撮影/中村和孝 元TBSアナウンサーの宇垣美里さん。大のアニメ好きで知られていますが、映画愛が深い一面も。
そんな宇垣さんが映画『顔を捨てた男』についての思いを綴ります。
●作品あらすじ:俳優になりたいと願っていながらも自身の容姿にコンプレックスを抱え、内向的な性格を変えられずに生きてきたエドワード。しかし、外見を大きく変える治療を受けて新しい顔を手に入れた彼は、別人として順調な人生を歩み始める。ついに人生が好転しはじめたエドワードだったが、かつての自分の顔にそっくりな男が目の前に現れ、人生が狂い始めていく……。
理想と現実が目まぐるしく反転していく傑作スリラーを宇垣さんはどのように見たのでしょうか?(以下、宇垣美里さんの寄稿です。)
◆見た目が変わったら、あなたの人生は見違える?
ああもっと美しければ、背が高ければ、手足が長ければ……。誰もが抱いたことのあるその感情。
人は一歩踏み出す勇気がない時に、ついつい自分の変えられない身体的特徴を引き合いに出して己を慰めるものだけど。ねえ、それって本当かな? 見た目が変わったら、あなた自身は本当に見違えるんですかね?
この作品が淡々と突き付けてくるその問いの答えはいずこに。いいや、見つけたくない。
◆痛みと引き換えに念願の新しい顔を手に入れた男
特徴的な顔立ちでなかなか仕事にありつけない役者のエドワードは、自分自身を押し殺して生きてきた。
隣の部屋に越してきた劇作家志望のイングリットに好意を抱いたことをきっかけに、勇気を出して治験に参加し、痛みと引き換えに念願の新しい顔を手に入れる。エドワードを葬り、別人として輝かしい人生を歩んでいたところ、イングリットと再会。
彼女の作品に参加する中で、かつての自分と同じような顔を持ちながら皆に愛されるオズワルドという男と出会う。
◆ありえたかもしれない未来を見せつけられる
その人の魅力やその人らしさ、というのはいったいどこからくるものなのだろう。
神経質で受動的なエドワードは顔が美しくなったところで、その内面や与える印象は変わらない。対するオズワルドの外見を気にも留めない、内から漏れ出すような快活な魅力といったら!
ありえたかもしれない未来を見せつけられ、かえってかつての自分自身に執着し、ドツボにハマっていくエドワードの滑稽でありながら切なく、物悲しい様子をセバスチャン・スタンが怪演。
◆ラスト、あるセリフに心臓を握りつぶされる
顔と共に自分らしさそのものをも失いゆくその様を他人事のようには思えず、じわじわと追い詰められるような居心地の悪さを感じてしまうのは、私もまた“より良い自分”を夢見て勝手に諦め、挑戦しない自分を甘やかしてきた自覚があるからか。
結局、自分次第なんです、なんて。分かっているけど厳しすぎる。エドワードの行きつく先に打ちのめされ、ラストのオズワルドの言葉に心臓を握りつぶされながらも、これもまた映画を見る醍醐味なのだとどこか胸がすくような思いもした。
さすがA24、つくづく末恐ろしい。見る人はどうか、心の準備を。
●『顔を捨てた男』
配給/ハピネットファントム・スタジオ ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開中 © 2023 FACES OFF RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
<文/宇垣美里>
【宇垣美里】
’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、テレビやCM出演のほか、執筆業も行うなど幅広く活躍している。