「この上司にはもうついていけない」――NECエリート幹部が部下の声に絶望……それでも変われた“5つの当たり前の行動”

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2025年07月18日 08:10  ITmedia ビジネスオンライン

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日本電気 コーポレートIT戦略部長 上坂利文氏

 「有能だが、部下がついてこない」――。日本電気(NEC)のコーポレートIT戦略部門長である上坂利文氏はかつて、社内でそんな評価を受けていたという。業績評価の指標は全て達成し、成果を出してきた自負があったものの、上層部からは「お前にピープルマネジメントは任せられない」という厳しい現実を突きつけられた。


【画像】コーチングセッションを通して定めた5つの“簡単な目標”


 さらに、部下からの「生の声」を知り、激しく絶望し、一度は「会社を辞めようか」とまで思ったと振り返る。しかし、上坂氏はビジネスコーチングと出会い、そのマネジメントスタイルを劇的に変革させたという。ビジネスコーチ社(東京都港区)が開催した勉強会から、上坂氏の「実体験」を紹介する。


●今、注目される「ビジネスコーチング」とは?


 本題に入る前に、まず「ビジネスコーチング」とは何か、そして上坂氏が変革のパートナーに選んだ「ビジネスコーチ社」について簡単に説明しておきたい。


 近年、「人的資本経営」というキーワードが注目を集める中で、企業におけるコーチングへの関心も急速に高まっている。コーチングとは、一般的に「対話によって相手の気付きや行動変容を促し、目標達成を支援する」ことを指す。馬車が現在地から目的地へ人を運ぶように、コーチングはクライアントの「現在地」と「目的地」のギャップを対話によって解決していくものだと例えられる。


 コンサルティングが専門的知見によって解決策を提示するのに対し、ビジネスコーチングは、クライアント自身が主体的に考え、解決策を見つけ、行動を起こすことを促す点に大きな違いがある。


 上坂氏をコーチングによって支援したビジネスコーチ社は2005年創業、2022年10月に東京証券取引所グロース市場に上場したベンチャー企業だ。人材育成・組織開発事業を手掛け、これまでに500社を超える企業を支援してきた。同社は特に「1対1コーチング」に強みを持ち、経営者や経営幹部に対するエグゼクティブコーチング、管理職への「1対N」コーチングなどを手掛けている。


 副社長の橋場剛氏は、創業メンバーの一人として20年間ビジネスコーチングに携わり、コーチングセッション・研修実績は300社以上、延べ10万人以上、累計1万時間を超える。


●「業績は出すが、人がついてこない」管理職の葛藤


 上坂氏がこの厳しい評価を受けたのは、次のステージへの昇進を控えた時期だった。人事からのフィードバックは明確だった。すなわち、「マネジメントと部下育成に課題がある」ということだった。


 自身としては、これまでも業績目標を全て達成し、組織に貢献してきたという自負があっただけに、この言葉は重くのしかかった。上坂氏と対話してきたビジネスコーチの橋場氏は「これまでのキャリアで成果を出されている方であり、プライドも当然あるでしょうし、仕事に対して自信もおありでした」と振り返る。


 当時の上坂氏のマネジメントは「指示・命令型」だった。


 社内で誰よりも「答え」を知っている自分が部下に具体的な指示を出し、その通りに動くことを求める。もし動かなければ、「なんで動かないんだ?」といらだちを感じることもあったという。しかし部下からすれば、やったことのないことをいきなり指示され、完璧にできなければ上司に責められる――。このような、不満が蓄積していく負のサイクルに陥っていたのだ。


●部下の「生の声」が突きつけた絶望


 上坂氏を決定的に打ちのめしたのは、人事部を通じて知らされた部下からの「生の声」だった。通常、オブラートに包まれるフィードバックも、上坂氏は自ら「生の声を見せてください」と人事部の役員に求めた。そこで明かされた内容は、自身が築き上げてきたと思っていたマネジメントの在り方とはかけ離れたものだった。「もうこんな上司にはついていきたくない」――。そういったコメントの数々を聞き、上坂氏は「かなりしんどい思いをした」と苦笑する。


 「業績を上げてもピープルマネジメントができていないという評価が下るなら、業績だけで評価してくれる外資企業に移った方がマシだ。会社を辞めようか」とまで考えたというから、その絶望がうかがえる。


