ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!
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――米帝国は核戦争に対しても万全の構えですね。
佐藤 「ゴールデンドーム」のことですか?
――はい。イスラエルのアイアンドームを超える、北米大陸対核ミサイル完全防衛網であります。宇宙空間に対弾道核ミサイルを打ち上げることで、万全な体制を築けるようです。カナダにも「金を出せ」とトランプ皇帝は脅しをかけています。
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佐藤 かつて故ロナルド・レーガン元大統領が展開したSDI構想(戦略防衛構想/通称:スター・ウォーズ計画)と一緒ですよね。
――はい、結果的にはそれでソ連を叩き潰しました。
佐藤 大きな夢を掲げていれば、それに併せていろんな技術が生まれてきますからね。
――ここは静観するということですか?
佐藤 まずそれより先にやらないといけないのは、マッハ10で飛んでくるキンジャールミサイルや、マッハ11を超えるといわれているオレシュニクミサイルから、どうやって防衛するかですよ。どうやると思いますか?
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――空母は潜水艦にするか、空を飛ばすしかないです。
佐藤 いまのところアメリカの空母打撃群は、ロシア沿岸には近寄らないというのが最良の方策です。
――いま、米海軍の空母機動部隊が怖いのはロシアなんです。この前、トランプがプーチンとの電話会談で「良い会話ができた」と言っていたのは、ロシアの頭目とまず話ができたので一安心と。
佐藤 空母打撃群を近寄せられないからそうなりますよね。それからもうひとつ、南極周りから撃ってくるサルマートミサイルはどうします?
――射程1万8000kmの「どこでもドア」のようなロシアのミサイルですね。だから、ゴールデンドームが必要だということです。
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佐藤 しかし、配備に20年ぐらいかかりますよ。
――明日サルマートが飛んで来たら、米帝国は終わりです。
佐藤 そうですよね。だから当面は、明日のことは心配しないという判断です。
――それではダメだと思うのですが......。
佐藤 でも南極からの攻撃には準備していないというのが現状です。なので、南極から飛んできたら厳しいですね。
――確かに。
佐藤 でも、核兵器に関しては、いま米ロよりもっと怖いところがあります。
――どこですか?
佐藤 インドとパキスタンです。ここは、恐ろしいですよ。
――カシミールのテロ事件をきっかけに両国で戦争が起きましたが、パキスタンが勝ち、インドが負けて、停戦しますよ。
佐藤 いやいや、係争地のカシミールは人口過疎地です。だから、広島に落とした原爆くらいの戦術核を使ったところで、数百人しか死なないんですよ。
――なんと!! でも、あそこの1/3は中国が抑えていますよ。
佐藤 中国は武器を配備せず、対インドでは棍棒しか持っていません。だから、中国は核兵器を使いませんが、印パは使う可能性があるんです。
――すると、カシミールのド真ん中を占有するインド、その西側を持つパキスタンに核兵器がやって来る可能性があると?
佐藤 はい。印パのどちらかが極端に劣勢になったら使う可能性は高いですね。さらに、そうなると報復としてカシミール以外、本国に核攻撃を行なうことも考えられます。
――過疎地から人口密集地での核兵器による殺し合いは、すさまじい数の人間が死にます。
佐藤 特にパキスタンがすぐにカッとなる可能性があります。印パ戦争で劣勢になる可能性が高いのはパキスタンだからです。
――ゴールデンドームだなんだという前に、印パ核戦争勃発。
佐藤 これはイギリスが残した負の遺産なんですけどね。印パの何が怖いかと言うと、すぐにカーッとなる。
さきほども言ったように、カシミールは人口過疎地だから、被害は非常に少なく済みます。核兵器を使って数百人程度死ぬだけならば、使いかねません。
――逆に、印パの両当局は核兵器の威力を実際に見たいでしょうね。
佐藤 でも、始まってしまったら、どんどん続いていっちゃいますからね。
――戦術核兵器を一度使ったら、核兵器を使う敷居が下がり、一般の兵器と同じになるということですね。だから、核兵器は神棚に飾る武器であり、使う対象ではないと。
佐藤 そうです。一度戦術核を使ってしまえば、戦術核までは使ってもいいということになります。そして、その線引きは米ロに届く戦略核です。戦術核はあくまで前線で、局地的に使うものですが、戦略核は主要都市や軍司設備といった国家の戦略目標に向けたものになります。
――戦術核、戦略核はその使用目的によって、米露が分類したものです。一番多くの核弾頭を持つ米露が決めた基準ならば、それが基準になりますから。
佐藤 カシミールであれば何の戦略的重要性もありません。だから、これは筋が悪い案件なんですよ。特に戦略性もない場所にもかかわらず、インドとパキスタンが面子をめぐって争っています。だから、両国は妥協ができないということなんです。
――まさに最悪の筋悪案件。
佐藤 そうです。シンボルをめぐる闘争で面子を守る闘争だから、妥協のしようがないんです。もしもそこが死活的な重要な土地であるとか、何かの聖地や発祥の地であったりすれば、そこには歴史があって、何か戦略的な物資があるので、どこかで折り合いがつきます。
しかし、このカシミールはそうではありません。観念の世界の戦いなんです。
――それは印パともに一歩も、一ミリも引けませんね。そして、そこが双方から戦術核兵器が使われる初めての地となり、世界核戦争の始まりの地となる可能性がある。
佐藤 そうです。だから、理由か何か取引の材料ではなく、「カッとなるのを止めてくれ」としか言えません。
――すさまじいまでに、ややこしい。
佐藤 だから、いま一番注意しなければならないのは、この2ヵ国なのです。
次回へ続く。次回の配信は2025年7月25日(金)予定です。
取材・文/小峯隆生