J_News_photo - stock.adobe.comNHKの稲葉延男会長(76)の任期が来年1月で切れる。稲葉氏は初期の肺がんを治療中なので、続投は難しいとの見方が広まっている。これを機に同局の苦悩と課題を考えてみたい。
◆受信契約数の減少とテレビ離れ
まずNHKが抱える深刻な問題は、受信契約数の減少。2019年度末に約4212万件あった受信契約が、2024年度末には約4067万件になってしまった。
5年間で受信契約が約145万件も減った。大阪市の世帯数が約158万だから、尋常な数字ではない。毎月の減収は単純計算で約28億2000円にもなる。
受信契約数が減った理由の1つは、テレビ中心の生活をやめた人が増えたためと見られる。Netflixなど動画を観る生活に切り替えたのだろう。ニュースを知りたいときには新聞や民放のネットニュースを見れば事足りる。
最近はNHKの赤字がよく話題になるが、これはそう大きな問題ではない。2023年10月に受信料を1割下げた(衛星プラス地上契約月2220円が1950円に)時点で、赤字になることが分かっていたからだ。赤字分を内部留保で埋めることも決めてあった。
2023年度決算の赤字は約136億円だった。2024年度は約449億円、本年度も400億円の赤字。来年度も赤字になる見通し。
一方で内部留保は2021度末の時点で、約2231億円もあった。だからNHKにとっては貯金を切り崩しただけ。同局にとって本当に恐ろしいのは動画オンリー派が増え続け、受信契約の減少が止まらないことである。
◆支払い義務化を妨げる体質の問題
それでも収入をアップさせる方法がある。受信料の支払率を上げればいい。支払率は全国平均で78.3%。東京は67.4%しか支払われていない。大阪は65.4%、沖縄は47.7%である(2023年度末)。意外なぐらい低い。
2008年から訪問集金をやめたことが大きい。代わりに2006年から不払い者への訴訟提起が始まり、2023年からは割増金の請求も開始したものの、目に見える効果があったのは最初だけだった。高圧的な受信料徴収には限界がある。
NHKと同じ公共放送にはイギリスのBBC、ドイツのARD、ZDFなどがある。これらは受信料の支払いが義務。ドイツはテレビの有無を問わず、全世帯が支払わなくてはならない。おまけに両国には不払い者に対する罰則(罰金)まである。
このため、両国の受信料の支払い率は90%を大きく超えている。NHK内にも以前から支払いの義務化を望む声があるが、現状では無理だろう。視聴者の猛反発が必至だからである。
同じ公共放送でもNHKとBBCでは色合いが違う。NHKの会長は、衆参同議院の同意を得て内閣総理大臣に任命された、12人の経営委員会の委員が決める。つまり、事実上、自民党が決めてきた。それもあって、昔から同局の政治報道には不満を持つ視聴者が少なくない。
BBCの会長は公募制。応募者の中から、政府色のない独立したチームが会長を選ぶ。BBC自体も独立色が極めて高い。
それを証明したのが1982年にイギリスとアルゼンチンが衝突したフォークランド紛争時。BBCは政府を強く批判。政府はカンカンになって怒った。
その後もBBCは政界スキャンダルなどを次々と暴いた。これによってBBCは視聴者からの信頼を勝ち取った。だから受信料への不満も出にくい。
◆スクランブル化という安易な考え
NHKが受信料の支払率を上げるためには、政治色を消し去り、独立性を高めるしかない。政治色があると、視聴者側は自分たちのテレビ局であるという意識を持ちにくい。すると受信料を支払いたくない人が多くなる。第一、政治が報道機関を事実上支配するのは国際的に見て恥ずかしいことなのだ。
スマホ課金も同じ。いずれは所有しているだけで課金される時代が来るだろうが、その前に政治色を拭い去り、視聴者第一の組織に変わらなければならない。それを抜きにして課金すると、NHK不要論が高まるはずだ。
スクランブル化は簡単だが、やるのは危険。大災害や他国が急に攻めてきたとき、緊急放送に触れられない人が出てきてしまう。
