坪井翔(VANTELIN TEAM TOM’S) 2025スーパーフォーミュラ第6戦&第7戦富士 7月19〜20日、富士スピードウェイで第6・7戦が行われた全日本スーパーフォーミュラ選手権。今年初の富士ラウンドとなった今回は、土曜日に坪井翔(VANTELIN TEAM TOM’S)選手が昨年からの富士での連勝記録を伸ばしたものの、日曜の第7戦では太田格之進(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)選手が鮮やかな逆転勝利を収めました。
この連載では、2016年王者であり、昨年限りでスーパーフォーミュラから退いた国本雄資選手が、レースを独自の視点で分析。坪井選手の強さや、太田選手の逆転の秘訣など、元王者の目から見た富士ラウンドを語ります。
■小回りできる坪井車と、日曜日の“異変”
今回の富士ラウンドは暑かった土曜日の第6戦から、スタートディレイもあって少し涼しくなった日曜日の第7戦にかけて、勢力図が変化した印象のあるイベントとなりました。土曜日は、昨年からの富士での連勝記録を伸ばした坪井選手がすごく速いという印象が強く残りましたが、コンディションの変わった日曜日はダンディライアンが復調したように見えましたね。
坪井選手はこれまでも暑い時期に速いという印象がありましたが、富士での強さについて要因を挙げるとするなら、『小回りできるクルマ』になっている、ということでしょうか。クルマが不安定な状態の瞬間でもよく曲がっていますし、それでいてトラクションもうまくかかっているように見えます。『クルマが不安定な時間が短い』という言い方もできるかもしれません。
富士のセクター3など、路面にカントが付いていてなおかつ回り込んでいくような、ちょっと嫌らしいコーナーでは、みんなフラフラとカウンターステアを当てがちな状況になるものですが、坪井選手はその内側を小回りでクルっと走れてしまうイメージです。
それでも、わずかな路気温やコンディションの変化で勢いを失ってしまうというのが、現在のスーパーフォーミュラの繊細さを表しているように思います。日曜日の坪井選手はグリップが薄そうに見ましたが、何か少し『外して』しまった部分があったのかもしれませんね。
■タイヤスペック変更でオーバーテイクが困難に?
あと、今回のレースで気になったのは、随所で接近戦となる場面が多かったものの、オーバーテイクがそれほど多くなかったことです。これについては、タイヤが影響しているのではないか、というのが僕の仮説です。
先日、スーパーフォーミュラの開発テストを担当させてもらったことで、今年のスペックのタイヤの特性を理解することができたのですが、前のクルマについてダウンフォースが抜けた状況では、グリップが以前よりも抜けやすくなっているように思います。タイヤがちょっと硬い印象なので、そういうった状況でグリップが発生しづらくなっているのかな、と。
それもあって前のクルマに近づききれず、近づけないからこそ早い段階でOT(オーバーテイクシステム)をたくさん使ってしまって、レース後半は使えなくなる……といった流れがなんとなく見えましたね。いままでは確実に抜かせるところまで近づいてからOTを押してオーバーテイク、という流れだったのですが、タイヤの特性もあって今年は近づくこと自体が難しくなっているのかもしれません。
ですので、言い方を変えれば「抜けそうだけど抜けない」というギリギリのバトルは多くなりましたね。以前ですと、富士ならOT使って1回抜いて、OTが使えなくなるタイミングで抜き返されるかどうか……というシーンが多かったですが、今年は1回のバトルがホームストレートエンドから100R、ヘアピン(アドバンコーナー)まで続くような場面が多かった。そんなところにも、タイヤのスペックが変わった影響は表れていたと思います。ちなみにこれは富士だけでなく、いま振り返ってみると、今年ここまですべてのレースについて言えるように感じますね。
それもあって、土曜日のレースでは中団スタートだった太田選手は上位に進出できず、一転、日曜のレースではフロントロウスタートだったので優勝を飾ることができたのかもしれません。
