチェーンでありながらも、ポッポは「個店主義」を採用しているのだ。渡辺氏は「こうした対応は、回転率が重視される駅にあるそば屋さんなどでは難しいと思います。イトーヨーカドーの中にあるポッポだからこそできると感じています」と話す。
チェーンでありながら“人”による差別化ができているのが、ポッポの強みだ。そんなポッポで7年以上働いている池田店長にとって、仕事のやりがいとは何だろうか。
「お客さまから『おいしかったので、また来ますね』と言われることが活力になりますし、本当にうれしいです」と顧客との絆の大切さを口にする。
ポッポは開業50年を前に、規模の拡大ではなく、地域密着型に加え、商品や接客サービスなどの品質向上によるビジネス価値創造を選択した。原点である「休憩所」としての精神を受け継ぎながら、現代の消費者ニーズに応える姿勢が、このブランドの新たな成長を支えているといえよう。
著者プロフィール
伏見学(ふしみ まなぶ)
フリーランス記者。1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。
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