坂本真綾マーベル映画に新しい風が吹く――。7月25日より『ファンタスティック4:ファースト・ステップ』が公開中だ。
宇宙でのミッション中のアクシデントで、特殊な能力を得てしまった4人の宇宙飛行士。彼らは時には“家族”、時にはヒーローチームとして活躍する“ファンタスティック4”である。そんなメンバーの精神的支柱となるスー・ストーム/インビジブル・ウーマン(ヴァネッサ・カービー)は注目したいキャラクターだ。彼女の日本版声優を務める坂本真綾は、これまでもジェーン・フォスター役ぶりのMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)作品への出演となる。
そんな彼女が演じていた感じたスーのキャラクター性や「家族」というテーマ、そして洋画吹替え作品の行き先とは。
「絶対に受かりたい」と思って挑んだオーディション
──まず、本作でスー・ストームを演じることが決まった時のお気持ちから教えてください。
マーベルのヒーローの吹替えをやるってことは声優にとってすごく特別なことだと思います。私は以前、『マイティ・ソー』シリーズでジェーン役の声をやってきて、最初は普通の人間のキャラクターでしたが最終的に自分がまさかハンマーを持って戦う役をやるとは思わなかったですし、彼女メインの物語ができた時も嬉しかったです。あれはナタリー・ポートマンという女優さんを長く演じるご縁が続いてきての出会いだったのに対し、今回のスー・ストームは新しい役としてオーディションに参加させていただきました。オーディションの段階から絶対に受かりたいと思って挑んでいたので、すごく嬉しかったです。
──オーディションだったんですね。何かその際にご自身がスーを表現する上で大切にしたポイントなどはありますか?
正直に言うと、絶対受かりたいとは思いつつ自分には合わないかもと思ったところもあって。もともと演じられているヴァネッサ・カービーさんの声質も結構ハスキーだったり低いトーンだったりするので、本国のスタッフさんから声質があまりにも違うと合わないと思われてしまうかなと不安もあったんです。ただ、声そのものはもう変えられないので自分が役から受けた印象を大事にしました。
スーはいわゆる特別な力を持ってガンガン戦っていく強い、ちょっとマッチョなタイプのヒーローではなくて、どちらかというとすごく柔らかい話し方をするんです。家族をまとめる…お母さんではないけど、みんなにとって“母性”を感じさせる柔らかさがあって。リーダーとして呼びかけるセリフにしても、大演説を繰り広げるというより、素直な気持ちを的確な言葉で表してみんなに届かせることができるんです。
とても聡明な女性で、表面的な強さではなくもっと深いところにある、女性の慈悲深い強さのようなものを感じたので、そういう部分を表現できればいいのかなと思って挑みました。結果として役をいただけて、とても嬉しかったです。実際、「カリスマを感じさせる彼女の人柄というのは決して力ずくで誰かを納得させるものじゃなくて、すごく温かいもので包み込むようなキャラクター」ということは演出家の方からも話を伺いました。
──これまでも何作か参加されていますが、改めてマーベル作品に対する印象っていかがですか?
自分が観客として観る時はただひたすら派手なアクションシーンやキャラクターの個性を楽しんだりヒーローたちに憧れたり、素敵だなとか、友達に似ているなとか(笑)いろんな感情で向き合えて、“華やかなエンターテイメント”というのがマーベル作品への印象です。ただ、『ファンタスティック4:ファースト・ステップ』はそういった意味ではすごく新しく感じました。また全然違う切り口で、ヒーローのパワーじゃない部分に焦点を当てているというか。人としての揺れや葛藤の中でたまたま授かった力をどう、誰のために役立てていくのか考えるヒーローの物語なんです。だからすごく静かなシーンも多いですが、その会話のやり取りの中で「あ、この人私に似ている」って場面があって、とっても遠いところにいるはずのヒーローが近く感じられました。それがすごく新鮮だったし、今まで私が感じてきたマーベル作品の印象とは一味違いましたね。
「家族であろうとする想い」が大事
──演じられたスー・ストームへの印象も教えてください。
特にスーはみんなに頼られる存在だったり、知性の部分で交渉だったり、いろんな人との話をまとめる役をやっているけど、今回は一人の女性として「出産」という体験をしていく中で、守りたいものが増えるんです。その中で何を優先させるのか。彼女の場合は「人類を守る」というすごく大きな使命があって、そこに共感するのはおこがましいかもしれないけど、私自身も出産や育児を経験しながら仕事をしていく中で、今まで天秤にかけたことがないような大事なものをかけなきゃいけない瞬間がきたり、悩むことも多かったりしたので、そういう体験をしたことがある人にとっては自分ごとに思えると思います。家族か仕事かの狭間で葛藤する気持ちはいろんな方に共通するものだと感じました。
──同じく出産や育児を経験されている坂本さんだからこそ、スーに共感したこと、または新たに役を通して得られた発見などはありますか?
