限定公開( 32 )
ポルノグラフィティの「サウダージ」は50秒、HYの「366日」は41秒――。何の数字かというと、「サビだけ」バージョンのカラオケで、その曲を歌い終えるまでにかかる時間だ。
ここ数年、カラオケで短縮バージョンの曲が静かに広まりつつある。その名も「サビカラ」。業務用カラオケ「JOYSOUND」を展開するエクシング(名古屋市)が、2021年12月にスタートしたサービスだ。
通常、1曲は4〜5分ほどかかるが、サビカラはその名の通り「サビだけ」をピックアップ。わずか30〜40秒で歌い終えられるので、曲のおいしいところだけを味わえるというわけだ。
「最近の若者って、タイパ(タイムパフォーマンス)を気にするらしいからねえ。映画も1.5倍速で見るそうだし、カラオケもサビだけで十分なのかも」と思われたかもしれないが、その通りである。実際、サビカラは若者を中心に支持を集めている。
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背景には、ショート動画文化の影響がある。なかでも、多くの動画で「曲のサビ」が使われるTikTokの存在は大きい。「動画を見ていると、フルの歌詞は知らなくても、印象的なサビだけは自然と頭に残る。だからこそ、『サビだけを歌える』カラオケは、TikTok世代と相性がよかったのではないか」と語るのは、サービスを担当するエクシングの秋場茂さん。
サビカラのアイデアは、TikTokとのコラボを検討する中で生まれた。「TikTokとJOYSOUNDで何か一緒にできないか」と話し合いを重ねるうちに、「サビだけ歌う」というコンセプトが形になっていった。
実はJOYSOUNDには、1990年代から「怒涛のメドレー」というサービスがある。これはアーティストやジャンル、年代などのテーマに沿ってワンフレーズずつを連続して歌える仕組みだ。いわば、これを“1曲ずつサビだけ切り出したもの”がサビカラともいえる。
「やっぱり、曲は最初から最後まで歌いたいなあ」と思う人にとっては、少し物足りなく感じるかもしれないが、利用者はどのくらいいるのか。サービス開始翌年の2022年と、直近の2024年を比較すると、歌唱回数は2倍以上に伸びているそうだ。
●サビカラの人気曲ランキング
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「サビだけ」なのに、なぜこんなにウケているのか。利用者の選曲や楽しみ方をたどると、その理由が浮かび上がってくる。
まず、2025年1〜6月のランキングを見ると、1位はaikoの「カブトムシ」。2位にポルノグラフィティの「サウダージ」、3位にOmoinotakeの「幾億光年」がランクインした。
いずれも印象的なサビで、歌い出した瞬間に盛り上がる曲ばかり。フル尺のカラオケランキングではVaundyやCreepy Nutsなど、最近のアーティストが上位に入ることが多いが、サビカラではやや懐かしい定番曲が人気を集めている。
その理由はシンプルで、みんなが知っているから。「サビカラの利用者はライト層が多く、『知らない曲は選ばない』傾向がある」(秋場さん)という。イントロ、Aメロ(歌い出し)、Bメロ(サビ前のパート)の記憶があいまいでも、サビだけなら覚えている、というわけだ。
また、サビカラは曲が短いので、歌があまり得意でない人でもすぐに歌い終えられ、「失敗しにくい」のも特徴だ。「この失敗しにくさも、気軽に楽しめる理由のひとつになっている」(秋場さん)
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年代別のデータにも興味深い傾向がある。例えば「サウダージ」は、2000年にリリースされたが、10〜20代の若年層にも人気だ。TikTokで話題になったことをきっかけに、「親の世代の曲」が「知ってる曲」へと変わりつつある。
利用スタイルにも変化が見られ、これまで「1人1曲」が基本だったところ、サビカラなら「1人3〜4曲」歌えるようになった。30秒ずつ交代することでテンポよく曲が進み、場の雰囲気が盛り上がる。「歌う」だけでなく「回す」楽しさも加わっているようだ。
さらに、ひとりカラオケや2人組で利用する若い世代の間では、「まずサビで試して、うまく歌えそうならフルで歌う」という流れが定着しつつある。まるで洋服を試着するように、気軽に“歌を試す”ために使う人が増えているようだ。
●サビの魔法使い
現在、サビカラで歌える曲は700曲以上。毎月20曲ほどのペースで新しい曲を追加しており、今後もどんどん増やしていくという。1曲の長さは平均で30〜40秒ほどだが、人気1位のaiko「カブトムシ」は1分24秒もある。実は、こうした“ちょっと長めの曲”も意外と人気だ。
CDを買って1曲を何度も聴き込んでいた時代は過ぎ、今ではサブスクやSNSで「聴きたい部分だけ」をつまんで楽しむのが当たり前になってきた。それでも、カラオケでフル尺を歌う魅力がなくなったわけではない。新曲をしっかり練習して、きちんと歌い上げたいという人も、まだまだたくさんいる。
そんな中、サビカラはタイパ重視のニーズにぴったり合った、新しい楽しみ方として広がっている。ただし、「短く済ませたい」と思って始めたのに、結局は時間を忘れて楽しんでしまう人も少なくないという。
サービスを提供する側に求められるのは、歌いたい気持ちを自然に引き出しながら、うまく盛り上げていく工夫である。利用者のテンションをコントロールする“サビの魔法使い”のような発想や技術がカギになりそうだ。
(土肥義則)
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カラオケ「サビだけ」なぜウケる(写真:ITmedia ビジネスオンライン)119
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