前編:31歳・大谷翔平の現在地
メジャーリーグは前半戦を終了し、オールスターブレイクに入った。大谷翔平は打撃成績では本塁打、OPS(出塁率+長打率)でナ・リーグトップとなるなど、MVP級の働きを見せる一方、投手としても投手としても実戦に復帰を果たし、圧巻のピッチングを見せ、あらためて存在感を高めている。
4月に父親となり、7月には31歳の誕生日を迎えた大谷は、何を思い、日々グラウンドに立っているのか。
本人のコメントを中心に、シーズン前半戦を振り返る。
【「20代前半と感覚的な違いはない」】
7月5日、今季4度目の「二刀流」での登板日。31歳の誕生日を迎えた大谷翔平は、「もう自分の誕生日がうれしいという年齢ではないので」と淡々と話した。ただ、「おめでとうと言ってもらえるのはうれしい」とも語り、「普段と同じようにプレーできればいいかなと思ってマウンドに行きました」と振り返った。
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あらためて「超人」だと思わされるのは、31歳を迎えた大谷が体力面について問われたときの発言だ。
「年を取ったとは思わないです(笑)。あまり変わらないですかね。20代前半と感覚的な違いはない。長いシーズンを戦う上で、後半の方がもちろん疲れはたまるので、疲労を抜きながら休みを取るのも大事かなと」と言う。
一般的に、プロ野球選手のピークは25歳から30歳と言われる。実際、20代では圧倒的な成績を残していたのに、30代で一気に数字を落とした選手は少なくない。大谷に近い例で言えば、かつてのチームメートであるマイク・トラウト(ロサンゼルス・エンゼルス)がいる。28歳だった2019年に3度目のMVPに輝いたが、それ以降は一度もフルシーズンをプレーできていない。アンソニー・レンドンも、29歳のときに34本塁打126打点をマークし、ワシントン・ナショナルズの世界一に貢献したが、エンゼルスと長期契約を結んで30歳を迎えて以降はケガに苦しみ、成績は振るわない。
ほかにも、アトランタ・ブレーブスで活躍したアンドリュー・ジョーンズは29歳までに打率.267、出塁率.345、長打率.505という立派な数字を残していたが、30歳以降はそれぞれ.214/.314/.420と急落。元タンパベイ・レイズのエバン・ロンゴリアも30歳までは.271/.344/.490だったが、その後は.251/.311/.433に落ち込んだ。元ニューヨーク・メッツのデビッド・ライトは30歳までは殿堂入り確実と見られていたが、その後は失速した。ノマー・ガルシアパーラ(元ボストン・レッドソックス他)、チャック・ノブロック(元ミネソタ・ツインズ他)なども同様の道をたどっている。
しかし大谷は、31歳になっても「20代前半と感覚的な違いはないと思う」と言いきる。こんな発言を堂々と口にできる選手は、ほかに記憶にない。
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一方で、精神面では変化があったことを大谷は認めている。
「それはだいぶ違うのかなと思います。家庭を持って子どもが生まれれば変わりますし。グラウンドの外でも、グラウンドでもそうですけど、人生観が変わるようなことって、必ずしもプラスな面ばかりではない。ただ、自分を成長させてくれるものだし、何事も経験かなと感じます」と語った。
子どもが生まれて、野球にどれくらい影響があったか、メリハリや気持ちの切り替えの面でも変化はあるかと質問されると、こう続けた。
「できれば棲み分けて、あまり野球を家庭に持ち込みたくないです。ひとりでいるときにああだったなとか反省するのはいいですけど、基本的にはグラウンドはグラウンド、家庭は家庭と考えたい。そういう意味でも、今はとてもよい時間を過ごせていると思います」と言う。
【「父親になれば強くなる」は大谷に当てはまるのか?】
ちなみに大谷に4月に長女が誕生し、父親となった時、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は「Dad strength(父親パワー)」の信奉者だと明かし、「翔平も父親になったんだから、バットで打球速度が120マイル(192キロ)出るかもね」と冗談交じりに笑っていた。
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「父親になると強くなる」という話は、科学的に証明された事実ではなく、どこか都市伝説めいた側面もある。根拠ははっきりしないものの、「父親パワー」はMLBの世界では以前からたびたび語られてきた。
前述のトラウトも、2020年に父親となり、戦列に復帰した直後の8試合で6本塁打を放っている。「間違いなく本物。関連性はある。人生のなかでも特別な瞬間だし、みんながそのことを話題にするから、自然と意識するようになる」と、本人も最近のインタビューで語っている。
4児の父で、さらに5人目の誕生を控えているクレイトン・カーショーも、父親になってからのエネルギーの変化についてこう話す。
「なんか常に動いている感じになる。もう"座ろう"って気にもならない。子どもがいなかった頃は、"今日はちょっとゆっくりしたいな"とか思う日もあったけど、今はもうそういうのがないし、必要もない」
偉大なふたりの経験談ではあるが、それが「父親になれば強くなる」ことの科学的証拠とは言い難いし、あまり大谷には関係のない話かもと思ってしまう。それよりも本当に大きな影響を与えているのは「意識の変化」かもしれない。
ロバーツ監督は、こうも語った。
「父親になることで視点が変わるんだ。些細なことにこだわらなくなり、本当に大切なものが何かが見えてくる。その変化は野球場でも生きてくる。実際、多くの選手たちが父親になることで、人生観や野球への向き合い方を変えていくのを見てきたよ」
筆者の印象は、今の大谷が以前にも増してメンタル面で安定していることだ。その日その日の結果に一喜一憂せず、シーズン全体を見据えながら、自分がすべきことに集中している。その背景には、父親になったことに加え、世界一を目指すドジャースで2年目を迎えたということもあるのだろう。
例えば、7月初旬には厳しい局面が続いた。4日からのヒューストン・アストロズ、ミルウォーキー・ブルワーズとの2カードで連続スイープ(同一カード連敗)を喫し、続く左フランシスコ・ジャイアンツ戦にも敗れて7連敗。打線はそのうちの4試合でわずか1得点と深刻な不振に陥った。
そんななかでも、大谷は冷静だった。打線不振の要因について問われると、こう語った。
「ここ数日、相手がすばらしい投手を揃えてきているというのはある。そのなかで、僕自身も含めて最低限の仕事ができれば、ヒットがなくても得点できる場面は少なからずある。そういうチャンスをきっちりものにできれば、終盤はしっかりブルペンに託す形に持ち込めるんじゃないかな」
また、ケガ人が相次ぐ状況についても、前向きに受け止めていた。
「幸いにも、それほど長い離脱にはならない。今出ている選手たちで頑張るしかない。ミギー(ミゲル・ロハス)もそうですけど、しっかり結果を出している選手もいる。オールスターブレークまでの残りの期間を粘り強く戦い抜ければ、主力が戻ってきたときにまたいい戦いができると思います」
ピンチの時ほど、チームリーダーとしての視野の広さと冷静さが光る。
つづく