もちろんNHKは有事の際には即座にスクランブルを解除するだろう。だが、日ごろNHKに接しなくなった人は緊急放送に気づかない恐れがある。
そもそも海外の公共放送は基本的にスクランブルをかけない。国民全体への情報提供を目指しているからだ。NHKが限られた視聴者しか観られないスクランブル化を導入する日が来るのなら、公共放送の看板を下ろし、民営化したほうがいい。
もっとも、NHKが民営化したら、民放はパニックに陥る。同局がCMを流し始めたら、経営が悪化する民放も出てくる。同局にスポンサーが流れてしまうからだ。優良スポンサーは限られている。だから民放から同局の民営化を望む声が上がったためしはない。
◆赤字でも広報局の予算は右肩上がりの謎
NHKには課題もある。大きなものでは情報公開だ。
2024年8月、ラジオの国際放送やAM第2の中国語ニュース番組で、中国籍の男性外部スタッフが、尖閣諸島について「古くから中国の領土」などと勝手に放送した。電波ジャックである。
中国側のプロパガンダがNHKで流れてしまった。驚天動地の大不祥事だった。稲葉会長は「会長として慚愧に堪えない」と謝罪した。
しかも広報局は当初、電波ジャックの詳細を公表しなかった。あとになってから、この外部スタッフが「南京大虐殺を忘れるな」とも呼びかけていたことが明かされた。
そのうえ、問題はこれで終わらなかった。引責辞任した国際放送の理事(62)が、わずか約1週間後に制作現場のエグゼクティブ・プロデューサーとして再雇用されていたのである。
この事実は広報局からの発表ではなく、毎日新聞のスクープで明らかになった。再雇用を隠していたと言われても仕方がない。不都合な情報は公開したくないらしい。
現在のNHK広報局はテレビ界で最強の広報に違いない。赤字で多くの部署の予算が緊縮化ざれる中、広報局の場合は右肩上がり。2023年度は約63億円、2024年度は約68億円、今年度は約77億円になる。
潤沢な予算も背景にあってなのか、広報局は第2記者クラブ的なメディアの集合体を保持する。
まずNHK内には正規の記者クラブがある。新聞社・通信社が加盟し、広報局と同じフロアの1室に陣取っている。
記者クラブはNHKの対抗勢力でもある。記者たちは番組PRを書くが、不祥事も暴く。経営についても極めて厳しく論評する。
◆メディアコントロールは必要なのか
同局が特殊法人として法人税の支払いを免除されていながら、新聞界を圧迫しているということも背景にはある。同局は圧倒的に恵まれているのだ。
その点、第2記者クラブ的集合体によるNHK批判はまず見ない。そもそも同局がメンバーを選ぶのだから、そうなる。メンバーはネットメディアだけでも10社ほど。十分な世論形成力がある。
広報局は第2記者クラブ的集合体に対し、ドラマを中心に細かな番組情報を流す。制作者の会見も行う。集合体とそれ以外のメディアでは取材機会が均等ではないのだ。
ドラマなどの情報や制作者の言葉を視聴者に広く伝えたいのであるなら、番組ホームページにすべて載せてしまうほうが合理的であるはず。そのほうが視聴者にも親切であるはずだ。
だが、広報局はその方法を取らない。現在のやり方のほうが、メディアコントロールがしやすく、不都合な情報を抑えやすいからではないか。
国内外を問わず、映画評やドラマ評には批判が付き物である。記事はNHKなどテレビ局のためにあるのではなく、視聴者と読者のために存在するのだから。さまざまな視点の評が視聴者益、読者益につながる。
それゆえテレビ局側と取材者側は適度な距離が必要。たとえば、いかなる形であっても金銭のやり取りがあってはならない。利益相反となり、読者への深刻な裏切りになるからだ。あらゆるジャンルの取材に共通する最低限のルールである。
現状は最低限のルールが守られているのだろうか。NHK広報局も他局の広報も再確認したほうがいい。
【高堀冬彦】
放送コラムニスト/ジャーナリスト 1964年生まれ。スポーツニッポン新聞の文化部専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」編集次長などを経て2019年に独立。放送批評誌「GALAC」前編集委員