■驚きだった岩佐のペースと坪井のリスタート
日曜日の第7戦、1周目は坪井選手がトップで帰ってきましたが、その後、太田選手もずっと離れずに1秒以内でついていっていました。僕はてっきり、坪井選手がペースをコントロールしていて、チャンスが来たときに逃げるのかなと一瞬思ったのですが、太田選手のペースが非常に良かったですね。
太田選手はストレートで前を走る坪井選手のラインからマシンを内側にずらして走っていましたが、あれはタイヤの温度を下げるためだと思います。タイヤの内部の温度が上がってしまうと、落とすのにすごく時間がかかるんです。ああやってイン側を走ればブレーキも冷えるので、ブレーキからホイールとタイヤに伝わる熱も抑えることができる。もしかしたら、中団で走行していた土曜日の経験から学んだことなのかもしれません。太田選手はそういった部分も意識的にやりながら、OTもある程度温存しつつ、好ペースを活かして逆転のチャンスを狙っていたように見えました。
中盤でセーフティカーが入り、早期にピットインしていた岩佐歩夢(TEAM MUGEN)選手が首位に躍り出ましたが、SCからのリスタートで2番手の坪井選手がちょっと出遅れてしまったのは意外でした。本当は坪井選手はフレッシュタイヤで前を追いたかったと思うのですが、どちらかというと後ろの太田選手を気にしなくていけなくなってしまった。坪井選手はそこでもOTを余計に使わなければいけなくなりましたし、あそこも第7戦のひとつのキーポイントだったように思います。
一方、その瞬間の岩佐選手のペースが、タイヤのマイレージの割にすごく良かったのはちょっと驚きました。リスタートしてすぐに、後続のニュータイヤ勢に抜かれてしまうかと思いきや、何周か粘ることができた。一度、坪井選手が仕掛ける良いバトルがありましたが、そこでもTEAM MUGENのクルマはある程度ストレートスピードがありましたし、反対に坪井選手はそこでOTを使い切ってしまい、太田選手に抜かれることになってしまいましたね。
■引退発表した大嶋への期待
あと、今回の勢力図でいうと、トップ集団の下、5位から10位あたりの争いが結構熾烈になってきているのが面白かったと思います。トヨタ勢で言えばSANKI VERTEX PARTNERS CERUMO・INGINGだったり、Kids com Team KCMGだったり……大嶋和也(docomo business ROOKIE)選手もレースペースがとても良かったし、ホンダならそこにPONOS NAKAJIMA RACINGがいますし。そういえばJuju(HAZAMA ANDO Triple Tree Racing)選手も今回予選で良かったですし、次からも楽しみですね。
最後にひとつ。今回、僕と長い期間一緒にレースをしてきた大嶋選手がスーパーフォーミュラからの引退を発表しました。近年は1台体制のルーキー・レーシングということでいろいろなプレッシャーのなかで戦ってきてすごく大変だったと思うのですが、最近は調子も上げてきていますし、残りの5レースでまた力強さを見せてくれることを楽しみにしています。
●くにもと ゆうじ
1990年生まれ、神奈川県出身。2007年、フォーミュラ・チャレンジ・ジャパンで4輪レースにデビューし、2年目にタイトルを獲得。2010年には全日本F3選手権王者となる。翌年からフォーミュラ・ニッポン(現スーパーフォーミュラ)にステップアップすると、2016年にはドライバーズタイトルを得た。2017年はトヨタGAZOO Racingよりル・マン24時間レースを含むWEC世界耐久選手権にスポット参戦した。スーパーGTでは2012年から現在まで、GT500クラスのトヨタ/レクサス陣営で活躍。一方、スーパーフォーミュラは2024年限りで現役を引退した。カメラの腕前はプロ級で、例年WEC富士戦の際はTGRオフィシャルフォトグラファーとしてコースサイドから写真撮影に勤しんでいる。
[オートスポーツweb 2025年07月30日]