スーはもともと強い女性だけれど、母親として子供を守りたいと思う気持ちは他の時に湧いてくるエネルギーとは違うところから湧いてくるものだと思っていて。守りたいものが増えるってことはそれがウィークポイントになりかねない、弱みになってしまう部分もあると思うのですが、そこに対して彼女自身もおそらく感じたことのない…「どこから湧いてくるんだよ」ってエネルギーが加わって立ち向かう力に変えていっていると思うんです。「私にこんなエネルギーどこにあったの? 自分も不思議」ってことは母親になって感じることでもあるので、得体のしれない力というか。そこはわかるなって思いました。あと、必ずしも何かを選ぶってことは何かを犠牲にしなければいけないってことでもないんじゃないかって思わせてくれる場面があって、そこはすごく心強いなと思いました。
──坂本さんご自身もスーと同じように忙しい中で育児もされていますが、普段どのように乗り越えているんですか?
試行錯誤がずっと続いていて、「これだ」って答えは未だにありませんが…今しかできないことがある、ってずっとわかっていたつもりなんですけど、やはり子供って日々あっという間に大きくなっていくんですよね。仕事だったら「じゃあこれは一旦来年か再来年にまたチャレンジしよう」って思ったことがあっても、子供って来年、再来年には別の生き物になっているくらいスピード感のある、変わってしまっていく存在なので、今この瞬間を見逃したらもう二度と見られないものを毎日見ている。だからちょっと大変だなって思う時には「でも、この大変ささえ懐かしく思える日が来ちゃうんだなぁ」って思うようになりました。
長く仕事していると、もちろん仕事にも発見や変化がありますし、自分の頑張りでなんとか成り立ったり、自分の準備でなんとかしていったりってできるけど、子供って「こうしたらこうなる」って方程式がないので、仕事とは違う脳みそを使わせてもらっている。良い脳トレ、みたいな気持ちになるようにはしています(笑)。
──本作の「家族の揺るぎない絆」というテーマについての印象は?
チームにはもちろん血が繋がっていないメンバーもいるけど、長く時を共にしてきて、お互いにヒーローであろうがあるまいがそばにいる人としての絆があり、そうして一緒に過ごしてきたからこそ大きな局面で信じ合えるっていうのは、すごい強みだと思いました。
それと同時に、姉弟は別だけど夫婦って他人じゃないですか。“家族になることにも努力がいる”というか、その絆を守ることにも努力が必要で、「家族だから、絆があるから盤石」ってことはないと思うんです。多分彼ら自身も世界を守るという大きなプレッシャーを毎日感じる中で、本当の自分のままでいられる場所ってすごく必要なんだろうなと思って。この“家族”という“場所”をとても大事にしている彼らだからこそ、ここまで強い絆があるんだなと感じました。
ただ単純に「家族の絆っていいよね」って話だけでなく「家族であろうとするその思いって大事だよね」って思える。一言で言うと「家族」なんだけど、もっと繊細なもので結ばれているチームだなって感じました。ベンがそこにいられるっていうのも、メンバーの理解やお互いの尊重があってこそだし人間的に互いを高め合える家族の姿がとても素敵でした。
──本当にその通りですね。ちなみに、スー以外のメンバーの印象は?
みんなすごくいい人なんですけど、やっぱりリードは正義感が強くて真面目で、家族のことも大事にしてくれる。でも冷静さというか、その正しさがちょっと女性目線だと理屈じゃない部分を共有するのが難しい、理性ではない感情の部分をどうやって共有するんだろうって思ってしまうというか(笑)。だからスーとリードの二人はすごくそういうところをうまく埋め合わせているんだなと感じました。リードのちょっと不器用なほどの生真面目さは、ちょっと時々イライラしながらも(笑)、支えてあげたくなる繊細もあって魅力のある男性だなと思いました。
──坂本さんご自身は普段、夫婦のそういった“違い”などに対してどんなふうに向き合うのでしょう?
自慢できるようなことは何もなくて(笑)。ただ、スーの「どんなに感情が昂っても相手を責めるようなことは絶対に言わない」姿は、見ていて勉強しなきゃいけないなというか、だから上手くいっているんだろうなって感じました。感情任せで何かを言うことがないのがスーの偉いところだし、彼女から得た学びですね。
──チームをまとめるのが「家族としての揺るぎない絆」だとして、坂本さんにとっての「揺るぎないもの」とは何でしょう?
