作者の五十嵐タネコさん(41歳)「生ポ」「怠け者」「不正受給」……生活保護に関するイメージは悪いものが多い。2025年5月のアーラリンクの調査(対象:生活保護受給者552人)によると、受給に「後ろめたいが仕方ない」と感じる人が60.7%、「恥ずかしい」12.1%、「当然の権利」は21.4%だった。
そんな生活保護の実態について、リアルに描かれた漫画『東京のど真ん中で、生活保護JKだった話』(KADOKAWA)が話題だ。本作は、作者の五十嵐タネコさん(41歳)の実話に基づいて描かれた作品だ。タネコさんに話を聞いた。
◆貧乏でお風呂に入れなかった子ども時代
タネコさんは、6歳年上の兄と両親の4人家族で、東京都S区に生まれた。タネコさんが産まれた頃、父親が脳腫瘍の手術を受け、言語障害等の後遺症が残り、一家は貧困生活を送っていた。
「子どもの頃は勉強が得意で運動が苦手な、普通の子どもでした。友だちと遊んでいるとやや浮いていましたが、壮絶ないじめの経験はありません」
実家は、築年数が分からないくらいの風呂なしの2Kだった。銭湯代がなく、風呂には週1しか入れなかった。
「小学校5〜6年生の頃には、お風呂に入っていないなど、些細なことで周囲とずれを感じたこともあります。一般の家庭と違うということは徐々に気づいていきました」
彼女が小学校に入学する頃には、母が乳がんの手術をする。その翌年に、バブルが崩壊し、父は最初のリストラに遭う。
「1回目のリストラの時は、関連子会社に出向することになり給与が下がったようでした。父は更に私が小学校高学年の頃に2度目のリストラに遭い、失業保険で生活している時期がありました。半年〜1年くらいで再就職しましたが、暮らしは安定しませんでした」
◆父の失業と母の統合失調症による奇行
タネコさんは、中学校に入ると、景品目当てで友人たちとボランティア活動に参加することになる。中でも、「子どもキャンプ」のボランティアが好きだった。そこで、彼女は人生を大きく変える、区役所職員の柳さんと出会う。だが、母が兄と衝突するなど、家庭内ではもめごとが増えていった。
「母が突然、マンションを買うと言い始めたり、賃貸住宅なのにリフォームをし始めたりと、奇行が始まりました。後に、母は統合失調症だと聞かされました。非常に教育熱心で、兄にも自分にも厳格な教育を課していて、『条件付きの愛情』でした。調子が良い時は『かわいい宝物』という一方で、思い通りにならないと怒ったり突き放したりするという、二面性がありました」
母の歪んだ教育の影響を強く受けたのは兄だった。
タネコさんが高校に入学すると、父が今度は 脳梗塞で倒れて、入院する。3度目の失業をした。兄は母との軋轢で、大学4年生の時に、休学しひきこもり始めた。母も入退院を繰り返し、家庭には不穏な空気が流れだした。
◆生活保護受給よりも親がお金の無心の電話をしている姿が嫌だった
彼女が17歳の時に、いよいよ困窮した一家は、生活保護を受給する。その時は、どう思ったのか?
「親への不満は、貧乏そのものより、行政に頼らず親戚に金の無心をする姿を見せられたことでした。『なぜ早く社会福祉を頼らなかったの?』と。父が母をかばう態度も苛立ちの種でした」
それなので、自分自身ではなく、受給したのは親だったこともあり、割り切った気持ちだったという。
だけど、生活保護を受給していることは、高校生当時には彼氏(現在の夫)くらいにしか言っていなかった。
「そもそも家庭の経済事情の話題が出ることはあまりないので、話す必要がなかったというのが、実際のところです。が、仕方ない事情で受給しているとはいえ、知られたら恥ずかしい・差別されるのが怖い・詳しい事情をわざわざ説明したくない……という気持ちもあったと思います」
◆「銭湯券」は、1人あたり年間60枚(約週1回分) のみ支給される
生活保護で支給される『銭湯券』は年間60枚(約週1回分)のみ。伯母の家で風呂を借りることもあったが、夏場は特に不足し、台所で体を拭く日々が続いた。
「毎日、お風呂に入れないので、台所で体を拭いたり洗ったりしていました」
憲法25条は『健康で文化的な最低限度の生活』を保証するが、高校生が毎日風呂に入れない現実は、その理想とは程遠い。
◆就職を機に世帯分離をし独立
そんな生活から抜けるきっかけは、彼女の就職とともに訪れた。高校卒業後の進路は、公務員となることを決め、内定も取ったが、自分が家族を扶養するのかと不安に襲われた。
「私は自分の人生を生きてはいけないのかと葛藤しました。新卒の手取りは14万円程度。だけど、生活保護のケースワーカーさんに直接相談するのが不安で、ボランティアで親しくなった、柳さんに相談しました」
柳さんは、タネコさんが自分の人生を歩む道を応援してくれ、彼女は家族と世帯分離することで、公務員の寮で1人暮らしをすることになった。
「1人暮らしをして一番嬉しかったのは、毎日、お風呂に入れたことでした。初任給で何を買ったかは覚えていません。だけど、自分で働いて収入を得ることがとても嬉しかったです」
◆漫画化しようと思ったのはあるインフルエンサーの炎上がきっかけ
タネコさんはなぜ、自分の経験を漫画化しようと思ったか聞いた。
「小学校の頃から絵を描くことに興味があり、独学で勉強を続けていました。公務員になった後も、漫画家になる道をあきらめきれず、24歳の時に漫画アシスタントになりました。2021年に、あるインフルエンサーの方が、生活保護受給者やホームレスの方に対する差別的発言をして、炎上をしたことがありました。それがきっかけで、今描かなきゃ!と思いました」
KADOKAWAが主催する2022年の「コミックエッセイ大賞」に応募すると、大賞を受賞した。
『生活保護受給者は怠け者』とSNSで揶揄されるが、受給者には多様な背景がある。「私はこの制度に救われた」とタネコさんは語る。働きたくても障害があり働けない人、抜けたくても抜けられない人もいる。それでも、生活保護は国民の権利だ。かつての自分と同じ境遇の人に、彼女は言う。「家族と共倒れせず、自分の人生を歩んでほしい」。
生活保護は命綱だ。批判する前に、受給者の背景に目を向けてほしい。
<取材・文/田口ゆう>
【田口ゆう】
立教大学卒経済学部経営学科卒。「あいである広場」の編集長兼ライターとして、主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。現在、介護・福祉メディアで連載や集英社オンラインに寄稿している。X(旧ツイッター):@Thepowerofdive1