
読売文学賞を受賞し、映画化もされて話題を呼んだ平野啓一郎による長編小説『ある男』がミュージカル化され、浦井健治と小池徹平の共演で8月4日から上演される。物語は、弁護士の城戸章良が、かつての依頼者である谷口里枝から「ある男」についての奇妙な相談を受けたことから始まる。愛していた男性が全くの別人だったというのだ。城戸は仮に“X”と呼ぶことにした「ある男」の人生をたどる。城戸を演じる浦井、そしてある男・X役の小池に意気込みやそれぞれの役柄への思いを聞いた。
−重厚なベストセラー小説をどうミュージカル化するのか、期待が高まります。作曲は、ブロードウェイでも活躍するジェイソン・ハウランドが担当しますが、本作の楽曲の印象を教えてください。
浦井 まだ(取材当時は)試行錯誤の最中のところもありますが、ジェイソンさんならではの楽曲の力があることを感じています。ロック調の曲もあれば、それぞれの役に寄り添った楽曲があり、色彩豊かな印象があります。
小池 僕は当初、考えていたよりも楽曲数が多い印象です。ジェイソンと(演出の)瀬戸山(美咲)さんがディスカッションを重ねる中で増えているということもあるようです。ちょっとした音もリプライズとして楽曲になっていることもあり、思っていたよりもミュージカル感が強いなと感じているところです。
−演出の瀬戸山さんとは初めてだそうですが、現在の稽古場の雰囲気は?
浦井 僕は別の作品があり、(取材当時)まだ稽古にほとんど参加できていないのですが、参加させていただいたときは、体がびっくりするほどのスピードでした(笑)。スタッフさんたちも照明プランなどをどのようにするのかディスカッションをし続けていますが、僕もとりあえず全部詰め込もうという段階です。きっと瀬戸山さんも頭をフル回転されているのだと思います。創作をする時間の豊かさや初演の作品だからこそのクリエーティブな面があり、それがすばらしいなと思う反面、全てを統括するのは大変だろうなと感じています。
小池 原作がとても濃厚な物語でそれをリスペクトしているからこそ、(瀬戸山は)やりたいことがあったり、ミュージカルの中に詰め込まなくてはいけない要素、省かなくてはいけない要素があって、それらを模索していらっしゃるんだろうなとお見受けします。なので、今はまず、こういうふうにやりたいと周りから固めていっている印象です。僕から「こうしたい」とお話をさせていただくこともあり、とりあえず形を作ってみるという稽古をしています。これから、健ちゃん(浦井)が合流して、一通りの枠組みができてから、しっかりと芯の部分を作っていこうとされているのかなと思います。
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−現時点で、お二人はそれぞれの役柄をどのように理解して、どういったことを大切に演じようと考えていますか。
浦井 城戸は、ある依頼から「ある男」を調べ始め、そうすることで自分を見つめ直し、人生観が変わり、愛に気付いていきます。城戸は恵まれた環境にいますが、家族や環境、もしくは職種といったものが削ぎ落とされたときに、何が幸せで、何が美しく見えるのか。そうしたことをXから学んでいきます。この作品では、彼の変化が肝かなと思います。
小池 僕は、原作でも描かれている、「城戸が追い求めてきたXという人物像」を大事に、丁寧に描きたいという思いが強いです。ただ、ミュージカルなので曲の中で時間経過があったり、曲の中での表現があったりするので、その短い時間の中で「城戸が追い求めてきたのはこういう人だったんだ」というのを印象的に、そして納得できるような表現がまだ自分の中で探しきれていません。今回の脚本の中では、楽曲に頼るべきなのかなと今、見いだしてきているところですが、これからの稽古でよりブラッシュアップして表現していけたらと思います。
−納得というのは、「Xがなぜそうした選択をしたのか?」という部分ですか。
小池 そうですね。(城戸たちが)どういう人間なのか追い求めてきた答えが流れないようにしたいです。ただ歌っただけで終わりたくない。
浦井 二幕の中盤までみんなで「Xはこうだった、ああだった」と探していて、それで物語が成立していきます。その後にみんなでたどり着いた過去が描かれていき、Xにつながります。そうした構成の台本になっているので、最後に「なるほどそうだったのか。だから、Xはこうしたのか」という納得感、説得力をきっと徹平は求めているんだよね。
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小池 そうなんです。自分の今の表現ではちょっと足りていない気がしていて。
浦井 しかも、われわれは、映画で描かれていたようなXの幼少時代やその後の生活を見ることはできないんですよ。Xは過去に生きているけれども、城戸たちは現在に生きていて、決して交わらないから。過去の壮絶な出来事があったということを知るだけで、そこから学んでいくというシーンになっている。
小池 なので、すごく難しいシーンだなと思っています。
−城戸とXは決して交わらない時間軸で生きていますが、お二人でのシーンというのは?
浦井 一幕のラストで歌われる「暗闇の中へ」という楽曲がありますが、そのくらいかな?
小池 絡みはそのくらいですね。ただ、幻想的な描き方をしているので、時間軸は交わらなくても一緒にステージには立っているという場面はあります。同じ場所には点在していたり、一緒に歌う楽曲はありますので、そのあたりは期待していただければと思います。
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−お二人が一緒に芝居をするにあたって楽しみにしていることを教えてください。
小池 改めて「この人は化け物だな」と驚いています。別の作品の公演の合間に、圧倒的な出番とせりふの量、歌の量がある作品の通し稽古までしてしまう。それも新作です。「大変だった」とも言わず、当たり前のようにやってのけてしまうんです。きっと地方公演を終えてホテルの部屋に帰ってきて勉強をしないといけなかったと思います。稽古に100パーセントをかけていた僕たちでさえも、楽曲を覚えるのに必死で、それでも間違えたりしているのに。本当にすごいなとカンパニーみんなが思っていると思います。“浦井健治という怪物”です。
浦井 皆さんに追いつけるようにやらなくてはいけないという思いでいっぱいなだけです(笑)。でも、そういうときに、僕の異変を察して声をかけてくれるのが徹平なんです。稽古場で「チョコ食べる?」とか「おいしいものを食べてきなよ」って。徹平は常に周りの人のことを見ていて、気遣っているのを改めて感じます。この現場はさまざまな作品を経験してきた人たちしかいない稽古場なので、「この人に今、必要な言葉はこれだ」と阿吽(あうん)の呼吸でみんな分かってくれるんです。徹平もそうした人間味にあふれた人です。彼を見ていると、改めて自分を見直さなくてはいけないと思います。
−では、お二人がもし、Xのように別人として生きることになったら、どんな人生を送りたいですか。
浦井 僕はこの業界ではない職種についてみたいですね。今年、25周年なんですよ。もし、この25年間、違う職種についていたら、どんな状況なんだろうと考えます。
−どんな職種に興味がありますか。
浦井 例えば、先生とか未来に幸せをギフトしていくことができる職業はいいなと思います。学びの場というのは改めてすごいところだと思いますし、それが引いては国力にもなっていく。とても大切な仕事ですよね。
−小池さんはいかがですか。
小池 普段、子どもたちと出かけると、動物や生き物と触れ合う機会が多いのですが、そうしたときにガイドをしてくださる方がすごく楽しそうにされているのを見ていいなと思いました。生き物を追い求めるガイドさんってすてきですよね。みんな本当に好きなことが伝わってきます。芸能以外のことだったら、動物や自然に関わる仕事が楽しそうだなと思います。
(取材・文・写真/嶋田真己)
ミュージカル「ある男」は、8月4日〜17日に都内・東京建物Brillia HALLほか、広島、愛知、福岡、大阪で上演。