先ほど言った「家族だからって」というのはやはりお互いを思いやる気持ちがないとダメで、「ヒーローだとしても家族を思いやる気持ちのない人に世界を思いやることはできないよ!」みたいなことを今回感じたんですけれど(笑)。もっとミニマムに言えば、やはり自分自身を思いやれないと、家族のことも思いやれないっていうのは最近思っていることです。
揺るぎないってことはないんですけど、自分で自分がなんか上手くいかないなって思ったり、なんか最近すごく疲れているなって思ったりする時って、自分自身を大事に扱っていない時で、それってすごくしんどいんですよね。だから、「疲れている時こそ自分へのケアを」って最近よく聞きますけど本当にそうだなと思います。そうでありたいと思っているというか、実は一番忘れがちな自分のことも大事にして、その結果家族のことも大切にして、もっと広い範囲の誰かを思いやれる人になりたいって“想い”は揺るぎないです。難しいけれど、そうやって難しいことをお互いにやっていくことが、コミュニティなのかなと感じます。
洋画吹替えのこれからを想う
──洋画の吹替えはもちろん、アニメシーンでも長いキャリアを歩まれていますが、改めて吹替えとアニメのお仕事での違いとは何ですか?
単純に生身の人間が一旦演じているものですから、自分がどんなふうにしたいかってことはさておいて、本作で言えばヴァネッサさんが演じたかったものを汲み取って、どれだけ日本語でも寄り添えるかってところですよね。そうやって作品の全体の方向性に寄り添うことが何よりも大切で、アニメとかは本当に音楽も何もないところにまず声を当てていくので、いろいろなアプローチの違いがあります。映画の吹き替えのお仕事も長くやってきて、自分としてはすごく好きな仕事です。
吹替えってどれだけ人にとってニーズがあるのか、これからどう変わっていくのかわかりませんが、やはりマーベルもそうですけど世界中のいろんな言語で吹替えを作られていることは、その国語で聞くことでより一層作品への没入感を高め、その国の価値観を投影しながらより共感を持って観られるようにする工夫でもあると思うんです。
今いろいろと技術が発達して、いつかはなくなるお仕事かもしれないって想像もしながら、でもヴァネッサさんとの呼吸の合わせ方とか、生身の人間同士だからできること、きっとあるだろうなと思ってやっています。今回はそれが難しい部分でもありましたが、最終的には寄り添える音声になっているんじゃないかなと思っています。
──長年洋画の吹替えを務めてきた坂本さんだからこそ、吹替えの現場の変化や、これからどんなふうになっていくのか想像した時に感じるものは何ですか?
なんでしょうね、でも本作でいえばアメリカのスタッフさんも「吹替えは日本に任せるよ」ってわけでなく、一緒に作ってくれる感覚があって。それはすごく良いことだと思うんです。やはり現場で作っている人にしかわからない思い、キャラクターの描き方、作品のテーマってあって、日本版は日本版だけの解釈を作るのではなく、意見を交換しながら一緒に作っていける環境がありました。作品の一部として深く携われているって実感にもなってとても誇らしいし、言語の壁を超えてより多くの人に作品を楽しんでもらいたいという願いは共通のものだと思います。
今回すごく面白かったのは、最新作なのにレトロ・フューチャーな世界観の作品なので、少しだけ古風な音声作りをしたことですね。たとえばテレビ司会者の語り口調とか、街の人の短いセリフなどでも、60年代らしい独特な雰囲気をまとっているというか。日本版でもその時代ならではの特徴を捉えた演じ方を大切にされているなと思いました。私もスーを演じながら、あまり現代的な表現になりすぎないようにと心掛けていたんです。だから最新作でありながら、懐かしいものになっている、そういう面白さがありましたね。
──最後に、本作を日本版で楽しみにしている観客に向けてメッセージをお願いします。
吹替えは映像に没入できる良さがあると思うので、劇場で映像に釘付けになりながら、日本版ならではの良さを味わって楽しんでいただけると嬉しいです。あと、マーベルはたくさんの作品があって追えなくなってしまう方も多いと思いますが、「どこから観たら良いかわからない」っていう方は改めてここから観てください、っていうのが『ファンタスティック4:ファースト・ステップ』なので、マーベル作品はこれが初めて、という方もぜひ観ていただければと思います。
(ANAIS(アナイス))