画像:TBSテレビ『御上先生』公式サイトより ドラマのほうがニュース番組よりも鮮明に、リアルを映し出しているのではないか?
そう思う瞬間が増えている気がする。昨年放送された朝ドラ『虎に翼』(NHK総合)では、関東大震災の発生をきっかけに「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「朝鮮人が放火した」といったデマが流れた結果、罪のない多くの朝鮮人が多数犠牲になった史実が描かれていた。東京都知事の小池百合子が関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典への追悼文の送付を長年拒み続けているなど、この事実はどこかタブー視されている。そのため、『虎に翼』を通してこの過ちを知った人も少なくないだろう。
『虎に翼』同様にいろいろなドラマでも、私たちが生きている世界の政治や社会問題を取り上げ、それらを身近に感じさせてくれる。とりわけ現在は選挙期間中だ。「どこに投票すべきか」「そもそも、投票に行く意味はあるのか?」という選挙に関する疑問のヒントを示してくれるドラマは少なくない。今年放送されたドラマに触れつつ、そのドラマが残したメッセージについて語りたい。
◆個人の不満を“自己責任”で片付けてはいけない
まず紹介したいのが1月から放送された『御上先生』(TBS系)。官僚派遣制度によって県内屈指の進学校「隣徳学院」への出向を命じられた東大卒の文科省官僚・御上孝(松坂桃李)が主人公の学園ドラマだ。本作では生理の貧困から、第二次世界大戦で原爆が投下されたことに対する日米間の認識の違いまで、扱われたトピックスは実に幅広い。
そんな本作では「パーソナル・イズ・ポリティカル(個人的なことは政治的なこと)」という視点を持つことの重要性を御上が生徒に説くシーンが多い。どうにもこうにも、自己責任論が根強くなった今現在、何かしらの不満を口にした人に対し、自己責任論を突きつけて“論破”を目論む人は結構いる。ただ、「パーソナル・イズ・ポリティカル」という言葉が示す通り、私たちが抱いている何気ない不満が発生する背景を辿ると、政治の歪みが見えてくるケースは珍しくない。「パーソナル・イズ・ポリティカル」という視点は、選挙期間中には特に念頭に置きたい考えである。
◆しつこいくらい考えることの重要性
また、御上は生徒の疑問に答えをすぐに提示せず、「考えて」としつこいくらいに生徒に考えさせ、その考えを口に出すことを促す。最近では“ググって”答えを探し出す必要もなく、生成AIに質問すればタイパ良く回答が見つかる。加えて、ショート動画全盛の今の時代、それっぽい答えが次々と提示され、簡単に“知った気”になれるようになった。
そんな時代だからこそ、考えることの意義は相対的に増しているように思う。私たちの不満に耳を傾け、政治の問題として捉えてくれる政党、候補者をしつこいくらい考えて選びたくなる。
◆選挙で“作られた空気”に踊らされる有権者
次に1月から放送された『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』(フジテレビ系)。区議会選挙での当選を目指す元テレビ局のプロデューサー・大森一平(香取慎吾)が、庶民派アピールをするために義弟・小原正助(志尊淳)親子と一緒に生活する様子を描いたホームドラマだ。
作中、当初は区議会選挙に出馬する予定だった一平は、区民のより良い生活を実現するために区長選に出馬する。そして、4期連続当選中の区長・長谷川清司郎(堺正章)を引きずり下ろすため、あえて“最低男”を演じて一平の幼馴染で同じく区長選に出馬している真壁考次郎(安田顕)に票が流れるようにアシストする場面があった。この展開からは「選挙はその時の“空気”が決めてしまうのだな」と感じずにはいられない。
「暴露系YouTuber」として知名度を集め、2022年7月の参議院選挙で当選した「ガーシー」こと東谷義和も、時代が生んだ政治家と言える。本作で有権者は一平の術中にまんまとハマるが、その様子はどこか滑稽(こっけい)だった。しかし、東谷をはじめ、知名度が高いだけで政治家としての資質が不透明な候補者が当選するケースは頻出しており、実際のところ決して笑えない。世論、もとい政党側のマーケティングによって恣意(しい)的に生み出された空気に、踊らされないように注意する必要性を本作から強く感じた。
◆「苦しい人は自己責任! 邪魔なやつは攻撃して排除」
ちなみに最終回で一平は「自分が良ければそれでいいし、苦しい人は自己責任!」「いいよね? 邪魔なやつは攻撃して排除すりゃさ!」と喚き散らして区民からのヘイトをかき集めるシーンがある。現実でも差別や分断を煽るような演説を見せる候補者は一定数いるが、残念ながら賛同する人は少なくない。
このシーンを今見ると、「ヘイトに異を唱える有権者ばかりではないのでは?」と有権者の反応に違和感を覚えそうな自分がいた。
◆朝ドラが描く「戦争の真の怖さ」
もう1つは現在も放送されている朝ドラ『あんぱん』(NHK総合)だ。国民的キャラクター『アンパンマン』を生んだ漫画家・やなせたかしさんと妻の小松暢(こまつ・のぶ)さん夫妻をモチーフにした本作。4月から放送され、前半の3か月は柳井嵩(北村匠海)と朝田のぶ(今田美桜)の生い立ちに加え、戦時中の鬱屈した空気感が映し出された。
出兵を“名誉あること”と認識され、それを否定しようものなら非国民扱いを受ける。まるでSF映画を見ているような非現実的なシーンの連続ではあるが、たしかに数十年前にこの国であった光景なのだろう。
また、兵隊に取られた嵩は、先輩からの理不尽な暴力を受け続け、戦地で飢餓に苦しむが、勇ましく敵国とドンパチやる様子は描かれない。銃も敵兵を登場させずに戦争の恐ろしさを見事に表現しており、改めて戦争を二度と起こしてはいけないと感じた。
◆もし憲法が改正されれば、日本の戦争が現実になるかも
言い換えれば、もし憲法が改正されれば、そしてこの国の主権が国民ではなく国家になれば、日本は戦後から戦前の国になるかもしれない。自分自身は出兵したくない。友達や未来ある若者にも当然、嵩をはじめ兵隊として戦地に赴いた登場人物たちのような思いはしてほしくない。『あんぱん』を見ると、各政党、候補者が憲法についてどのような考えを持っているのかを今まで以上に注目したくなった。
ドラマはあくまでエンタメの1つだ。嫌な日常を一時的に忘れさせてくれる役割を果たしてくれる瞬間もあるだろう。ただ、政治や社会問題に目を向けるきっかけも与えてくれる。政党を選ぶための情報収集としてドラマを見てみるのも悪くないのではないか。
<文/望月悠木>
【望月悠木】
フリーライター。社会問題やエンタメ、グルメなど幅広い記事の執筆を手がける。今、知るべき情報を多くの人に届けるため、日々活動を続けている。X(旧Twitter):@mochizukiyuuki