 しかしこれをきっかけに、上坂氏は自身のマネジメント方針を見直したいと強く意識するようになった。「なぜ今までコーチングを受けてもマネジメントがうまくいかなかったのか、自分では分からない。社外コーチをつけてほしい」。そして自ら人事に願い出て、ビジネスコーチ社の橋場剛氏と出会うことになる。橋場氏は、「上坂氏ご本人もすごくダメージを受けていらっしゃる中でのスタートでした。まだ信頼関係も築けていないなか、コーチングセッションにおいても、はっきり言って『お手並み拝見』と思われていたと思います」と当時を振り返る。


 橋場氏との対話で、上坂氏は「自分としてどうありたいのか」を問いかけられたという。そして複数回のセッションを通して設定されたのが、一見するとマネジメントとは直接関係ないように見える、基本的な「人と人とのコミュニケーションの取り方」に関する5つの行動目標だった。


●5つの「簡単な行動目標」とは?


コーチングを通して策定した5つの行動目標とは、以下の通りだ。


・相手が話した内容を確認し、相手の意図を正しく理解する


・相手の話をいったん受け止め、理解したことを相手に伝える


・関係者とのコミュニケーションを週1回は実施し、ゴールイメージや課題などを共有し、質の高いコミュニケーションが取れるようにする


・自分の考えていることが伝わったか、相手に確認する


・メール、チャットに加え、対面でもあいさつ、感謝の言葉を声に出すようにする


 これらの目標は、上坂氏にとって「当たり前だと思っていたが、全くできていなかった」という。同氏は当時、相手の話を途中で遮ったり、最後まで聞かなかったり、自分の考えを一方的に伝えて終わりにしてしまうことがあったと認めている。


 橋場氏とのコーチングセッションは、週1回の対面と、メールやチャットでのやりとりを通して進められた。特に上坂氏が印象的だったと語るのは、橋場氏がアドバイスをするのではなく「完全に寄り添いながら気付きを与えてくれる」コミュニケーションだったことだ。このコーチングを通して、上坂氏は自身の行動を客観的に見つめ直し、改善していった。橋場氏もまた、上坂氏の「弱みをさらけ出し、変わろうとする姿勢を見せることで、周りも『変わろうとしているんだ』と理解してくれた」と、その真摯(しんし)な取り組みを評価している。


●行動変容がもたらした驚きの成果


 コーチングを受け、行動目標を実践し始めた上坂氏は、自身のマネジメントスタイルを根本から見直すことになった。以前は部下を「指示通りに動かす」という思考だったのが、コーチングによって「相手がどうすれば最高のパフォーマンスを出せるか支援する」という考え方に変わったのだ。今は部下に対して「なんでうまくいかないんだ?」と詰問するのではなく、「自分の頭で考えて、自分で答えを出させる」ようなコミュニケーションを意識しているという。


 この変化は、実際の業務にも大きな成果をもたらした。上坂氏が責任者を務めるユニットでは、オンプレミスビジネスが主流だった中、クラウドビジネスへの転換が急務だった。2023年の当初、「2025年までにモダナイゼーション/クラウド比率を5割以上にする」という目標を掲げていたが、上坂氏の新たなマネジメントスタイルによって、想定よりも1年前倒しで達成できたという。同氏は「この成果は自分一人では絶対にできなかった。仲間と課題やビジョンを共有し、一緒にやっていくことで達成できた」と振り返る。


●「しくじり管理職」から本当のリーダーへ


 上坂氏の体験は、ビジネスコーチングが単なる能力開発にとどまらず、個人が深く自分を見つめ直し、行動を変えていくきっかけとなり、ひいては組織全体の成果にもつながる可能性があることを示している。かつては「仕事はできるが、部下に信頼されない上司」だったが、今では部下の力を引き出し、組織を成功に導く「リーダー」へと成長した。


 VUCA(ブーカ=変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)と呼ばれる変化の激しい現代のビジネス環境では、企業や従業員に、これまで以上に迅速な意思決定と行動が求められている。一方で、長年の経験を持つ40〜50代の幹部社員にとっては、これまでの成功体験が逆に変革の妨げとなるケースも少なくない。


 ビジネスコーチングは、こうしたベテラン層が自らの強みを生かしながら、新しい環境に適応し、より高いレベルでリーダーシップを発揮するための有効な手段となり得るかもしれない。



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