「通える場所がない」「頼れる人がいない」「気持ちを話せない」…医療的ケア児の親が抱える孤独と現実に向き合い 元看護師が「支援アプリ」を開発した理由

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2025年08月11日 18:50  まいどなニュース

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運営する「がじゅまるの木」で過ごす子どもたちの様子

人工呼吸器や胃ろうなどを使用し、痰の吸引などの医療的ケアが日常的に必要な「医療的ケア児」は、全国に約2万人いると言われている。医療的ケア児の親は周囲に理解されにくい悩みをひとりで抱え、孤立することも多い。

【写真】開発したアプリ「アスリープラス」の利用画面

例えば、2025年7月に福岡県で裁判員裁判の初公判が行われた、医療的ケア児の長女(当時7歳)の人工呼吸器を外した母親の事件。本人は「自分の弱さ」が原因と語ったが、本当に彼女だけが悪かったのだろうか。

中野史也さんは、そうした医療的ケア児の親を取り巻く現状を変えたいと思い、親同士が繋がれるSNS「アスリープラス」を立ち上げた。

訪問看護師の母を手伝い「医療的ケア児」の親の現状を知って…

中野さんは、元看護師。ICU(集中治療室)や救急センターなどで多くの命と向き合っていた。ある時、訪問看護師の母を手伝うため、医療的ケアが必要な子の家へ。その子の親と話す中で、当事者が抱えるリアルな悩みを知った。

「重度の医療的ケアが必要なお子さんは行ける場所が限られ、外に出る機会を作ることが難しい現実がありました」

さらに話を聞く中で、中野さんは医療的ケア児や重度の心身障害児が通える事業所が圧倒的に足りないと感じた。そこで、一念発起。看護師を辞め、2021年に多機能型事業所「がじゅまるの家」を設立した。

事業所では、発達障害の子や重度心身障害を持つ子、医療的ケア児を対象にした訪問看護事業や放課後等デイサービスをスタート。親が仕事と我が子のケアを両立しやすいよう、訪問型の病児保育も行うようになった。

障害児の親が本音で話し合えるSNS「アスリープラス」を開発

事業所を運営する中で、中野さんは障害児の親と話す機会がより増え、当事者が抱える孤独の深さを痛感した。

我が子に障害があることが分かると、想像していた未来が変わる。「保育園を探す」は「児童発達支援を探す」など、少し難しい言葉に変わり、情報を得ることが難しくなっていく。福祉の情報は、受動的では入ってこないからだ。

「また、健常者の親御さんのように、我が子のことを話せるママ友を見つけられないという問題もあります」

親同士が繋がれ、公の場ではなかなか言えない気持ちや悩みを吐き出せる場所を作りたい。そう思った中野さんは、2024年に障害児の親が繋がれるアプリ型のSNS「アスリープラス」を開発。

リリース前には実際に重度障害児の親御さんに協力してもらい、アプリをブラッシュアップした。

アスリープラスでは障害児の親同士だけでなく、福祉事業者や保育士、言語聴覚士など、専門的な資格を持った人に質問することもできるため、親は必要な知識も得られる。また、我が子の体調を管理できる「きろく」機能も搭載。医療的ケア児の中には医師に共有するため、睡眠の管理や発作の記録が必要な場合もあるからだ。

「記録がアプリで手軽にでき、必要な場合は医師と繋がることもできるので、『一元化できて便利』という声をいただいています」

支援施設との繋がりも得られるようにアプリを改良

「アスリープラス」は当事者の声を受けて、アップデートされていく。2025年5月、中野さんは「さがす」という機能を加えた。10問ほどの質問に答えたり、我が子の特性を入力したりすると、受け入れ可能な施設が表示されるのだ。

こうした機能を加えたのは、医療的ケア児の親が支援と繋がることの難しさを痛感したからだ。

「重度の障害児を受け入れられる施設は、少ない。自力で頑張って探しても断られ、『心が折れてしまった』という話を聞き、実装しようと思いました」

適切な支援に繋がることができれば、当事者の世界は変わるかもしれない。そう思うからこそ、中野さんは障害児の親が孤立しないよう、事業内容やアプリのサービスをブラッシュアップし続ける。

なお、「さがす」では現在、福岡県内の施設のみ表示されているが、今後は全国的に繋がりの輪を広げていきたいと中野さんは考えている。

「そのためには事業者さん側からの登録が必要なので、ご協力いただけたら嬉しいです」

ひとりで頑張る障害児の親が“ひとりじゃない”と思える社会を目指して

障害児の親が抱える悩みや葛藤は、その立場になってみないと分からないことが多い。だからこそ、同じ状況の人たちに気持ち打ち明けられ、悩みごとへの工夫を話し合える場は必要だと中野さんは話す。

「そういう場は本来、障害の有無に関わらず、育児をする上で必要なものです。でも、障害児の親御さんは身内からも協力や理解が得られないケースが多く、より孤立しやすい。我が子のケアのため、オフラインの交流会に参加することも難しく、ひとりで悩みやすいと感じます」

そうした孤独感や苦しさをSNSで吐き出しても、心にない声が寄せられると、ますます気持ちが言えなくなり、より追い詰められてしまうこともある。そんな時こそ、アスリープラスに頼ってほしいと中野さんは話す。

「アプリのキャッチコピー通り、『ひとりで頑張るあなたが、ひとりにならない場所』になってほしいです」

生の声を吐き出してもいい場所。そう認識されているからこそ、アプリ内には時折、「死にたい人と話したい」などという投稿も見られるそう。こうした発言は削除やスルーされることが多いものだが、中野さんはその気持ちにも寄り添いたくて、解決策を考えている。

「アスリープラスとしては、死にたいという言葉を表出できていることをポジティブに捉えつつ、今後は寄り沿いながら話を聞いてくれ、専門的な情報も得られるホットラインに繋がれるようにしていきたいと考えています」

我が子に障害があると分かった時、親は社会から分断されたような感覚になることも少なくない。

「障害児の親御さんは健常者の親御さんと比べて保育や教育に繋がりにくく、福祉と結びつくことも難しいので、日常のふとした瞬間に心が落ちることもあると思う。だからこそ、私はそういう親御さんたちと一緒にアスリープラスをアップデートしていきたいです」

障害児の親も悩みを共有できる人がそばにたくさんいるのが当たり前な社会であってほしい。そう思うからこそ、中野さんは「アプリ内にほしい機能も、どんどん言ってほしい」と話す。

アプリを通して、障害児の親への支援がないという現状を変えようとする中野さん。その努力と温かさに心を救われる当事者は、きっと多い。

(まいどなニュース特約・古川 諭香)

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